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【SS】 金魚の世界 #シロクマ文芸部

 咳をしても金魚。熱を出しても金魚。

 使っているパソコンに、いきなり表示された。しかも点滅までしている。なんだと思う間も無く、パソコンのスピーカーからはザザっという変な声が聞こえてきた。スピーカーはいつもミュートにしているはずなのに、おかしい。インターネットサーフィンを楽しんでいたユタカが呆然としていると、今度は声が聞こえてきた。

「金魚だというだけで、だれも僕を診察してはくれない。金魚の世界にもウィルスがあるというのに。風邪を引くことだってあるというのに。あー、全くやってられない。不公平にもほどがある。僕には決まった家もないのに人間には暖かい家があるなんて。金魚だというだけでどうしてそんな差別をするのか。我々は、もう少し手厚い対応をしてほしいといつも願っているのに。ねぇ、なんとか言って」

 最初は自分のパソコンがハッキングされたのかとユタカは思った。どうやらそうではないようだ。まさかと思い、横にある水槽を確認して飼っている金魚をしばらくの間じっと見つめてみた。しかし、いつもと変わらず口をぱくぱくさせながら出目金が優雅に泳いでいるだけだ。何も変わりはない。ユタカは唖然としながらもしばらくしてから、パソコンに向かって恐る恐る話しかけてみた。

「君は、いったい誰なんだ」

「あ、繋がったね。よかった〜。とりあえず地球人の身近にいる金魚になり変わってメッセージを伝えたんだけど、全然応答がないからどうしようかと思っていたところだったよ。僕は宇宙金魚のレッドだよ」

「何を言ってるんだ。宇宙金魚のレッドだって。本名を名乗れよ。ハッカー野郎」

「あちゃー、違うんだって。ハッカーじゃないし。じゃあ、強制的にビデオ通話に変更するよ。ヨイショッと」

 ユタカのパソコンに大きく一匹の金魚が映し出された。どうみても金魚だ。しかし、その金魚が話し始めたのだ。

「どぉ、僕の姿が写ってるでしょ。カメラなんて無くったってこうして映像は送れるんだよ。僕らは普段は宇宙空間を泳いでいる宇宙金魚なんだ。今は、地球のそばにいる。衛星がたくさんあるのでぶつからないように泳いでいるんだよ。どぉ、信じてくれた」

「そ、そんな。金魚だろ。しかも宇宙をそのまま泳いでるし。ありえない」

「いや、これが現実。そんなことはどうでもいいんだけど、話聞いてくれる」

「聞くだけなら、いいけど」

「実はね。ちょっと前から発熱してて苦しいんだ。もしかすると地球のコロナに感染したのかもしれないしインフルエンザかもしれない。できれば君の家にある水槽で休ませてもらいたいのだけど、今から行ってもいいかな」

「言ってる意味がわからないな。今宇宙にいるのが本当なら、この水槽に来るなんてできるわけないじゃん。もし、本当にできるというならいいよ来て。この水槽に」

「よかったー。ではお言葉に甘えてテレポーテーションしまーす」

 なんと、ユタカの横にある水槽の中に、一瞬で大きな金魚が突然姿を現したのだ。他の金魚の倍くらいの大きさはありそうだ。ユタカは夢でもみているのかというような顔をして水槽に現れた金魚を凝視していた。

「そんなに見つめたら、テレちゃうよ。我々は普段宇宙空間を泳いで移動しているから、空気の中だとうまく泳げないんだよ。重力もあるし。だから地球に立ち寄るときはいつも水の中を狙うんだ。でもね、海は塩辛いからダメなんだ」

 ユタカの頭の中はパニックになりそうだった。いや、すでになっていた。それでも必死に目の前で起きていることを理解しようと勤めた。さっきまではパソコンから聞こえていた音が今は水槽から直接聞こえる。しかも、見えている金魚は一瞬で現れた。いったい何が起きているんだと自分に問いかけているようだ。

「申し訳ない。かなり混乱させてしまったようだね。ただ、今は体力的にきついから明日になってから話をするということでいいかな」

 そう言って、宇宙金魚は目を閉じて眠った。金魚には瞼がないはずなのに、宇宙金魚にはついているらしい。ユタカはたまたま翌日が休暇だったので、この宇宙金魚と会話することを決心し、ベッドに入った。

 翌日明るい日の出に起こされ、ユタカはすかさず水槽を見た。そこには大きな金魚がゆっくりと右へ左へと泳いでいた。その姿はまるでリハビリをしているようだった。

「あ、おはよう。地球人さん。おかげさまで熱も下がったみたいだ。休ませてくれてありがとう。本当に助かった。あのまま宇宙空間にいたらちょっとやばかったんだよな」

「夢じゃなかったんだな〜。でも回復してくれてよかった。これで元に戻れるわけだ、またテレポーテーションで」

「ああ、そういうことさ。実は、今この地球に接近してきている謎の飛行集団がいてその対策のために我々は泳いできたんだ。多分そろそろ地球の近くまできていると思うから、僕も急いで戻らないとな。まぁ、悪い奴らだったとしても、我々が密かに撃退してやるから心配いらないよ。ああ、言い忘れたが、我々宇宙金魚は、宇宙空間の秩序を維持するために宇宙空間をパトロールしているチームなんだ。小さいからレーダーにも映らないし、敵にも悟られないんだよ」

 そう言い残して宇宙金魚レッドは、ユタカの部屋の水槽から一瞬で姿を消した。まるで夢のような出来事を経験したユタカは水槽をじっと見ていた。心なしか元々飼っている出目金が元気になっているような気がした。水槽の金魚に気を取られている間に、ユタカのパソコンにはメッセージが表示されて点滅している。

『地球に接近していた謎の飛行集団は、地球が侵略できないかを探りに来た悪い奴らだった。しかしもう心配はない、飛行集団は全てブラックホールに投げ込んでしまったから安心していいよ。世話になったお礼にメッセージしたよ。あっ、それから水槽の水は替えたほうがいいよ。出目金は疲れていたから、僕のエネルギーをほんの少しだけ分けてあげておいた。だから今は元気が回復していると思うけど。じゃあ、またいつの日にか会える日までバイバイ地球人さん』

2453文字


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お題 咳をしても金魚。から始まる小説


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