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【短編】 過去の捜査 #シロクマ文芸部

今回も前回の続きの短編に仕立てました。まだ終わりそうにありません。。。


 閏年だった2020年に起きたチョコレート殺人事件で、収監された日向への三人目の面会者が現れた。そろそろ両親が来てくれるのかなと思っていた矢先のことだった。面会室にいたのは全く予想していなかった人物だった。普段着の男性だったので一瞬思い出せなかったのだが、あの時の刑事だとわかった。タワマンの誠治の部屋の中で問い詰めてきた刑事の渡口だった。日向は渡口の格好を見てクスッと笑ってしまった。黒のトレーナーに黒いジーンズだったからだ。またしても黒い服の人が訪ねてきたんだと思うと思わず笑ってしまった。

「え、何かおかしいですか?」

 顔を合わせるなり、笑われてしまったので渡口刑事はびっくりしていた。会いたくない人がやってきてキッと睨まれるか無視されるかもしれないと覚悟してやってきただけに出鼻を挫かれた感じだった。

「ごめんなさい。そうじゃないの。私がここに入ってから刑事さんが三人目の面会者なんだけど、みんな黒い服で会いにきてるんです。その偶然がおかしくて」

「ああ、そういうことでしたか。本当は今日は迷ったんですよ。黒いスーツにするかこの格好で行くかと。でも今日は非番なので私服がいいなと思ってこんな格好で来てしまいました。多分、黒い服で来ているのは偶然じゃないかもしれませんよ。言い方は悪いですが、檻の中に入っている人と会うのにあんまり明るい格好で会うと気分を害してしまうかなとか、嫌がられるかもなと思ってしまうんですよ。だから、暗めの色の服を無意識に選んでいるのかもしれません」

「そうなんですね。考えてもみませんでした。で、あの時の刑事さんが一体何の用事でこんなところまで来られたのですか。しかも、休暇の日に」

 渡口が言ったことに日向は「なるほど」そんなことまでみんな考えて会いに来るものなんだと感心してしまった。同時に「自分はあんまり相手のことを考えずに行動したり発言したりすることが多かったのかもしれない」とちょっぴり後悔していた。

「ええ、どうも今回の事件は僕の頭の中で整理できていなくて、個人的にずっと捜査を継続していたんですよ。別に、あなたのためというわけではなく、自分で納得するためにですけどね」

「なんだか、ありがたいと思っていいのか、そうでないのか微妙な言い方ですね」

「ははは、商売柄、上手には言えないものですみません。それで、あなたには申し訳ないのですが、少し前のことを確認したいと思ってここにやってきたんです。あなたを逮捕した時の周りの関係者はあなたが失脚させた青木さんがいましたが、彼女は犯人ではありませんでしたし、どうしてもあなた以外に犯行ができる人物がいませんでした」

「だから、私は有罪となってここにいるんですもの」

「ええ、そうなんですが、あなたが嫉妬で愛した人を殺害するとはどうしても思えなくて」

「あら、刑事さん、ありがとうございます。その通りですよ」

「しかし、過去を探っていたら、以前の会社の社長である赤坂守さんも死亡していたということがわかりました」

「ええ、守さんも亡くなったわ。でもそれは病気だったわよ。まさか、そのことも殺人に仕立て上げようとしているんじゃないでしょうね」

「あ、いやいや、ちょっと言い方がまた不味かった様ですね。もちろん、そんなことは思っていませんよ。でもね、ちょっと考えてみたんですよ。もし、もしですよ、当時、あなたと赤坂さんが付き合うことがなければ赤坂さんは死なずに済んだんじゃないか、仕事だけに集中していれば過労がたまることはなかったんじゃないかって考える人がいなかったのだろうかとね。まぁ、あくまでも仮説ですけど」

「えっ、逆恨みってことですか。なんか、それ怖い」

「そう、逆恨みをもし抱かれていて、その復讐のタイミングを虎視眈々と狙われていたとしたら、今回は絶好のタイミングだったんじゃないかって思ってしまったら、頭から離れなくなったんですよ。最も、あなたが檻の中にいるからこんな話ができるんですけどね。僕の仮説が正しいとしたら、心当たりの人たちって誰かいませんか? 僕も今はそこまでで行き詰まりました」

「やっぱり、守さんと付き合っていた頃に原因があるのかしら。私もずっと考えてはいたんですけど、心当たりがなくて、当時のことを思い出そうとしているところでした」

「実は、赤坂さんのご両親に会ってみようかと思ったんですが、会社が倒産した後、父親は行方不明だし、母親の居場所もまだわかっていないんです。正式な捜査なら住民票を追いかけることもできるのですが、私的に捜査しているので限界に来ています。それで、何か心当たりはないかと尋ねるためにここに来たわけです」

「えっ、守さんのお父さんの会社、倒産していたんですか。知りませんでした。どうして、そんなことに。あの頃は順調だったはずなのに」

「そうですか。あなたには知らせていなかったんでしょうね。心配させるから」

「そんな。私だけ知らなかったのかしら。はっ、もしかしたら、真美が知っていたのかもしれません。青木真美さんに聞いてみてください」

「え、青木さんですか。なぜ、彼女が」

「守さんが一番最初に信用した人は真美だったんです。私は、真美が守さんを好きだってことを知ってました。それを承知で私は守さんの心を奪ったんです。いつも私の前には真美がいたから。ああ、考えてみると悪いのは私だったのかもしれません。だから、私はこんなところにいるんだわ」

「いやいや、とんでもなく嫌なことを思い出させてしまいましたね。もし、今回の殺人があなたではないと証明できたとしても、あなたは罪を償う必要がありますよ。それはわかっていますか。あなたが口をつぐむことになった罪です」

「は、はい。自分では分かっているつもりです。私と誠治さんは真美を罠に嵌めたのですから」

「そうです。そっちの件に関して、証拠が揃い次第、追加で立件されることになると思います。心の準備だけはしておいてください。それでは、僕は青木さんと話をしてみることにします」

 渡口が帰った後、日向は憔悴しきっていた。やはり過去のことが今回の引き金になっている可能性が高いと思うと、自分の人生を反省しなければならないと思い始めたのだ。ここに来てやっと、自分本位に生きてきたんだということを日向は自覚した。

 日向に面会した後、渡口は一旦自宅に戻り、情報を整理していた。そして日向の性格を考慮すると、もしかしたら日向自身が逆恨みしていた可能性もあるのではないかと思い始めたのである。赤坂守が臨終の床にいる時、看護師に電話を依頼して日向に電話をしたと言っていたが、もし真美に電話をして出なかったら日向に電話をして真美を呼んでくれと言いたかったんだとしたら話は変わってくるな。もう一度、病院に行って確認してみようと思っていた。ただ、もう、六年ほど前の話になるので担当していた看護師がいない可能性もあるが、電話の履歴をたどれるならば推測できるかもしれないと思い始めた。しかし、それには正式な捜査である必要があった。

 どうしたものかと悩みながら品川署に出勤したら、隣の課の同期が声をかけてきた。隣の課は、横領などを担当している刑事課だ。そこに渡口と同期入社の金田という刑事が在籍していて、相談事を持ち込んできた。

「渡口刑事、ちょっと相談があるんだけど。今時間ある?」

「おう、金田じゃないか。久しぶりだな。おなじ署内にいるのにあんまり顔見ないよな、お互い。まぁ、外に出てることが多いから仕方ないけどな。で、なんだい。今なら時間大丈夫だよ」

「本来なら、上を通して依頼すべきなんだけどさ。その前に相談しようかなって思ってさ。実は、七年前になるんだけど、赤坂正志という人物が経営していた貿易会社の中で横領事件が発生したんだよ。いろいろ調べていたんだけれど、その容疑者が全くもって見つからないんだ。国外へ出た形跡もないし、忽然と消えてしまったんだよ。今も全く手がかりなしでお手上げ状態なんだよ。最も、担当刑事も変わってしまって、最後のおはちがこの金田様に回ってきたってわけ。でもさ、要領をえないわけよ。何しろ昔の事件すぎて。それでさ、一課のヘルプをもらおうかという話になりつつあるんだよ」

「えっ、それってもしかして既に殺害されているかもしれないってこと」

「わからないんだけど、その可能性が高いんじゃないかと思うんだよ。もしそうだとすれば単なる横領じゃなく、強盗殺人も視野に入れなければならなくなるんだよな。しかも問題なのは横領が発生したのは今から七年前なんだ。だから、業務上横領の立件の時効が今年なんだよね。ちょっと焦ってるわけよ。だから、渡口に相談しようかなって思ったんだよ。お前って、勘がいいからな」

「それって褒めてないよな、俺のこと。まぁ、いいや、もう少し詳しく教えてくれよ。いずれにしても白黒を早くつけないと立件できないということなんだな」

「ああ、そうなんだよ。当時、赤坂正志と一緒に会社を立ち上げたメンバーの一人に上社丈二という人物がいたそうなんだよ。もちろん幹部役員で会社の金庫番だったらしい。それが、急に有給休暇を取得すると周りに言って休みに入った途端、会社の預金がごっそり引き出されたってことらしいんだ。正確に言えば、上社の持っている複数の個人口座に振り分けて送金したらしいんだよ。その後は、さらにいくつか銀行を送金リレーして、現金に変えてドロン。しかも、借りていた賃貸マンションは完全にもぬけの殻、ご丁寧に賃貸の解約処理も済ませていたってことなんだよ」

「それじゃあ、その上社って人物が現金をどこかに隠して国内のどこかに潜伏してるんじゃないか」

「俺もそう思ったんだけどさ。普通の会社員だった人物がこんなにも煙みたいに消えてしまうことが本当にできるのかって思っているわけ。しかも、社長の赤坂正志に一番信用されていた人物だったらしいんだよ。しかも、そうなる少し前には、個人的に不動産投資に手を出して焦げつきを出したっていう話があって、まさか海外資本が絡んでいるのかもという憶測まで飛び交ってるんだよ。貿易の会社だっただけに。もし、そうだとすると東京湾の底っていう可能性もあるだろう。だから、協力して事件解決を手伝って欲しいんだよなぁ」

「ああ、まぁ、上から命令が来ればそりゃう動くけどさ」

「やっぱりそう言ってくれると思ったよ。上を通すから担当者として手をあげてくれよな。俺を助けてくれ」

「あっ、ちょっと待て。赤坂って言ったな。貿易会社の社長。ちょっと待ってくれ」

 渡口は家持誠治の殺人事件に関して小早川日向の過去を探っていた時、登場した名前だと思い出した。手帳を何枚か捲ると確かにメモしていた。『小早川日向の元彼氏は赤坂守、急ながんにより死亡、父親は貿易会社を経営したが資金繰り悪化のため倒産、夫婦は離婚』というメモが見つかった。

「なんだか妙な縁だな」

「えっ、どうしたんだ」

「実は今、家持誠治の殺人で小早川日向という女性がけいが確定して既に収監されて一年になるんだが、どうにも腑に落ちないので、過去をいろいろと調べていたんだよ。その小早川日向の元彼が赤坂守という人物。既に病死してしまったけれどね。そして、その父親が小さな貿易会社の経営者だったんだ。時を同じくして倒産したらしいから、そこから先は捜査していなかったけど。なんだか、匂い始めたな」

「あのテレビで騒いでいたチョコレート事件だろ。すっかり解決したものと思ってたけど、渡口の中では解決していなかったんだ。でも、裁判も終わったんじゃなかったっけ」

「そうなんだけど、冤罪の可能性をそのまま見逃すわけにもいかないしな。そうだ、赤坂守が死亡する前に入院していた病院の看護師に電話を頼んだらしいんだよ。その記録を電話会社に請求することはできるかな。俺は直接病院に行って確認してみるけどもしかしたら当時の看護師がいないかもしれないから、記録も確認しておきたいんだよ」

「えっ、それって横領と関係があるのか」

「あるかどうかはわからない。だが、かなり両親思いの息子だったらしいから居場所がわかるかもしれないじゃないか、両親の」

「なるほど、だったら、手配しておくよ。調べる電話番号を後でメールしてくれ」

「了解」

 こうして突然、隣の課からの要請が追いかけている事件とつながり始めたのだ。渡口は、電話の記録が複数あるんじゃないのかと考えていたのだ。もし、そうであれば小早川日向は大きな勘違いで復讐を企てたことになるのかもしれないと渡口は思った。それに、小早川日向に当時情報を提供した叔父さんという存在も気になり始め、中村という男の身辺調査も必要かもしれないと手帳にメモをした。

 閏年とはいえ二月は他の月よりも日数が少ない、二月は早々に過ぎ去り、桜も満開に近づいていた。春はもう目の前だった。


下記企画への応募作品です。

先週までの投稿

青写真、チョコレート、梅の花で始まる書き出し固定小説を、連続小説で
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