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空に寝ている鳥(短編小説15)

鳥が空を飛んでいる。

「飛ぶ」というイメージは、羽をばたつかせて羽ばたく、「動」の動きであるように見えて、同時に、ただただ空に舞う風に身を委ねる「静」の動きであることをどのくらいの人が意識して感じることがあるのだろうか。

展望台の上から、“風が飛んでいる“のを見ながら、“空に寝ている鳥“を、幼稚園児の愛美はじーっと眺めていたが、周りで多くの人が「鳥が飛んでるねー」というので、愛美は、自分はなんで、寝ている、と思っちゃうんだろう、と混乱していた。愛美はまだ、生まれてから数年しか経っていないが、他の人たちと物の見方が随分違うことに薄々気づいていたし、そんな自分がいつも恥ずかしかった。

大人たちは、「愛美は愛美でいいのよ」「あなたのままでいいの」と言いながら同時に、愛美がよくわからないことをいうと、「どうしてそんなこというの!」と叱ってきた。情緒不安定な大人たちにも愛美は混乱した。

事実は、「捉え方」が違うだけで、鳥が飛んでいることも寝ていることも、どちらも同じことを言ってるのだが、一般的に人は、目によく見えてる「見え方」をそのまま揺るぎない事実とする傾向があり、一方で事実を裏側から、つまり、目に見えない方から見る愛美のような感受性とは、度々こうしてすれ違う。

愛美にはまだ、世界の表側がわからないのだ。

愛美は、なんでなんでと混乱した気持ちをぶすっとした顔で表しながら、てくてくと展望台の上を歩く。心はモヤモヤしているのに、それをそれ以外の方法で表現する力が自分にないことが、ひどくもどかしかった。モヤモヤをうまく外に出せない愛美の小さな心は今、水が溢れる直前のコップのようにいっぱいいっぱいだった。

愛美は立ち止まり、もう一度、空を飛んでいく鳥さんをじーっと見て、「やっぱり,寝てる」と呟き、俯く。

すると

ー私は寝ているし、寝ていないんだよー

どこからともなく、声が聞こえた。

愛美がはっと顔を上げると、一瞬、鳥さんと目が合った気がした。

寝ているし、寝ていない?
愛美は、どういうことだろう?とわからないまま、でもそれが本当のことのような気がして、自然と笑顔になって、いつのまにかモヤモヤを忘れていた。

空は綺麗に、晴れていた。

おしまい


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