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【SS】 手帳の秘密 #シロクマ文芸部

懐かしい」で始まるお話の二作目です。少し長いお話(3800文字程度)になりましたが、付き合っていただければ嬉しいです。


 懐かしい父の手帳が見つかった。三年前に自殺した父の手帳だ。当時はどんなに探しても見つけることができなかった。自殺をするような父じゃないと思いながら、きっと何かを書き残しているのではないかと必死に探したが、何も見つからなかった。当時母は「いつもメモするために手帳を持っているのに無くなってしまった」と虚な目で僕に言ったことを覚えている。その母は父の四十九日を待たずに後を追うように亡くなってしまった。元々癌を患っていることは僕も父も知っていた。余命いくばくもないということも主治医から聞かされ母も認識していた。そんな母を残して父が自殺する事は息子の僕としては納得できなかった。しかし現実は違った。近所に住む父の同級生で仲良くしていたおじさんが首を吊っている父を見つけて通報してくれたのだった。おじさんもかなり慌てていたみたいでしどろもどろになりながら警官に説明していたということを後から聞いた記憶がある。

 父の死から三年たって僕は警察官になった。そして配属先を希望して生まれ育った街に戻ってきた。交番勤務の始まりだ。母が亡くなってからは何となく近寄れなくなった実家。人が住んでいなかったせいで荒れてしまった実家を片付けるために久しぶりに戻ってきた。そこで父の手帳を見つけたのだ。三年前も確かに探したはずだった父の机の引き出しにその手帳は入っていた。よく見ると土が表紙についていてページの所々に濡れて乾いたような跡があった。

 不思議に思いながらも、手帳の最後のページをめくってみる。そこには懐かしい父の筆跡で思いもよらぬ内容が殴り書きされていた。

『学生の頃、妻のことを好きだった隣の男が今だに私を恨み続けていることが分かった。わだかまりはとっくに無くなっていたものと思っていたが、三平にとってはどうしようもなく恨めしいことだったようだ。もしかすると三平に殺されるかもしれない。もし、私が突然死ぬようなことがあれば、隣の三平を調べてもらいたい。何としても妻を残して先に死にたくはないのだが。。。』

 僕は唖然とした。そこに記されていた三平という人はまさに父が自殺していることを通報してくれた隣に住む父と同級生だったおじさんだったのだ。そのおじさんには僕と同級生の孝という息子もいる。僕の心の中はざわめき始めた。僕は父の手帳をカバンに押し込んで、急いで実家を出て隣の家まで走った。隣といっても田舎なので数百メートルは離れている。息を切らしながら隣の家の前までいくと、孝が入り口のところで待っていた。

「恭一、久しぶりだな。今日からこの街の交番勤務になったって聞いたよ。これからもよろしく頼むな」

「おう、孝。ありがとう。早速で悪いんだけど、おじさんはいるかな。ちょっと話をしたいんだけど」

 孝は家を指さしながら俯き加減に話し始めた。

「親父は一昨日自殺したんだよ。それで今日は葬式さ。全くなぁ、ろくでも無い親父だったけど死んでしまえば手を合わせないとな」

「えっ、自殺。なんで」
「その答えは恭一が知ってるんじゃ無いのか。だから走ってここまで来たんじゃ無いのか」
「えっ、ひょっとして僕の親父のこと、か」
「ああ、俺も知らなかったんだけどさ。一週間前に物置を整理していたら出て来たんだよ地面の中から」
「それって、この手帳のことか」
「そうだよ。焦ったよ、俺。それで親父を問い詰めたんだよ。かなり執拗に。そしたらさその日の夜中、全てを話して首を吊っちゃったんだよ。俺さ、手帳を警察に渡せなくてさ。京一の実家の中でおじさんがいつも座っていた机の引き出しに戻しておいたんだ。きっと、恭一が見つけるだろうと思って」
「そ、そんな。そんなことってあるのか。それでおばさんは、おばさんは今どうしてる」
「お前が来るのを待ってるよ。赴任してくるって聞いていたから」
「そうか。じゃあ、おばさんと話してみるよ」

 恭一は赴任早々自分の父親に関わることで奔走するとは思ってもいなかった。だが警察官としての使命感から辛い時かもしれないけれど孝の母親に話を聞こうを思ったのだ。

「おばさん、恭一です。ご無沙汰しています」
「ああ、恭ちゃん。ごめんね、ごめんね。うちの人が」

 恭一は返す言葉が出てこなかった。小さい頃からよく知っているおばさんだけに変な慰めを言うのもおかしいし、恨み言を言うのもおかしい。結局、手帳を出して最後のページを見せた。

「こんな時に申し訳ありません。父が最後に残した手帳が見つかったんです。ご存知でしたか」

 孝の母は、憔悴しきっていた。大切な人を失ったばかりだから仕方がないことだと恭一は思っていたが、どうしても聞いておきたかったし、孝の母が恭一がくるのを待っていると言うことも気になっていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。誤って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい。孝から見せられたわ、その手帳。主人が恭ちゃんのお父さん、恭平さんを殺害してしまったというのは、どうやら本当みたい」
「ほ、本当なんですか。でもなぜそんなことを」

 しばらく沈黙の時間を挟んで孝の母は思い口を開いた。そして孝の母や恭一の両親が学生だった頃の話になった。

「ええ、思い起こせば、私たちがまだ学生だった頃に遡るわ。実は主人の三平と恭平さんは恭ちゃんのお母さんである美鈴さんを共に愛していたのよ。でもその時美鈴さんは三平を愛していたの。ところが、後にお互いの家同士の交渉があって、三平の家には資産がないということで、恭平さんと美鈴さんの家同士で結婚をさせてしまったのよ。その時の主人の落胆はものすごいものだったわ」
「えっ、そんな酷い過去があったのですか」
「それにね。まだ続きがあるのよ。恭ちゃんは警察官になったのよね。凄いわ、頑張ったのね」
「いえ、そんなことは。ただ、父のことをどうしても確かめたくて警察官を目指してしまったんです。でもそれがこんなことになるなんて」

 恭一が急に警官を目指し始めたことも孝の母は知っていたようで、過去に起こった全てのことを話してしまおうと思ったのである。

「そうよね。でもね、恭ちゃん。実は、もっと複雑な話せば呆れられるような関係があったのよ」
「えっ、どういうことですか」
「もう全てを打ち明けても動揺しない歳になっているから話すことにするわ。まだ私たちが学生だった時、主人と美鈴さんが相思相愛だと分かって恭平さんはヤケになっていたの。その時に恭平さんは虚しさというかやるせ無い気持ちをどこにもぶつけられずに、結局。。」

 一瞬言葉に詰まったが、思い直したかのように一度天を仰いで出てくる涙を止めるような仕草を見せてから続きを話し始めた。言いづらそうな顔が何となくいいことではないという予感を恭一は感じて余計に急かしてしまった。

「えっ、結局、何ですか、何かあったのでしょうか」
「ええ、実はね。恭平さんは捌け口をね。。。私に求めたのよ。当時、私は恭平さんが好きだったからぶつけどころの無い彼の不満を全て受け入れたの。そして身籠った。それが孝なの。孝もずっと知らなかったんだけど、主人が自殺する前に全てを孝に話してしまったのよ。主人は全てを飲み込んで私と結婚していたと思っていたけれど、心のどこかでずっと恨みをくすぶらせていたのよ。それで孝は本当の父親のことを知り、本当の父親を殺したのが今の父親なんだって知らされたの。だから、孝は父親が首を吊るのを止めなかった。全ては私のせいなの」
「ちょっと待ってください。じゃあ、僕と孝は兄弟で、孝がお兄さんということですか」
「そうよ。孝は四月生まれ、恭ちゃんは翌年三月生まれ。学年は同じだけどほぼ一年くらいの差があるのよ」

 横で孝は黙って聞いていた。父親から話を聞かされていたので孝はそれほど動揺してはいなかったが、恭一にとってみれば天変地異が起こったのに等しい内容だった。それまで仲が良かったお隣さんであり友達だと思っていたのが、いきなり兄弟だと言われても受け入れられるはずはなかった。それに聞いた内容が全て真実だったとして、恭一の父親は自殺ではなく他殺だったと聞かされても、その犯人も自殺してしまっている。恭一は、一連の話を胸の奥にしまった。そして、その日はそのまま孝の家で行われている葬儀に参列させてもらった。複雑な気持ちだった。

 月日は流れ十年が過ぎた。現在の恭一は故郷の交番で働いている。結婚もして子供も生まれた。孝は家を継いで農業に従事している。二人はこれまでもそしてこれからも友人として付き合っていくことを誓い合っていた。全てのことは孝と恭一の胸の中だけの真実として隠され二度と語られることはなかった。

 一方、孝は結婚もせずに、すでに寝たきりとなって話すこともままならない母親の介護をしながら日々の農作業をこなしている。恭一の結婚の時はめでたい出来事として表面上は祝ったのだが、内心は複雑な気持ちでいっぱいだった。恭一の妻となった朋花は、恭一が赴任してくる前から内緒で孝が付き合っていた女性だった。朋花の家は不動産で成功した資産家だった。恭一との結婚を堺にして天真爛漫で明るかった朋花が、淑やかであまり笑顔を見せない女性になっていったのが孝にはたまらなかった。
 恭一と朋花は結婚してすぐに子供に恵まれた。恭一はとても喜んでいたが、朋花と孝は笑顔を見せるだけで複雑な心境を悟られないようにしているかのようにも感じられた。果たして、歴史は繰り返すものなのだろうか。これから起こる未来のことは誰にもわからない。


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