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いつか見た理想、いつかたどり着く場所、まるごと全部愛せたなら

注意

※当noteは小学館ライトノベル大賞の優秀賞作品『いつか憧れたキャラクターは現在使われておりません』の感想noteになります。

まだ読んでない人は回れ右して今すぐ書店かネットで買ってください。

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感想

本当に良かった。
まず何よりも、それを言いたい。

良かったものはいくつもある。
その中でまず真っ先にあげるかとすれば、文章だ。

『学校が人体なら、ここはきっと腎臓だろう。
 身体中の悪いものを一手に押し込めて、それから、排出する準備をしてやがるのだ。』

保健室の比喩。これが最初の一文。
主人公の思考とスタンスが一瞬で理解でき、それにより『この作品はこういうものですよ』と読者に対して示している。

センスと技量の高さが初めの一文でこれでもかと表れている。初めて読んだとき、脳がしびれるような感覚と共に思わず笑みを浮かべたのを覚えている。

キャラも良かったし、設定も良かった。
段々と二次的なエンタメとして膾炙し始めたVirtualキャラクター、今回の場合はVシンガーをいち早く用いるという(しかもそれを主軸にはせずに!)目ざとさと思い切りの良さが良かったし、キャラに刀で切られたらキャラクターが殺される、というのもオリジナリティがあって面白かった。

”そいつがどういう人間なのか”を要素で遠回しに、けれどいくつもだすことで徹底的に浮き彫りにしていくやり方や(”リプトンミルクティーではなく、富士の天然水を飲むようになった”ようなことをほかにいくつも出していく)自分はこういう人間だ、とキャラクター自身の本質をむき出しにしたようなセリフ(「あの頃も……きっと今も。私の敵はずっと、ありのままで生きて幸せそうにしてる奴で、そのままじゃ幸せになれなかったありのままの自分なんだ」「傷つきながら戦ってる奴が一番偉くて、一番美しいんだよ」)も作者の色が出ていた。

何より、それらを土台にした理想と現実の差異、そこから生まれる苦悩と超克をまっすぐ、けれど劇的に描こうとする作者の意思が感じられるのが良かった。

作品の根底から文節の末端にまで振るわれる『美しくあれ』という作者の意識。どうにもならず目をそむけたくなるほどの己のままならなさに対して、それでも向き合いたいという一人の人間としての願い。そしてそれらを組み込みつつ、エンタメとして昇華されたジェットコースターのように乱高下する展開の読めなさ。
それらが合わさり心の底から面白いと思えた。読んでいる間、震えてすらいた。

業界最大手の文庫のキャッチコピーを引用して、ラノベはよく『面白ければなんでもあり』と言われる。
この作品がジャンル的にラノベかといえば、わからない。
けれどこれだけははっきりと言える。


これは面白い小説だ。

その他の所感

読む前はずっと、不思議な感覚だった。
すでにこのnoteで何度か書いていることなので書いてしまうのだけど、詠井晴佳は約四年前からの知り合いで、去年までは本人からの誘いで共作を作るべくプロットを練っていた。自分としては一番仲の良い創作仲間は誰か、と聞かれたときに迷いなく名前を挙げるくらいには関係値があった。

その人が共作のプロットを組んでいる最中に突然ツイッターで受賞しました!なんて言い出したのだ。
そりゃ不思議な気持ちにもなるというもの。

もちろんいつか受賞するだろうとは思っていた。文章と設定とキャラクターのきらめきが本当にずば抜けていて、あとはストーリーがかみ合えばいけるだろ~などと思っていた。
とは言うものの、失礼かつ正直な話、今作を応募時原稿の段階で読ませてもらったときは受賞まではいかないだろうと思っていた(本人とも何度か話した)ので受賞の報を聞いたときは本当に驚いた。
同時に、どう変わるのだろうとも楽しみにしていた。
結果としては本当に魅力的に作品がレベルアップしていて「編集さんとの改稿ってすっげ~!」と口に出して言ったくらいだった。

応募前、僕がさんざ『もっとがっつりエンタメに寄せたらどうですか』と見当違いなアドバイスを出しても、よみいさんは何度も『いや、自分がやりたいのはその方向性じゃない』と言っていた。

『美しいものが描きたい』と。

そして、まさに自分のやりたい方向性で作品を昇華させた。

それを象徴するのが”奇術師のミルクティ・ロンド”の伏線回収とでもいうべき終盤のシーン。
応募時原稿には存在しなかったあのシーンは、詠井晴佳だけでは決して書けなかっただろう。才能を見出されて受賞し、編集との魂を削るような議論と改稿の末に生まれたものだ。
本当に美しいものを見させてもらった。

この作品がラノベレーベルから出たことが、よみいさんにとって、そしてラノベの界隈にとってどのような影響を及ぼすのかはわからないけれど、良いことになるのを願いつつ、次の作品も楽しみに待ちたい。

2023/7/24 1:46 『未だ、青い』を聴きながら

追記:いつか共作出しましょう。


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