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【SS】 消えた春の夢 #シロクマ文芸部

 春の夢を失ってしまった。良人ヨシトの春の夢は儚く消え去ってしまったのだ。とても心地よく感じていたはずなのに、それすらも思い出せないでいる。それからというもの良人は夢というものを見ることがなくなった。いや、もしかすると見ているのかも知れない。何となく目が覚める前に全てが消え去る感覚に襲われているようだ。誰かが夢の中に入り込んできている気もしているのだが、夢は綺麗さっぱり消え去ってしまうので自分ではわからない気持ち悪さが残っていた。

 良人は、モヤモヤした気持ちの毎日を過ごしてはいるが、どうにも気になって仕方がなくなってきた。誰かに話をしてスッキリしたいと思い始めている。しかし、こんなバカみたいな話をしても友達は相手にしてくれないだろうと思い、話をするのをためらい続けていた。どうすればいいんだろうと考えあぐねた末に、良人は付き合い始めた来夢に話をする事にした。少し遠慮がちに話し始めた。

「なぁ、ライム。ちょっと変な話ししてもいいかなぁ」
「えー、なになに。変な話って? おもしろそう」
「いや、面白くはないけどさ。実はさー」
「うんうん、なになに」
「あー、やっぱりいいや。やめとこ。恥ずかしいし」
「えー、恥ずかしい話なの? 余計に聞きたいよー。話してよー」
「うーん。あのさー」
「うんうん」
「やっぱりやめとこ」
「もー、焦ったいわね。男でしょ、話しなさいよ。気になるじゃん」
「うーん、そうだな。実はさー」
「うんうん」
「夢がね。春の夢がね」
「うんうん」
「全部消えちゃうんだよ」
「はっ、何それ。意味わかんない。夢見てないんじゃないの」
「だよね。いや、夢を見ているはずだと思うんだけど。起きる直前にさ、誰かが夢の中に入ってきて、全部消してるような気がして仕方ないんだよ」
「はぁ? それって誰かの意識がヨシトの頭の中に入り込んできてるってこと?」
「そんなことってありえないよなぁ、どう考えても。だからさ、ライム以外には話せないなって思ってさ」
「あー、だから話してくれたんだ。ヨシトは良い人だもんね。入りやすいんじゃないの、意識の中にも。ふふふ」
「何だよ、それ。もう少し同情してくれてもいいじゃん。こっちは悩んでんだからさー」
「あー、ごめんごめん。そう言う意味じゃなくて純粋に良い人だって思ってるのよ。まぁ、でも、友達には話さない方が良いかもね。バカにされそうだわ」
「だよな、僕もそう思うよ。ただ、モヤモヤしちゃってさ。それでライムに話したんだよ」

 校庭の端っこで話をしている二人をじっと見ている生徒がいる。海外からの転校生の明眠だ。来夢は視線を感じ気づいたが、良人は全く気づいてはいない。そのまま来夢と良人は手を繋いで仲良く帰っていった。別れ際に来夢が言った。

「今日は私がヨシトの夢に遊びに行ってあげる」
「えっ、どういうこと?」
「眠ってからのお楽しみよ」

 そう言い残して、来夢は駆け足で帰っていってしまった。ますますわけがわからなくなった良人はそのまま家に帰り、いつものように夕食の後ゲームをしてベッドの中へと潜り込んで行った。いつもながら眠りに落ちるのが早い。ベッドに入るとすぐ眠ってしまうのだ。やがて良人は夢の中へと引き摺り込まれていった。しばらくすると、夢の中に来夢がやってきて良人に声をかける。

「ヨシト。約束通り、あなたの夢にやってきたわよ。多分、彼女もやってくると思うわよ」
「えっ、彼女って。誰のこと?」
「もう少し隠れて待ってみましょう」

 そういうと、二人は良人の夢の中で、物陰に隠れて誰かが現れるのを待っていた。すると、五分としないうちに、その誰かが夢の中に入り込んできたのだ。それはなんと明眠だった。すかさず来夢は明眠の前に飛び出して声をかけた。
「ミンミン。あなただったのね。ヨシトの夢を毎朝消していたのは」
「えっ、あっ、あの。ごめんなさい」
「どうしてこんな事したの」
「だって、私、羨ましかったの。ライムが」
「えっ、ヨシトじゃなくて私? どういう事?」
「私ね。ヨシト君を密かに思っていたんだけど、あなたが彼女だからどうしようもなくて。夢の中で仲良くなれればいいなと思って、毎日ヨシト君の夢の中に入ったの。でもね、そこに現れるのはいつもあなただったのよ。毎日ライムの夢をヨシトは見ていたの。だから、ついつい毎日消してしまっていたのよ。だって、私の夢なんて一ミリも見てくれないんだもん」
「だって、ヨシトはあなたのことほとんど知らないんだから、仕方ないんじゃないの」
「そうなんだけど。わかってるんだけど、ヨシトの見る夢はいっつもあなたの夢なんだもの。何だかあなたが羨ましすぎて、意地悪したくなったのよ」
「だからって、夢を消すことないじゃない。ヨシトはすっごく悩んでたんだよ。ほら、あそこにうずくまってこっちを見てるわ」
「ごめんなさい」

 良人は、たまらずに物陰から二人の前に現れた。考えてみればここは良人の夢の中である。いわば良人が主人公のはずである。少しかっこつけたくなったのだ。

「ミンミン。君の気持ちはとっても嬉しいけど、僕はライムが大好きなんだよ」
「そういうだろうと思っていたわ。ごめんなさい、もう邪魔しないから、春の夢、この後楽しんでね」

 謎が解けたことで良人はほっとしていた。しかし、なぜ人の夢の中に入り込めるのかという普通なら気にすべきことを良人は全く気にしてはいなかった。それよりも、来夢の気持ちが分かったようで嬉しかったようだった。

 数日たったある日、明眠と来夢が体育館の裏で話をしていた。

「ミンミン、ありがとう上手くいったわ」
「ううん、いいのよ。だって、私は二人を応援しているんだもの。ヨシトにはあなただけを見ていてほしいものね」
「ありがとう。でも、私とあなたの特技が同じだったとは驚きだけどね。私も妖精の血を引いているけど、あなたもそうなのね、ミンミン」
「ええ、小さい頃から夢の中を旅行しまくっていたわ。特に春の夢は希望に満ちた夢が多くて楽しいのよね。でも、はっきり言ってヨシトの夢は退屈な夢ばっかり。夢の中なのに、勉強ばっかりしてるんだものね」
「ふふふ、それは内緒よ。きっと、これからは私の夢を見てくれると思うから」
「そうね」

 どうやら、来夢と明眠は結託していたようだ。良人は全く知ることなく、その後の人生を来夢とともに幸せに過ごしたそうだ。



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