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【ミステリー】自殺か殺人か

オラヴさんの投稿写真を見てミステリーを書いてみました。
オラヴさんの「ここのシーンだけでミステリー作ってみて」というコメントを間に受け書いてしまいました。5000文字の短編ミステリーです。


『疲れました。先に向こうに行きます。たくさんお金を借りてしまってごめんなさい。お父さん、お母さんには返済義務はありません。私がいなくなることで清算します。先立つ不幸をお許しください。 今本ゆかり』

 切り立った風の強い崖の上に便箋に書かれ折り畳まれた遺書が風に飛ばされないように石の重りを乗せられ、はみ出した部分が風に煽られパタパタしている。

 ここは、静岡県伊豆半島の突端に位置する石廊崎、景勝地として有名な場所で有りながら自殺の場所としても知られているし、時折心霊写真などでも話題に上る場所である。時として風がある日は波が高く潮も早いので崖下はとても危険に見える。ここから飛び降りたとしたら、返す波で崖下に打ち上げられて損傷の激しい遺体となるか、引き潮に攫われ水面下に潜り込んでしまい、魚たちの餌となり、バラバラにされ遺体さえも見つけることが難しい状態になってしまうかのどちらかだろう。だが、自殺を決心したものはそこまでは考えないものである。

自殺現場

 近くの旅館から110番がかかっていた。泊まり客の女性の様子がおかしいというのだ、一泊二食付きのコースを注文していたにも関わらず、食事に箸もつけていないらしい。宿代は前金でもらっているので宿としての損失はないが、女将は何やら胸騒ぎがして警察に通報した。朝7時のことである。

 宿からの連絡を受けた県警は、刑事課へ連携し大森晃太郎刑事と内海次郎刑事を宿へと向かわせた。二人の刑事はサイレンを鳴らさずに覆面パトカーで宿へ行き、女将に話を聞いた。女将によると到着した時から様子が変だったらしい。女将は少し興奮気味に刑事に説明した。

「なんとなく自殺しそうな感じの女性だったんですよ。今朝早く白いニットの帽子をかぶって赤いダウンを着て乗って来ていたレンタカーで帰って行ったんです。うちとしては宿代も貰っているので損はないんですけど、ここに泊まったあと自殺したなんてことになったら、宿の評判に関わるので、うちの名前を出さないようにしていただけますか。何にもなければそれに越したことはないんですけどね。ここんとこただでさえ不景気でギリギリの商売なんですよ。刑事さん、お願いします」
「わかりました。できるだけ極秘に進めますが、最終的には保証し兼ねます。こんな時代だからこそ事実を隠せないんですよ」

 そう言って二人の刑事は、石廊崎へと車を走らせた。今日は一段と風が強い。もし身投げしていたら風で煽られ沖合へと流されている可能性が高いかもしれないと感じていた。現地に着き、二人はまず突端に最も近い石廊崎オーシャンパーク駐車場に向かった。平日のせいか車は少ない。二人は一台ずつ確認し、レンタカーのナンバープレートを探した。宿の女将から聞いていたのは、「静岡 わ ・・42」の白い日産ノートだった。駐車場の一番端っこにその車はキーがついたままで止まっていた。

 二人の刑事は、石廊崎の突端を目ざし、身投げしそうな場所を捜索した。三十分ほどした時、内海刑事が声をあげた。

「大森さん、遺書らしきものがありましたー」
「わかった、そっちに行くから待ってろ」

 そこは、駐車場からは見えにくくなる場所で灯台からも見えにくい場所だった。崖の淵に行き下を見下ろすとその断崖の高さに圧倒され足がすくむほどだ。しかも風が強い。断崖に風があたり海の方に向かって風が巻いているのが感じられる。

「もし、今日、ここで飛び込んだとしたら、死体は上がらないかもしれないな。風が強すぎるし潮の流れも早い時間帯だ。内海刑事、崖の下に何か見えないか」

「足がすくんでしまって覗くのが怖いです。ちょっと待ってください。あ、あれ、なんか帽子のようなものが下の方の岩に引っかかっているようです」
「何、帽子だって。何色だ」
「白みたいです」

 大森刑事は、これは自殺に間違いないなと感じた。それでも、駐車場に戻り止まっている車に乗って来て観光している人たちに確認してまわった。

「あの白い日産のノートに載って来た女性を見ませんでしたか」と聞きまくるも誰も知らないと答えた。

 しつこく一台ずつ確認したが、すでに時間も経っているのですでに帰ってしまっている可能性は高いなと思いながらダメ元で聞き込みを続けていた。灯台の手前でずっと写真を撮っているカップルがいたので、声をかけてみた。

「すみません、駐車場の端に留まっている白いノートに乗って来た女性を見ませんでしたか」

「ああ、赤いダウンを着てブーツはいている人ですか、見ましたよ」
「えっ、本当ですか。その時の状況を教えていただけますか」
「ええ、いいっすよ。駐車場は空いてるのに端っこに止めていたので気になったんでちょっと見てたんですよ、なっ」
「うん、なんかキョロキョロしてて挙動不審っていうの、あれ」
「そうだったよな。変だったよな。面白半分でしばらく見てたら、崖の方から男の人が戻って来てベンツに乗り込んだんだよね。そしたら女の人もそのベンツに乗ってどっかに行っちゃいましたよ。見てたのはそこまで。あの車どうするんだろうねって心配したよな」
「ほんと、そうだよね。わけわかんないよね」
「なるほど。ありがとうございました」

 刑事たちは自殺に見せかけた狂言かもしれないと思い始めていた。早速、県警に連絡し女性の交友関係と借金の状態を調査してもらった。その確認はいとも簡単に判明した。女性は多数のサラ金から借金しており、自己破産の手続きをしている最中だったのだ。そして、数ヶ月前まで付き合っていた男性が、石廊崎の近くで会社経営をしているらしいということも判明した。

 その時、県警本部から二人の刑事に緊急連絡が入った。

『石廊崎の猪鼻付近で女性の水死体が上がったらしい。至急確認してくれ』

 二人の刑事は顔を見合わせ、現場に向かった。投身自殺した遺体が流されて上がったものだと思っていた。念の為に、女性が付き合っていた男性の特定と確保を無線で依頼した。

 二人の刑事が現場に着いた時、女性はすでに引き上げられていた。着衣を確認すると赤いダウンであることが確認できた。しかし、顔や体は岩に打ち付けられたのだろう、損傷が著しかった。特に顔面は潰れていた。急ぎ司法解剖の手配を死因の確定を急がせた。ほぼ自殺に間違いはなさそうだなと大森刑事は思った。

 次の日、男の身元が判明したと連絡が入った。刑事たちは男の住まいに急行した。家の前にはベンツが留まっている。石廊崎で個人貿易のショップを開いていた。主たる収入はネットでの取引らしかった。男の名前は、杵柄一平太(きねがらいっぺいた)。もともとがこの辺りの出身で東京に行き事業に失敗して帰って来たようだ。土地が安いこの場所でネットビジネスを立ち上げそれなりの売り上げを上げるようになっていたようだ。

「杵柄さん、今本さんとの関係を教えてください」
「は、はい、今本さんは私のお客様です」
「昨日、石廊崎の駐車場で今本さんを」車に乗せましたよね。目撃者もいますよ」
「あ、はい。乗せました」
「その時あなたは崖の方から戻って来ていたようですが何をしていたのですか」
「いや、ただ、景色を見に行ってました」
「その様子を今本さんは見ていたんですよね。変でしょう、一人で行くなんて。それに今本さんはレンタカーを借りて来ていたにも関わらず、あなたの車に乗ったんですよね。しかも、レンタカーには鍵を付けたままで」
「あ、えと。はい。そうです。実は彼女、今本さんから相談されていて自殺を手伝ってほしいと。。。すみません。それも罪になりますか」
「当たり前です。自殺幇助という立派な重い罪です」
「うっわー、だから手伝うのは嫌だったんだよな」
「あなたは遺書を崖の上に置いて来たんですね。そして帽子を投げ捨てた」
「はい、その通りです」

 二人の刑事は、この辺りまでは推測通りだなと目で合図していた。しかし、その後水死体が上がったということでさらに謎が深まった。二人の刑事はまだ何かこの男が隠していると感じていた。内海刑事はちらっと玄関周りを確認していた。

「杵柄さん、あなたの車に今本さんを乗せた後、どうしたのですか」
「石廊崎のバス停まで送って行きそこで別れました」

 これを聞き、内海刑事は家の外に出て、バス会社に連絡を取り赤いダウンを来た女性を乗せたか確認していた。その回答は乗せていないということだった。当日は風が強い日だったので乗客は全くいなかったということだったのだ。

 内海は、家の中で話をしている大森刑事と杵柄の様子を見ながら違和感を感じていた。杵柄は結婚しているはずなのに、奥さんはなぜ心配して顔を出して来ないんだ。普通、どうしたんですか位は言ってくるだろうと思ったのだ。

 内海は中に入り、二人の会話に割り込んで、話しかけた。

「杵柄さん、奥様がいらっしゃいますよね」
「えっ、あ、はい。いますが、今はちょっと」
「奥さーん、いらっしゃるんでしょ。顔を出してください」内海刑事は大声で呼んでみた。
「いや、あのちょっと具合が悪いので出て来れないんです」
「ほお、そうですか。では、今村さーん、隠れているのでしょう。出て来てください。出て来ないなら、探しに行きますよ」再び大声で呼んだ。
「えっ」

 杵柄だけではなく大森刑事もびっくりして内海刑事を見ていた。すると観念したかのように奥の部屋から女性が出て来た。

「申し訳ありません。私が今村ゆかりです。私が杵柄さんにお願いをしました」
「杵柄さん、あなたは奥さんを殺害して赤いダウンを着せて石廊崎に顔を潰し死体遺棄をしましたね。まだDNA鑑定の結果は来ていませんが私は間違いないと思っていますがどうですか。DNA鑑定の結果が出るまで待ちますか、そうすれば罪はもっと重くなると思いますけど」

「えっ、ちょっと待ってください。杵柄さんは奥さんを殺したんですか。私には出て行ったと言ってくれたので良かったと思っていたのに」
「す、すまん」

 内海刑事は今村も共犯だとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったようだった。ただこの会話をきっかけとして杵柄は奥さんを殺害したと内海刑事は確信し自供させるために杵柄を追い込んでいった。横にいた大森刑事も目を点にして聞いていた。

「杵柄さん、時間が経てば経つほど不利になりますよ。それに今村さんまで巻き込んでしまうことになるんですよ。どうやら今村さんは狂言自殺だけをお願いしたんじゃないですか。このままだと今村さんも殺人の共犯になりますよ」

 すると、考え込んでいた杵柄が観念したように話し始めた。

「申し訳ありませんでした。私が全て仕組みました。彼女、今村さんと一緒になりたかったんです。妻にはほとほと愛想が尽きていたんです」

 観念した杵柄は全てを自供しその場で逮捕された。今村は狂言自殺を計画したということで逮捕された。とりあえず自殺に見せかけたすり替え殺人事件は急転直下、内海刑事の鋭い洞察により長引かずに解決した。しかし、大森刑事は腑に落ちていなかったので、内海刑事に尋ねていた。

「内海刑事、なぜすり替えで殺されたのが奥さんだとわかったんだ」
「実はですね。水死体で上がった女性の靴はスニーカーだったんですよ。でも今村が宿を出た時は黒いブーツだったんです。女将に追加で確認して聞いていたのが良かったんですね。それに駐車場での若いカップルの証言でも赤いダウンとブーツって言ってたでしょ。そしてその黒いブーツはなんと杵柄の家にあったんです。ちょっと隠すようにしてありましたが確認できました。それに、夫が詰め寄られている時に顔を出さない奥さんはいないでしょう。いくら仲が良くないって言っても。それでピンと来たんですよ。それほど精神的に強そうな男でもなさそうだったので、追求すれば白状するだろうと」
「いやー、すごいなぁ。よく見ていたなぁ」
「ありがとうございます。大森さんから教わったことをやっただけですよ。きっと供述書に詳細に記載されるでしょう」

 こうして、自殺事件としての事案が実はすり替え殺人事件だったことが判明し、迅速な対応で早期解決に貢献した内海刑事は署長から表彰された。大森刑事も横で拍手しながら喜んでいた。


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