約束
「わたし大ケガして数ヶ月間は生活もままならなかったわけじゃん?」
「うん。」
「食事、排泄、発声も困難、骨折もしてた。日毎に身だしなみは悪くなり、部屋はエントロピーが増大した。フリックもできない手、半分しか開かない口。私はバイトに行けず、社会とネットからやむなく切断されたわけね。非日常の世界でモゾモゾ動く私のアイデンティティはさながら死にそうな芋虫だったわ。」
「うん。」
「で、芋虫生活1ヶ月目に、あんたからの差し入れを食べながらこうも思ったのよ、私こんな状況下だけど幸せかもって。」
「友達がいて幸せってこと?」
「そね。あとは孤独でも幸せってことに気がついたのよ。自分のコアから湧き出してた多幸感に気がついてしまった感じ。でもね回復するにつれ多幸感の湧き出す泉から離れていく感じで、求めてもかげろうみたいで掴めない。そんで気がついたの!」
「なにを?」
「立ち止まることが必要だってことに。根底に湧き出してる多幸感を浴び続けるには、不便で不快で非生産的な生活と、社会を切除した環境が鍵だってことに気がついたの。」
「回復後にそれらを実行するのは非現実的じゃない?」
「現実にする手段がある!」
「なに?」
「出家修行。だからこれから一緒に尼僧にならない?」
「いいよ、でも尼は剃髪することが慣わしじゃなかった?あんたヘアドネーションで髪伸ばしてる最中じゃん。」
「あ、そっか。じゃ8年後に尼になろう。」
「うん。8年後に出家の予定入れとくわ。」