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【短編】 道を誤った女 #シロクマ文芸部

 青写真を描こうにも、失ったものが多すぎて、青木真美はぼんやりとした時間を過ごしていた。彼女は、デザイナーとして上昇気流に乗ったように活躍してきていたのだが、完全に失速してしまった。

 一年前。真美は、不動産投資家の男性と恋に落ちた。出会いはまるで仕組まれたかのようにタイミングが良すぎるものだった。当時、真美は新しいドレスの発表会の場所を探していたのだ。ありきたりのホテルやホールではなく、リモートから画面越しに見ることを想定したファッションショーを意識していた。そのためには、生活感がある程度存在する場所でありながら、憧れを醸し出すような場所が理想だった。例えばタワーマンションの高層階で、広いリビングがある部屋のようなところを探したいと話していた。そんな真美の要望を知っていたスタッフの日向が、知り合いの投資コンサルタントの社長に助けを求めた。その結果、不動産投資家の男性を紹介してもらったのだ。その投資家は三十六歳の男性で結婚歴があったが、今は一人でタワーマンションの最上階に住んでいるという。その部屋を発表会の場所として提供してもいいという話になったのだった。

 日向経由で紹介を受けた真美は、日向とともにその男性宅を訪問した。タワーマンションに着いた時、二人は高鳴る胸を抑えて、オートロックの玄関ドアの横にある呼び出し口で部屋番号をプッシュした。

「はい、どちら様ですか」耳に心地いい低音の男性の声が玄関のインターフォンから流れた。

「中村様からご紹介を賜り、お伺いしました。エーケーデザイン代表の青木と申します」

「ああ、聞いています、お待ちしていました。どうぞお入りください」

 真美も日向も、友達の中で訪ねていけるような人でタワーマンションに住んでいる人がいない。初めてのタワーマンションである。少し緊張気味にエレベータに乗り込み、行き先階のボタンの多さに顔を見合わせて驚きながら、最上階の46という表示のボタンを押した。上に上がっていくとともに、耳がツンとなる気がしたが、不快感というほどではない。やがてエレベータは最上階に到着した。エレベータの扉が開くと内廊下になっていてまるでホテルのような感じだ。恐る恐るエレベータの箱から足を一歩踏み出しカーペット敷の廊下に出た。最上階には他の階と違い二部屋しかないので部屋を探すのに苦労はなかったが、異常なくらいの静けさに背筋が伸びるような感じを受けた。

 部屋の前に立ちチャイムを鳴らす。内側からロックを外す音が聞こえた。

 カチャッ

 ドアが開けられ、上品そうな男性の顔が現れた。男性越しに見える玄関もマンションとは思えないほど広いし、シンプルで明るそうだ。真美は部屋の中を早く見たいと思った。

「いらっしゃい。家持誠治です。大体のことは伺っていますよ。さぁ、どうぞお入りください。一人暮らしなので何もお構いできませんけれど」

「お気遣いありがとうございます。どうぞお構いなく。それではお邪魔させていただきます。私は青木真美、同行してきた彼女は、私とともにデザイナーを担当している小早川日向です。男性宅なので二人で訪問させていただきました。ご了承ください」

 真美と日向は最上階のマンションの一室へと招き入れられた。広すぎると思えるリビングに入り、窓ガラス越しの景色に二人は圧倒された。まるで世界を支配したのかと思えるような圧巻の景色にしばし見とれていたが、家持が見透かしたように声をかけた。

「さぁ、まずはこちらにどうぞ。コーヒーくらいはすぐに出せますからお座りください」

「ありがとうございます。あまりの景色の素晴らしさに我を忘れてしまいました」

 コーヒーを注ぎながら家持がニコッと微笑みながら答えた。

「ええ、僕も最初はそうでした。この景色を得るためにこの部屋にしたと言ってもいいくらいです。まるで王様にでもなったような気分ですよね。偉くなると、だんだん高い場所に住みたくなる気持ちが少しだけ理解できたような気もしてますよ」

 ひとしきり素晴らしい景色をコーヒーを飲みながら堪能し、自分を取り戻したかのように真美は仕事モードに切り替えて、交渉を開始した。

「今回は快く引き受けていただき、ありがとうございます。今回は詳細を確認したくてお邪魔させていただきました。リビングとダイニングはとても広くて私の実施したいファッションの紹介場所として申し分がないと確信しました。白いソファもとてもすてきです。ここに座って、窓の景色をバックにシルクの洋服を纏った女性の映像をカメラ越しに提供できれば、かなり注目されると思います。そこで、少し厚かましいお願いをしてもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ。なんでしょうか」

「撮影場所として、バスルームとベッドルームもご提供いただくことはできますか」

「ああ、そう来ましたか。でも、いいですよ。ベッドは独り者ですがクイーンサイズを使ってますので。あとバスルームにも窓がありますので景色を見ることができます」

「ありがとうございます。イマジネーションを刺激された思いです。ネッ、日向」

「そうね。私たちがデザインしたドレスもいくつか想像しながらイメージできます」

「あのう、もしよろしければ連絡のためにライン交換していただけますか」

「ええ、喜んで。なんならこの後食事でもご一緒にどうですか」

 すかさず日向が、返事した。

「あ、ごめんなさい。私、今日は別の用事がありまして。でも、真美は大丈夫です。是非、二人で行ってください。ちょっと悔しいけれど」

「えっ、日向がいけないのに私だけだと悪いわ」

「まぁ、いいじゃないですか、せっかくなので青木真美さん行きましょう」

 こうして、タワーマンションの最上階の一室で実施するファッションショーというか撮影会というようなアイデアが実現していった。しかも、食事をきっかけに真美と誠治の関係は深くなり、その日は誠治のマンションに泊まってしまう関係になっていた。

 ファッションショーも無事に実現でき、リモートからの視聴者もデザイナー関係やアパレル関係者に事前登録を実施してもらい大盛況のうちにイベントは終了した。通常の生活空間でありながら、最先端のデザインのドレスを纏った女性が動き回る。そんな発表会だった。発表会が終わった後の反響は予想以上だった。問い合わせも殺到し始めた。もちろん、デザインの注文と量産するための契約の問い合わせだ。真美と日向はお互いのデザインのドレスを仕分けして、まるで注文を競い合うかのように注文書を見せあった。

 イベントからしばらくたった時、週刊誌にタワーマンションでのイベントの記事が掲載され、またしても注目を集めた。

『斬新なアイデアでファッション業界に新風を巻き起こしたデザイナー小早川日向堂々のデビュー』という見出しが見開きのページで踊っていた。真美のことには全く触れられておらず、マンションの一室でのイベントは全てが日向の計画で実施され大成功を納めたという記事だった。真美は混乱していた。

「日向、週刊誌の記事、見た。全てはあなたのアイデアで実施され成功したと書かれてるのよ。何か聞いてる」

「ああ、あの記事ね。中村さんがね、週刊誌にけしかけてくれたのよ。それで私がインタビューに応じて記事になったってわけなのよ。言ってなかったっけ」

「何、それ。あんまりじゃない。まるで手柄を独り占めというか横取りしてるじゃない」

「えー、何言ってるのよ。私が中村さん経由で場所を探してあげたんだから、私のアイデアでしょ。嘘じゃないでしょ」

 真美は初めから騙されていたのかもしれないと思い、家持に連絡を入れ、確かめようとした。真美は頻繁に家持のマンションに遊びに行くようになっていた。お互いに独身だったということもあり、真美は大きな信頼を寄せていた。真美は家持のことを完全に信用していたのだ。すぐさまスマホを手に取り、電話をかけた。

「ねぇ、誠治さん。週刊誌の件、知ってる?」

「ん、週刊誌ってなんのこと」

「なんだ、まだ見てないなら、いいわ。ちょっと見てもらいたいのよ。今日の夜はそっち行ってもいい?」

「あー、今日はちょっとまずいな。客が来る予定なんだよ」

「えー、そうなの。わかった。じゃあ、後でラインするわ」

 なんとなく電話の向こう側に人がいるような気配を感じたが、特に気にすることなく真美は自分のマンションに帰った。広いマンションの一室で実施するリモートファッションショーのアイデアは、日向に盗まれてしまったと感じていたし、何より一緒にやってきた友達だと思っていた日向の裏切りが許せなかった。そんなむしゃくしゃした気持ちを早く誠治と会ってぶつけたかった。ところが、週刊誌に記事が掲載された後から、誠治と会うことが難しくなってしまっていたのだ。仕事が忙しくなって真美と会う時間が取れなくなったようだった。

 数週間が経過し、真美と日向の関係は完全に敵対関係に変わっていた。しかし、それまでのお互いに切磋琢磨してきた関係を壊したくないという思いの方が強く、真美はそのまま何もすることはなかった。そんな憂鬱な日々が過ぎていく中、テレビの番組でファッション業界の特番が組まれ、真美の目は思わず釘付けになってしまった。テレビに映っているのは、紛れもなく日向と誠治だった。しかも、その番組の中で二人は結婚するということも発表し、誠治が保有しているマンションでのファッションショーや発表会を実施していく青写真を披露している。真美は目の前が真っ暗になるような感覚になってしまい、その後の番組の内容が記憶にない。

「そんな、信じていた誠治さんが一緒にやってきた日向と結婚するなんて。日向は私から全てを奪ってしまったんだわ。私が描いていた青写真はもうどうやっても実現できないのね」

 真美は肩を落として一晩中泣いた。裏切られたことに悔しいという思いもあったのだが、それ以上に何も気づかなかった自分に腹が立っていた。真美が描いていた青写真はすっかり日向のものとなってしまった。流石にもう一緒に働くことはできないと考え、翌日、日向を呼び出した。

「私の青写真はあなたが実現しそうね。応援はしないけど、頑張ってね。これまで一緒にエーケーデザインを頑張ってきたけれど、私たちの関係は終わりよ。会社から出て行ってくれる」

 するとまたしても予期しない返事が返ってきた。

「社長の真美さん。あなたはもう忘れてしまったの。五年前に私にした仕打ちを。この会社は赤坂守が立ち上げた会社だったわ。最も、個人事業主だったから会社とは言えないけど。そして、私と守は当時付き合っていた。でも、守は働きすぎが原因でがんを発症。三十二歳で帰らぬ人となった。その最後を看取ったのは、真美、あなただったのよ。私は、変だと思ったわ。なぜ、病院は私に連絡せずに、真美に連絡したのかと」

「それは、赤坂さんが私に後を継いで欲しいと思ったからでしょう。何を今更、そんな過去のことを」

「いいえ、一段落した後、看護婦さんに確認したのよ。連絡した電話番号を。それは私のスマホの番号だった。しかも、ちょうど真美と一緒に会社にいた時間帯だったのよ。後から、私は思い出したわ。そういえばスマホを置いて布地を取りに倉庫に行ったことがあったと。看護婦さんの発信履歴からもわかったわ。その時電話に出たのが真美。あなただったんでしょ。そして知らん顔して病室に行った」

「そんなのただの言いがかりよ。今更言われてもどうしようもないわ。現在は、株式会社として会社を運営するために私が頑張ってるんじゃないの」

「そう、それ以上追求はできなかった。当時は私もまだよくわかっていなかったし。でも中村さんが調査してくれて、あなたが強引に後継だと認めさせるような交渉をしているのを看護士が見ていたことを突き止めてくれたのよ。だから、私はあなたを同じ目に合わせてやろうと思ったのよ。今では、株式会社となったこの会社の取締役全員が私の側に付いてくれたわ。次の役員会で社長交代が決定するのよ。だから、出ていくのは真美。あなたの方ってこと」

「えっ、そ、そんな。私から全てを奪い取るの。日向」

 日向の復讐のターゲットとなってしまった真美は全てを失ってしまった。真美の描いていた青写真の全てを日向が引き継ぐことになったのだ。


下記企画への応募作品です。今回は書き始めてちょっとショートショートの枠を超えるなと思い書き進め、結局5000文字になってしまいました。途中、結構端折ったのですが、短編小説の文字数となってしまいました。しかも、まだ続きがありそうな終わり方です。

先週のSS


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