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ひとり旅をするおたく~伊豆大島一周編~#1

一日目

(一)

 私にとってのはじめての一人旅は、意外なことに東京都内である。東京都、しかしながら船で五時間ほど揺られないと辿りつくことのできない東京都である。

 あれは前の職場で働いていた頃、私は何を思ったか普段運動もまともにしないというのに「自転車で何処かを一周したい!」と唐突に決意した。
 
 その時確か石田ゆうすけさん著の「行かずに死ねるか!」という地球を自転車で一周するというトンデモエッセイ(これが本当に面白いので是非読んでみて下さい。旅行記の傑作です)を読んでいて感化されたような気がする。(影響を受けやすいのは私の長所だと思っている)

 そうと言っても世界一周をいきなりするのはあまりにも無謀。北海道や九州は体力的にも休暇の期間的にも無理、地元の湖などは二時間あれば出来るので楽勝すぎる。なら島ならどうだろう。小さすぎず大きすぎない程度のいい島だ。沖縄の島は?いや、暑い中で普段慣れない運動なんてしたら間違いなくバテてしまう。瀬戸内の島は?いや少し遠いし調べる限りだと一周向きじゃない気がする。(後に瀬戸内の島にも自転車で行くことになるのだが)なら東京の島は?そういえば東京にも島あるじゃん!

 ということで職場の昼休みに調べてみるとなんと東京から一番近い「伊豆大島」は島を一周する自転車道があり、チャリダーの間では自転車天国と言われているらしい。経験者のブログでも「ちょっと坂もあるけれど、チャリ初心者でもぜんぜん大丈夫!都会から近い大自然で気分を満喫!おいでよ伊豆大島!」とのコメントもあり俄然やる気が沸いてきた。私でも行けそうな気がする。

 ということで次の三連休に船の往復チケットと島のカプセルホテルをさっそく予約した。善は急げだ。

 あとは島の自然に包まれるイメトレに励むだけだ。

(二)

 一泊二日分の荷物が詰め込まれたリュックはなかなかの重さだった。こんな重い荷物を背中に乗せたま万年運動不足の私が自転車で山越えできるのだろうか?

 赤子をおぶる父親のような気持ちの旅立ちの夜、私は本土と伊豆諸島の島々をつなぐ竹芝桟橋のターミナルまでやってきた。

 伊豆諸島の島々へつながる船には大きく二種類、小型のジェット船と大型客船がある。今回乗船するのは後者の大型客船のさるびあ丸だ。この東京都竹芝桟橋から三百キロほど離れた八丈島まで運行している。ジェット船を使えば一時間半ほどで大島まで行けるにもかからず何故五時間も大型客船に揺られる方を選んだのかというと、単純に「旅している感」があるからだった。ひと眠りしたら目的地にたどり着くことが出来る、夜行列車のロマンと似通ったものがある。

 船が汽笛をあげながら港を離れてレインボーブリッジの下をくぐり抜ける頃、ある男女サークルは甲板で酒をあおり、あるカップルは夜景をバックにツーショットを撮っていたりとそれぞれ旅立ちの門出を楽しむ中、私はぼんやりと一人外の景色をみながら黄昏ていた。こわいような、わくわくするような落ち着かない高揚感。

 飛行機や新幹線などの移動手段も勿論快適で好きなのだが、船出というのはなかなか他では味わえない「旅感」があると思う。段々と遠のいていく街の明かりを見ながらセンチメンタルに浸れるのは船旅の特権ではなかろうか。

 甲板で宴会をするパリピに囲まれながらもそんな哀愁に存分に浸り満足した私は、予約をしていた一等客室に戻り一人寂しく夜を明かすのだった。

(他の人と相部屋の空間の一等室はどこか安心出来ず、全然まったくもって眠れなかったので、もし客船に乗ることがあったら二段ベッドでカーテンの区切りがある特二等室以上を選んだ方が吉である)

(三)

 船に揺られること約四時間強、全く眠りにつけないまま船は伊豆大島へと到着してしまった。 
 時刻は朝五時前。日の出前の暗い中、眠気眼を擦りながら私は港へと降り立つ。
 おお!なんだか空気が、風が違う気がする!これが島の風ってやつだろうか?
 そんなあるのかないのかわからない風に一人で興奮しているうちに、さっきまで乗っていた船は更なる遠くの島へ向かわんと港を去っていってしまった。次にあのさるびあ丸を見ることが出来るのは明日の昼だ。

自転車を借りる予定のレンタルサイクルの店があるのはもう一つの元町港にあるので、とりあえずバスに乗って元町の近くの温泉センターまで行くことにした。この温泉センターは早朝に到着する船の乗客の為に朝五時代から営業しており、町が動き出すまでの休憩場所となっているらしい。

 レンタルサイクルが営業開始するまで特に出来ることもないので、他の観光客の波に流されるまま温泉に浸かり体をあたためて、広間で少しだけ仮眠を取った。これから数十キロ自転車で山越えをしなければならないのだ。気休めだが多少は寝ておいた方がいい。

 実はこの時点で私はあまりの不安で押しつぶされそうになっていた。何しろ初の船旅、初めての島、初めての自転車旅だ。ここは見知らぬ土地、いざという時誰に助けを求めていいのかもわからない。旅の高揚感と不安は常に同時に存在しているが、寝れていないこともありこの時は不安の方が勝っていた。かといってもう後戻りも出来ない。たすけてお母さんお父さん、田舎のおばあちゃん。私は見知らぬ土地でさまよって一人寂しく死んでしまうのかもしれない。私は超がつくビビリスト(物事に対してビビリな感情を持つ人)なのだ。

 内心ビクビクしながらも町が動き始めた頃に温泉センターを出て、レンタルサイクルの店に赴きマウンテンバイクを借りることに成功した。店先に人はおらず、看板にあった電話番号に電話をかけてその場で待っていると、隣の家からおばさんが出てきた。話を聞くと朝食を食べていた途中らしい。
 
 久しぶりに人と話せたのがちょっとうれしくてニヤニヤしながら「島を一周しようと思うんですがどのぐらいかかりますか?」と話しかけると「結構きついけど大丈夫?」なんて恐ろしい言葉が帰ってきた。詳しく聞くとどうやら五時間ほどで一周出来るらしい。今はまだ朝の七時過ぎだから、運動音痴な私でもゆっくり時間をかければ夕方までに戻って来られるはず。ここまで来て回れ右する訳にもいかないのでがんばろう。

 朝ご飯に戻っていくおばさんの「気をつけて行ってらっしゃい」が不安な心に染みる。

 幸い今日は雲ひとつない快晴だ。どうにもこうにもやるしかない。

#2へ続く


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