ジャージたばた

ジャージたばたの名前で宮城県を中心に活動している土日のギター弾き。https://li…

ジャージたばた

ジャージたばたの名前で宮城県を中心に活動している土日のギター弾き。https://linkcloud.mu/6e9f9c94 6thアルバム「踊るカッパ」配信中!ロックンロールをこよなく愛し、不器用なギターをかき鳴らすサングラスかけた168センチほどの男。

最近の記事

気仙沼ストリートライブに出演して

昨日、4月13日に気仙沼市にある清涼院というお寺で行われた、気仙沼ストリートライブフェスティバルに出演した。 清涼院が位置するのは、気仙沼のリアス式海岸を一望できる小高い丘の上。潮風が心地よい素敵な場所であるが、同時に13年前に大きな悲しみが生まれた場所でもある。そんな、大きな被害を受けた気仙沼で、「心の復興」を進める一環として始まったのが「気仙沼ストリートライブ」だそうだ。 桜が満開の清涼院に、老若男女が集い、音楽を楽しむ。10時半の開演から続々と駐車場が埋まり始めていた

    • チャリティーライブを終えて

      昨日、約3ヶ月かけて準備を行ってきた能登半島地震チャリティーライブ「オトダスケフェス」が昨日終了した。 ご来場頂いた皆様、本当にありがとうございました! 当日設置した募金箱には1万円を超える募金が集まり、メッセージボードには、石川県の皆様に向けた温かいメッセージがならんだ。 当日の天候は、霧雨に見舞われ、気温もだいぶ低かったものの、最後まで見てくださる方が何人もおり、アットホームなイベントとなった。 それだけでも嬉しかったが、今回イベントを運営して嬉しかったことは他にもあ

      • チャリティーライブの準備

        いよいよ来週、4月6日(土)14:00〜16:30に仙台市営地下鉄東西線、国際センター駅2階にある「青葉の風テラスは」で、能登半島地震チャリティーライブ「オトダスケフェス」を開催する。 このライブイベントには、私を含め合計4団体のアーティストが出演する無料のイベントだ。春の野外ステージでアコギの弾き語りを行う。会場には募金箱やメッセージボードを設置し、ご来場の皆様も石川県の皆様に直接思いを届けられるようなイベントとなっている。 そのために以下のようなことに取り組んできた。

        • ジャージたばた上京(埼)日記

          大学院の修了式を終え、飲み会へと向かう友人たちを尻目に、私は仙台駅から新幹線で旅立った。 新幹線に乗るまで、 「まさかこの俺が淋しくなんてなるわけ無いでしょ」 と思っていたが、新幹線が動き出し、住み慣れた町並みがどんどん窓の向こうを過ぎ去っていくと、なんとも言えない心細さが私の胸を締め付けた。 住んだこともない街で、私はやっていけるのだろうか…。 父方の実家は川越にあるものの、川口にはそれまで行ったこともなかった。荒川を超えれば東京都北区、思いっきり都会だ。相槌で「だから!」

        気仙沼ストリートライブに出演して

          地元を離れることにした日

           皆さんは、地元を離れたことはあるだろうか。幼い頃からあちこちに行っている人もいれば、地元ですっと暮らしてきた人もいることだろう。 私は過去に一度、仕事の都合で地元の仙台を離れ、埼玉の川口で暮らしたことがある。 私の仕事は、基本的に決められた自治体やエリア内での異動はあっても、県外へ異動することはない。つまり、転職でもしない限り、一生宮城県を出ることがないのだ。 私は人生で一度で良いから、都会に揉まれて生活するということにチャレンジしてみたかった。地元は大好きなのだが、見

          地元を離れることにした日

          私の好きなジャージのメーカー3選

          私は、「ジャージたばた」と名乗っているだけあって、ステージでは上下のどちらかがジャージであることがほとんどである。これは、ギターを始めた11年前からほぼ変わっていないことである。 ステージというのは、男女関わらず多少はカッコつけていい服を着て上がるはずの場所である。そのステージにさえもジャージを着て上がっていた。一体何故か? ギターを始めた当初、絶望的にお金がなかったからである。 私は補欠合格で大学に入学したせいで、スタートが出遅れ、時給の良いアルバイトがなかなか見つから

          私の好きなジャージのメーカー3選

          向井秀徳の「自問自答」を聴いて

          大学4年の2月、私は仙台から東京へと向かうバスの中にいた。大学のゼミの同期で、初日にディズニーシー、二日目に横浜と箱根に行く2泊3日の旅行へと向かう途中だった。4年間、散々遊んで笑い合った仲間でモラトリアムの最後の悪あがきだ。 他の友達が静かに寝息を立てる中、私は、カーテン閉めた窓を過ぎ去ってゆく高速道路の明かりを頬杖をついて眺めていた。それもそのはずである。私だけ就職先が決まっていないのだ。 就職の試験に落ちて、進路に悩んでいたところ、大学院の募集を見つけ、ダメ元で受けて

          向井秀徳の「自問自答」を聴いて

          レコーディングを自分でするようになった話

          1 きっかけ  音楽活動をしていて、1番の出費はなんだろうか? ライブのチケットノルマ、交通費、弦やピックなどの消耗品代、スタジオ代…。とにかく音楽活動というのはお金がかかる。  中でも、レコーディングやアルバムリリースには多くのお金が必要になる。そして労力も必要になる。  レコーディングエンジニアがいるスタジオ(ライブハウスなどでもできる)を探し、予約をし、レコーディングをし、ミックスダウンをしてもらい、原盤を受け取る…。エンジニアの方が知り合いでかなり安く見積もっても

          レコーディングを自分でするようになった話

          4月6日(土)仙台市内で、チャリティーライブをします

          4月6日(土)、私は仙台市営地下鉄東西線の国際センター駅3階にある「青葉の風テラス」で、知り合いのミュージシャン達と力を合わせ、能登半島地震で被災した方々に向けたチャリティーライブを開催する。ライブの名前は、「オトダスケ フェス」 元々私が、ギターを手にしたきっかけは、高校生の頃の東日本大震災だった。震災で深い傷を負った東北に、多くのミュージシャンがやってきて、ライブをしたり楽曲を贈ったりして東北が少しずつ元気になっていく様子を間近で見ていた。私自身も音楽に元気づけられただ

          4月6日(土)仙台市内で、チャリティーライブをします

          私の足元(エフェクターボード)

          私が「ジャージたばた」と名乗り、アコギの弾き語りをするようになって6年以上が過ぎた。しかしながら私は一度もエフェクターボードなしでステージに立ったことはない。 通常、アコギの弾き語りをする際は、いかにアコギの生音に近い音を出すかということに気をつけて音作りをすることが多いため、音を大きく変化させるエフェクターを使用するミュージシャンは少ない。ではなぜ、ずっとエフェクターボードを置いてプレイをしているのか? 好きなのだ。足元に機材が並び、自分好みの音を出すことが。 幼い頃か

          私の足元(エフェクターボード)

          初めて買ったエフェクター

          皆さんは、「エフェクター」を知っているだろうか? ギタリスト、ベーシストにとってはおなじみの道具であるが、一言で言えばギターの音色を変える道具である。 ギタリスト、ベーシストの皆さんは、初めて買ったエフェクターを何だろう?おそらく、歪み系エフェクターの何かではないだろうか? エフェクターには大きく分けて2種類あり、いわゆる「ジャカジャーン」といったエレキっぽい割れたような音がするものを「歪み系エフェクター」と言い、リバーブやコーラスなど、音に奥行きをもたせるエフェクターを

          初めて買ったエフェクター

          一生モノのギターを手に入れる

           学生最後の冬、私は一生モノのギターを手に入れるべく、様々なギターを試奏していた。しかし、なかなかめあてのギターに出会うことができずにいた。そこで私はFruch(フォルヒ)というチェコのメーカーにギターのオーダーメイドをすることにした。 アルバイトを終え、いつもの楽器店に向かうと、アコギのコーナーに既に何本ものフォルヒのギターが置かれていた。代理店の社長との面談まで自由に試奏して良いとのことであったため、私は自分が希望したのと同じ、サイドバックにメイプルが使われているギター

          一生モノのギターを手に入れる

          一生モノのギターを探す

          ギターを始めて5年たった冬、私は現在のメインギターをオーダーした。 今日はオーダーするまでの経緯について記す。 もともとライブで何年も使用していたアコギはあったが、日本の様々な場所で路上ライブをするために連れ回したり、毎日のように使い回したりしたことで、様々なトラブルが生じてしまい、思い通りの音が出せなくなってしまったのである。 その頃、就職が決まっていたことでローンが組みやすくなったことも相まって、一生物にできる一本を探すことにした。候補はいくつかあった。 ギブソンJ2

          一生モノのギターを探す

          4日間浪人した話

           全国各地で共通テストが行われ、全国の受験生が奔走する最中、なんとも不謹慎な話題である。    遡ること11年前の3月、私は地元仙台の国立大学の人集りの中にいた。合格発表を今か今かと待ちわびていた。 発表の時間になると、手袋をはめたスーツ姿の職員の方が2人、大きな板を持ってやってきて、ボードの中に入れ込んだ。受験生たちは目を皿のようにして番号の書かれた板を見つめる。 数秒の後、あちらこちらで歓声が上がり始めた。部活のジャージを着ている人達が、なりたての後輩を祝福している。 私

          4日間浪人した話

          歯がゆい日

          元旦の午後、妻と一緒に妻の実家へと向かうために常磐道を進んでいた午後、緊急放送が入ってきた。能登半島で大きな地震が起きて大津波警報が出ているという。 鳴り止まないラジオのアラーム、緊迫した声のアナウンサー…。否が応でも13年前の東日本大震災を思い出してしまった。 私の実家は仙台市内の山の方にあったため、津波の被害は免れたものの、何週間もライフラインが止まってしまい、不自由な生活を余儀なくされた。 少しずつ日常生活が戻っていく中、様々な方からの支援や温かいメッセージが大きな力に

          音楽と歩んだ1年

          2023年、数えてみると全部で16本のライブを行った。宮城県内でもたくさんライブをしたが、山形、福島、茨城、栃木、長野など本当に様々な場所でライブを行った。各地を巡る度に友人や友人の家族などに応援されながら楽しく演奏することができた1年だった。 そして、ツアー以外の思い出も音楽に彩られた1年だった。 6月、私は妻と結婚式を挙げた。アラバキロックフェスの会場にもなっている「エコキャンプみちのく」の一角に大きなテントを貼り、青空の下結婚式を執り行った。 私は結婚式で所謂「ファ

          音楽と歩んだ1年