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【短編】 黒服の面会者 #シロクマ文芸部

今回も、前回からの続きで創作してみました。前回より長くなり7500文字程度になっています。しかも、まだまだ続くような終わり方です。。。


 梅の花が咲く季節、日向ひなたは刑務所の中にいた。チョコレート事件として世間を騒がせてから一年が過ぎ、テレビでも事件が取り上げられることはなくなっていた。テレビも視聴率が稼げそうな事件が発生するとこぞって特番を組んで放送するが、しばらくして世の中の興味がなくなると何事もなかったかのように報道もなくなってしまう。日向に向けられた興味も例外ではなく、裁判が終了し収監されてしまった後は、潮が引く様にテレビからも活字からも日向に関する記事は全くなくなってしまった。最も、刑務所の中にいる日向にとっては、そんなことはどうでもいいことだった。

 一年の間に開廷された刑事裁判では、日向の弁明も虚しく、揃いすぎている状況証拠を目の当たりにして、裁判員制度で召喚された人たちは挙って日向がうそぶいていると判断していた。裁判では動機が焦点となったが、日向たちが結婚発表をする直前に別の女性と半同棲していたことを日向が知って殺意に変わったということにされていた。真美と誠治の間の関係は日向も承知の上だったなんてことは言えるはずもなく、日向は沈黙を続けるしかなかった。そのことが、裁判員にとっては、認めているという印象に取られてしまい「嫉妬」という動機が確定してしまったのだった。日向にとって初めての刑事裁判は、本人の意図とは関係なく進み、結論が出されてしまった。まるで、台本のある芝居の様だと感じている日向だった。日がたって裁判の時のことを時折思い出している。

 記憶の最初は裁判長による被告人として小早川日向の罪状が読み上げられる場面からだった。チョコレートの中に青酸カリを混入させ、被害者家持誠治が食べる様にしむけ、殺害に至ったという計画的な殺人だったと告げられた。どこか上の空で聞いていた日向は肯定も否定もせず沈黙を誇示した。実際には、裁判長の言葉を聞いているようで聞き流してしまい、まるで他人事のような感覚で聞いてしまったため、判断できなかったのだ。それでも裁判は進行していった。

「検察側、被告人質問を始めてください」

「はい、裁判長。被告人、小早川日向は、事前に準備した青酸カリ入りチョコレートを被害者の家持誠治さん宅のベッドの上で本人に直接渡しましたね。間違いありませんか」

「えっと。チョコレートを渡したのは間違いありません。でも毒が入っていたなんて」

「では、次の質問です。チョコレートを渡した後、家持誠治さんの側から離れリビングに移動しましたね」

「はい。ワインを取りに行くために寝室を出ました」

「しかし、すぐには戻らなかった。それは家持誠治さんがチョコレートを食べるのを待っていたのではありませんか」

「いいえ、違います。夜景が綺麗なんです。リビングから見える夜景が、だから見ていたんです」

「そうですか。では、寝室から出てきなたあなたが、家持誠治さんの異変に気づいた後、すぐに救急車を呼ばなかったのはなぜですか」

「気が動転してしまって、その場でうずくまっていました。どのくらい時間が経ったのかもわかりません」

「なるほど。しかし、あなたは救急車を呼んだ後、着替えましたよね、普段着に。そして、救急隊員が変死に気づき警察を呼んだら、三十分くらい前に訪問してきたと嘘の供述をしていますね。これは何故ですか」

「わかりません。咄嗟にそう言ってしまいました」

「本当は、かなり前から家持誠治さんと一緒に寝室にいたんですね」

「はい」

「そして、タイミングを見計らってチョコレートを渡した。間違いありませんね」

「はい」

「あなたは、家持誠治さんと結婚の会見を開いていましたが、実はあなたの前には別な女性を自宅に泊まらせていたということをあなたは知ったんですよね」

「・・・」

「あなたは、そのことに対して嫌悪感を感じていた。わかりやすく言えば嫉妬ですね。簡単にあなたに寝返った家持誠治さんを許すことができない感情が大きくなり、家持誠治さんに対する殺意を抱いてしまった。そして、ちょうどバレンタインの時期でもあるしチョコレートを道具として使った。違いますか」

「違います。私は嫉妬なんてしていません」

「しかし、あなたは取り調べの際に、ベッドを買い替えて欲しいと訴えたということを言っていますよ。これは嫉妬ではないのですか」

「・・・」

「あなたは、家持誠治さんを殺害後、なんとかしてチョコレートを回収しようと考えていたのではないですか。しかし、実際に倒れている家持誠治さんを見てパニックとなり、散乱したチョコレートを集めることをすっかり忘れ、救急車を呼んでしまった。そうですね」

「救急車を呼んだのは事実ですが、チョコレートを隠そうなんて思ってはいませんでした。本当です」

「では、質問を変えます。あなたのマンションのシンク下に隠してあった注射器と青酸カリ入りの小瓶はどうしたのですか」

「私も知りません。記憶にないんです。多分私のものではありません。きっと指紋もついてないと思います」

「そうです。よくわかりましたね。指紋は付着していませんでした。どうして分かったのですか。それはあなたが指紋がつかない様にしていたからではないのですか。よく探さないと見つからないようなシンクしたの奥に隠してあったのですよ」

「いえ、私のものじゃないから指紋はついていないと思っただけです」

「検察側からの確認は、以上で終わります。状況的には疑う余地はなく、本人だけが頑なに記憶を捻じ曲げて証言しているのは確実です」

「では弁護側、追加弁論はありますか」

「はい、裁判長。被告人は一切覚えていないという状況だということは間違いありません。したがって、殺意を持っていたという面は強く否定したいと思います。記憶がなくなるくらいのパニックに陥っており、その点を鑑みて情状酌量をご検討いただければと思います。本人にしてみれば、これから仕事でも頑張り始める時期であり、計画的に殺人を犯すということは考えられません。どうかその辺りを汲み取っていただければと思います」

 こうして、日向の弁護士も罪を認めた上でなんとか量刑を軽くしようという発言になってしまっていたのである。日向はもう何を言っても「殺人」という罪から逃れる道はないと思い始めていたのである。

 日向の言い分は全く聞き入れられることはなかったし、弁護士も国選弁護人として擁護する発言をしたが、状況証拠を覆すだけの証拠を提示することはできなかった。結果として、反省の色を全く見せない第二級殺人罪が言い渡された。情状酌量の余地がない有罪として執行猶予なしの十五年の実刑判決が下されてしまった。そして今、日向は女性刑務所での生活を送っている。刑務所の中では、八十三番と呼ばれ、名前では呼んでもらえない。厳しい規律に締め付けられる完全に自由を失った生活の中で生きている。

 当初は控訴を懸命に訴えたのだが、弁護士からも対応が難しいと言われたが、控訴状だけは提出期限内に提出していた。弁護士としては、減刑の可能性も困難だと考えていたようだ。しかし、控訴状の提出も虚しく、裁判所によって控訴状は棄却され量刑は確定となってしまった。その結果を受け取った日向は、自分の人生は終わったと感じ、生きる力を失いつつあった。

 日向が収監されている刑務所のそばには梅林がある。この辺りの梅は毎年二月の終わり頃に花を咲かせるようだ。寒さを跳ね除けて咲かせた美しいピンクの花びらは力強ささえ感じる。時折強い風が吹いた日には、風に飛ばされた梅の花びらが舞い込んでくることがある。日向は折れそうになる心と日々戦っている生活を次第に受け入れつつある自分を感じていた。自分自身が拒絶しているだけで、もしかしたら、本当に自分でチョコレートに毒を入れてしまったのではないだろうかとまで思い始めていたのである。確かに状況証拠が揃っていて、それを覆す説明もできないし、知らない、身に覚えがないというだけでは周りが納得するはずがないということも身にしみて分かってきた。そうなると、自分の記憶が間違っているのではないかという考えが津波のように日向の頭の中で襲い始めていたのだ。囚われの身となった日向の獄中生活は終わりが見えていない。そんなこともネガティブな考えを巡らせるための時間を作ってしまったのかもしれない。

 日向は、幼い頃から梅の花が好きだった。田舎のおばあちゃんの家の庭に梅の木があって、毎年きれいな花をつけ、その後の実をおばあちゃんは梅干しにしているところを何度も見に行ったことがあったのだ。だから、落ち着いたら、誠治と一緒におばあちゃんの家の梅の花を見に行きたいとも思っていたくらいだった。

「梅の花の季節かぁ。そういえば、もう何年も見に行ってなかったなぁ、おばあちゃんの家の梅。今でも咲いてるのかなぁ。おばあちゃんは亡くなったけど、誰かが梅干しを作ってるのかな。これまではそんなことを考える時間なんて1ミリもなかったけど、今は仕事のことなんてどうでもいいし、考える時間だけはたくさんあるから思い出しちゃったのかなぁ。はぁ、やっぱり私の記憶違いなのかなぁ。でも青酸カリなんてどうやって手に入れるかも知らないんだった、私。そうよ、やっぱり私じゃないのよ、誠治さんを殺したのは。きっと、真美に違いないわ。きっとそうよ。私のことを逆恨みしたんだわ」

 禅問答のように、肯定しそうになると自分で否定するということを毎日の様に繰り返していた。裁判にも長い期間がかかったが、刑務所に入った後は、途方もなく時間の流れがゆっくりになってしまった気がしていた。両親も時折面会に来てくれるが、気を遣ってか余計なことは話さないで帰っていく。別れ際は決まって母親が涙を流す。そんな両親を見るのも辛かった。両親の面会予定日ではない日に、いきなり刑務官から声をかけられた。

「八十三番。面会です。こちらに来なさい」

「面会? 一体誰ですか」

「面会室に行けばわかる。余計なことは聞かなくていいからこちらに来なさい」

「はい」

 日向は誰が自分に会いに来ているのかが気になった。刑が確定した後は友達もみんな去ってしまったし、両親だけしか会いに来ない。見放されたとは思いたくなかったが、現実として友達は誰も面会に来ない。だから、余計に気になってしかたなかった。まさかと思いながら、面会室のドアを開けた。そこには、上から下まで黒い衣装に身を包んだそのまさかと思った真美が座っていた。帽子を深く被ってはいるが、真美に間違いなかった。まるでお葬式にでも行く様な格好だった。

「日向、久しぶりね。会いに来たわよ。あなたのことだから、きっと私にはめられたと思っていたでしょうね。残念だけど、ハ・ズ・レ。私じゃないわよ。もうあれから一年経ったんだから、あなたも落ち着いただろうと思って来てあげたのよ」

「真美。あなたが会いにくるような気がしてたわ。今もまさかと思ってドアを開けたのよ。あなたが今回のことに関係してないなら、きっと私に会いにくるんじゃないかって思っていたわ。そして、やって来た。あなたじゃないのね、やっぱり。でもそうすると一体誰が私に罪を被せたのかしら。それにしても、まるで今日のあなたは、私のお葬式にやってきたみたいな格好ね。それも私に対する当てつけかしら」

「ああ、この格好ね。そうね、ご推察通りご愁傷様という気持ちで着てきたわよ。誠治さんへの一周忌の追悼の意味も込めてね。まぁ、一番は、私自身に踏ん切りをつける意味もあるけどね。日向さ。もしかして、あなたみんなに好かれてたと思っていたの。いい性格だね。あなたが気づかないだけで、あなたのことを面白くないって思っている人はもっと他にもいるのよ。そんなんでよく私をはめたわね。まぁ、私もそれだけの女だったってことなんでしょうけど。でも、こうやって鉄格子の向こう側にあなたが入ってしまったことには同情するわよ。いい気味だとも思うけどね」

「真美って変わったね。会社を切り盛りしている頃は合理的に判断して無駄を嫌っていたのにね。今は回りくどく、蛇が獲物を締め付けるみたいにネチネチというのね。まぁ、その原因を作ったのは私だから、ちょっと心苦しいけど。でも悪いのはあなただからこっち側にいたとしても謝らないわよ」

「別に日向に謝って欲しいとも思わないんだけど、はめられた私からすれば、日向がはめられっぱなしだと悔しすぎるのよ。だから会いに来ただけ。もう一度私以外の周りの人のことをよーく考えてみたらどうなの。あなたは私が守さんを取ったみたいに思っているんでしょうけど、本当にあなたたちは家族からも喜ばれる恋人だったの。私にはそうは見えなかったんだけどね。あなたはそう思い込んでいたんじゃないの。そうだとしたら、あなたをよく思っていない人は結構身近なところにいるんじゃないの、私以外に。今日はそれだけ伝えたかったのよ。じゃあ、言うことは言ったから帰るわ、じゃあ、後はあなた次第、檻の中で頑張ってね」

 立ち上がり後ろを向いた真美の肩には、梅の花びらが一枚落ちることなく乗っている。そのピンクの花びらが真美の格好に似合わないなと日向は笑みを浮かべた。真美は一瞬立ち止まったが振り返ることはなく、そのまま出口へと消えた。真美は何かに気づいている様だったが、日向に話すことはしなかった。真美からすれば酷い目にあっている日向は当然だと心のどこかで思っていたのだ。同時に、ともに研鑽した時間を過ごしたことで芽生えた友情みたいな感情も抱いていた。それで、日向に考えさせるという選択を敢えて与えることにしたのだった。

 規則正しい生活が続いていた日向だったが、真美の面会によって日向の刑務所での日常に変化が生じた。自暴自棄になりかけていた日向の頭脳が再度回転し始めたのだ。刑務所でもノートや鉛筆は手に入れることができる。日向は、それらを入手して、誠治に関係のあった人たちや自分に関係のあった人を思い出してはノートに書いて考えていった。

「誠治さんは亡くなってしまったけど、誠治さんを恨んでいた人がいたとしても、その人たちの中で私の住んでいたマンションの場所を知っている人なんているとは思えない。もし、誠治さんの友達に私と付き合っているということを話したとしても、私のマンションの場所まで教えるはずはない。と、いうことは、もしかして狙われたのは私だったということなのかな。でも、私を恨んでいるはずの真美はどうやら犯人ではないと信じられそうだし、一体誰がいるんだろう。でもなんか意味深なことを言ってたわね」

 懸命に考えてはみたが、思い当たる節がない。それから毎日ノートに書いた名前を見ては考え、他に関係する人がいないか、自分の記憶を少しずつ過去に遡って検証していった。

「まさか、守さんと付き合っている時のことなのかな。もう、五年以上前のことだけど」

 日向は守と付き合っていた時のことを懸命に思い出していた。早く忘れてしまいたくて記憶の奥底に仕舞い込んでいたことだった。思い出すたびに誠治への思いが消えていくようで申し訳なく思ったが、今の自分の立場を変えるには何かを見つけなければならないと自分を奮い立たせている様だった。そんな時、二人目の面会者が現れた。叔父で投資コンサルの中村進が面会に来てくれたのだ。

「日向ちゃん、大変なことになったな。一体どうしてこんなことに」

「進叔父さん、私、本当に何もしてないのよ。う、う、う」

 何かの時には頼りにしていたおじさんが目の前にいるというだけで、気持ちに緩みが出ていた。しかし、この場で変なことをいう訳にもいかない。進の目がそのことを強く訴えているような気もしていた。

「そうか、日向ちゃん。やはり誰かが仕組んだことだったのかな。僕が家持さんを紹介したばっかりにこんなことになってしまって本当に申し訳ないと思っているよ。僕の姉さんである日向ちゃんのお母さんにも申し訳ないと思っているくらいだ。日向ちゃんの実家の方はまだ取材する記者がうろうろしているから、姉さんたちはまだここに会いに来ることはできないみたいなんだよ。だから、僕がこうして代わりに様子を見にやってきたんだ。中での生活に不自由はないかい」

「叔父さん、ありがとう。今の所、生活に不便はないわ。ただ、悔しさだけが日々大きくなっているの。それに、叔父さんには感謝してるくらいだから、責任を感じないで。だって、おかげで誠治さんと出会えたんですもの。結果はどうであれね」

「そうか、僕で力になれることがあればなんでも言ってくれていいよ。と言っても、そこから出してあげるだけの力はないけれどね」

「ありがとうございます。こうして会いにきてくださるだけで力をもらった気になります。やっぱり諦めてはいけないですよね」

「そうだよ。絶対に希望を捨てちゃダメだ。何年かかろうとね」

「もうだいぶ前のことになりますけど、すでに亡くなった赤坂守さんって覚えていますか。最近、その頃のことを少しずつ思い出しているんです。今回のことにつながる何かがあったんじゃないかって、勝手に思ってるんです」

「ああ、五、六年前に亡くなったデザイナーの人だよね。当時の日向ちゃんの彼氏。残念だったよね、亡くなるなんて思わなかったよ、あの時は。でも今更、そんな前のことを思い出して何かあるのかなぁ」

「今ずっと過去のことを思い出しているんですけど、私のマンションのことを知っているのは、私の家族以外だと青木真美さんか守さんに近い人しかいないと思ったんです」

「ああ、なるほど、例の注射器と小瓶か。お、ということは僕もマンションの場所を知っている一人だな」

「おじさんは、別ですよ。疑ってなんかいませんよ」

「あぁ、冗談さ。あの頃といえば、ああそうか。守さんのお母さんが投資の話を聞きに会社に来たことはあったな。思い出したよ。日向さんには息子がお世話になっていますとか言いながら、投資信託の話を聞いて帰り、その後何回か投資相談にはのってあげてたなぁ。なんでも自分の貯金で投資するから、主人には内緒ですなんて言っていたよ。優しい穏やかな顔をしていたけど、芯が強い女性なんだろうなって思ったけどね」

「へぇ、そんなことがあったんですね。守さんのお母さんか〜。私も思い出したことをノートに書き綴っているんですけど、何か思い出して頼みたくなったらおじさんに手紙書いてもいいですか?」

「おお、もちろんさ。できる範囲は小さいけど頼ってくれ」

 日向はおじさんからヒントをもらったような気がしていた。まだ、モヤモヤっとしているが自分なりに整理してみようとノートを開いた。獄中生活はまだまだ長くなりそうだ。焦ることはないと開き直った瞬間だった。


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