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夏の華

 ーーー 平島と出会ってから今

 祝賀会が終わってから、平島は、週2回ほどのペースで私の部屋にくる。
 大体、私が半日上がりの木曜日や土曜がここ最近多いけど、特に決まりはない。
 勉強する場所だけど、私自身、教室という場所はもちろん持ってないし、どこかのカフェですると言っても、少し微妙に感じたので、私の部屋が教室に決まってしまった。
 私が専門家ほど知識が深くないのと、頭がパンクする平島のために、勉強時間は、ほぼ2時間。
 教材は、先月、アロマショップで買ったアロマテラピーやハーブの図鑑(写真やイラストが多めのもの)と、0.2mlの小ちゃい瓶に入った検定用精油10種類が入ったセットを2つ、10mlの瓶に入った精油3本。
 これだけでも、平島からもらった1万は、軽く越える。
 でも、本だけの勉強では、絶対に平島の頭には入らないだろうし、「百聞は一見にしかず」ではないけど、「百聞は一嗅にしかず」みたいに、本物の香りを嗅いだ方がイメージしやすいと私は考えた。
 それに、実言うと私も、折角なので、もう一度アロマの復習をしてみようか、という企みもあったのだ。


 梅雨明けした土曜の夏。今日は、シフトの兼ね合い上、久しぶりに、朝からお休み。週休2日制だけど、私の職場は既婚者が多く、家事や家族との時間を取りたい人が多いので、私のような者は、土曜の半日出勤をしていた。

 都内でも私が住む所は、割と緑が多いので、朝から蝉が喧しい。

 平島からは、ショートメッセージで、「洗車してから来ます。」のみ。
あまり、メールは器用ではないみたい。

 ただ、有言実行であることは確かだ。 
 いつも必ず、チャイムを鳴らして、玄関を開けると、必ずお菓子を手渡す。

 とは言っても、チョコ菓子やクッキー、マシュマロ、グミ、ポテチなどのスナック系。飲み物はコーラかソーダなどなど。ほとんどスーパーで売っているものばかり。側から見れば、友だちの家に遊びに来たようにしか見えない、、、


12時過ぎ、チャイムが鳴った。
 ドアを開けると、「よっ」と、言わんばりに片手をあげてにっこりの平嶋。

 水遊びした?それぐらい、平島の半袖の黒Tシャツは、汗でぐっしょりと濡れている。

「大上先生、今日も宜しくお願いします‼︎これ、手土産です。」
 もう片手には、図鑑とボールペン1本入った薄っぺらい灰色の手提げ袋と、パンパンに膨らんだスーパーのビニール袋。 
 渡されたビニール袋の中身は、バニラ、チョコ、イチゴ、抹茶のとりどりのカップアイス、小豆もなかアイス、ソーダバニラの棒アイスとチョコの棒アイス、それから2ℓのコーラ、、、

「もう‼︎何回言ったら分かるん?私の冷蔵庫、一人用で狭いし、この前もプリンとかゼリーとかソーダとか、爆買いしてきたの持ってきて。アンタの冷蔵庫じゃあないんだから‼︎」
「あー大上先生、すんません。んでも、暑いし、今日はアイスの特売で安かったから、つい、、、。」
 片手で頭をかきながら、もう片手で「すまん」のポーズ。
 心の中でブツクサ思いつつ、冷凍室に全部入れられるよう、考える。

 平島は知ったげに、エアコンのリモコンを取り、一気に温度を下げる。このデカい身体が来ただけでも、私の部屋の温度は高くなるのに。こうなったら、光熱費を支払ってもらおうか、、、。

 そうとも知らず、平島は、堂々とエアコンの前に仁王立ちして、冷たい風を浴びる。
「ふぅ〜あっチィ‼︎なんか、アホみたいに年々暑さが増すよなー。日本なのに、オーストラリア、フィリンピン、インドとかと変わらん。ってか、いつかは、日本の暑さが、最強になるんじゃあねえ?あっ、シャツ乾かしたいんで、ちょっと脱がせてくださいねー。」

 そう言うより先に、暑がりの華男は、バッと汗まみれの黒Tシャツを脱ぐ。今でも男女関係ではないけど、初対面から上半身裸姿は見ているので、とりわけ私はびっくりしない。

尋常じゃないほどの汗っかきもさることながら、平島自身の筋肉があまりすごいため、余計に華々が立体的に見える。

テカテカと汗で光る刺青。なんか、雨上がりの日に照らされた華みたい。

「ん〜?どうした?なんか熱い視線、感じちゃうんだけど。俺の身体に、見惚れちゃった?」

不味い。全然そんな目で見てないのに。

「はあ?違うし‼︎デカイ身体がエアコンの前にあるから、風がこっちにも来ないの‼︎」
「あちゃ〜。こりゃあまた、失礼しました。」
意地悪くニタニタと笑う平島にムカつきながらも、私は精油の入った木箱をテーブルに出す。

 いくら『作られた人間』でも、男性特有の汗臭さが、エアコンの風に乗ってきたので、私はもう一度、整理した冷蔵庫に戻り、100均のプラスチックのスプレーボトルを取り出した。

「ねぇ。始める前に、これ付けて。どうしても、汗臭いのが鼻について、集中できないだから。」
「え〜。そんな〜。大上先生、ひどーい。」

そう言いながらも、スプレーを受け取った平島は、訝しげな感じで、大胸筋にシュッとする。
 フワッと、メントール調の香りが周りを漂う。

「おおっ、めっちゃ気持ち良い‼︎冷たいし、何か汗も引くわー。」
「試しに作ってみた。和ハッカ、ラベンダー、ローズマリーの精油が入ってる。ペパーミントだと個人差によっては、刺激が強いし。ま、平島さんなら問題ないんだろうけど。日本で作られたハッカの方が、香りも柔らかい感じがして、私も好きなの。あとは、ラベンダーもローズマリーも、汗とか火照った身体、鎮めるのに良いのかなと思って。」
「さすが!!大上先生!!汗も引くし、気分も涼しくなるし!!これぞ、一石二鳥ってやつっすね!!」
どうしても、平島のハイテンションは、香りでも下がらないようだ、、、


 ひとまず、勉強では、アロマテラピーでも基礎中の基礎のことを習う。
 精油の扱い方から、精油の抽出方法や歴史。平島も一応、真剣に図鑑に書き込んだり、私が貸してあげている蛍光ペンで線を引いたり(自分で蛍光ペンも買ってくれ、、、)しているけど、途中から、自らが献上したお菓子とジュースに手をつけ始める。

今日は、図鑑の柑橘類のページに触れた。

「ふ~ん。レモンとかグレープフルーツとかは食べるのはOKで、精油だったら、あんまり肌につけたらいけないんだー」

チョコの棒アイスをかじりながら、平島は線を引く。
 内心、私は個人的に、食べ「ながら」などの「ながら」勉強があまり好きではなく、この平島のスタイルに少し苛つきながらも、説明した。

「フロクマリンやベルガプテンっていう成分が、光毒性の元になるんだけど。柑橘類、とくにベルガモットやグレープフルーツ、レモンとかのミカン系に多いんだって。ほら、ここにも書いてあるけど、直接肌につけると、シミや炎症になるから、肌につけるのはあまり良くない。」

「ん?でもさ、ほら、あれ。柚風呂ってあるじゃん。あれ、柚を風呂にそのままぶち込んでるけど、あれって、この光毒性とかにならんのかな?」

 平島は、たまにこのような唐突な質問をする時もあるので、私もギクリとする。
「うっ。私もそこまでは知らないけど。でも、個人差によっては、肌に合わない人もいるんじゃない。」
「ふ~ん。そっかぁ。」
一応、返答はしたものの、柚風呂については、後で私自身の課題となった。

 図鑑の後は、実際に精油を嗅ぐという流れになる。
 今回は先ほど触れた柑橘類。ベルガモット、グレープフルーツ、レモン。
 以前、平島にも話したけど、鼻が麻痺しないように、香りも3種類程度にしている。

「ほー。やっぱり、グレープフルーツやレモンだと、酒にも使われるから、親しみわくわ。ベルガモットも、良いけど。なんか、他の奴と違って、苦い?なんとなーくインテリ。ってか、気取ってるイメージかぁ?」
「平島さん、毎回香り嗅ぐ度に、変な感想言うけど。まあ確かに、同じミカン系でも、香りは違うからね。ちなみに、私は、ベルガモットの方が好き。」
 好きな香りを何か悪く言われた気がして、少しムッとしつつ、私はベルガモットのムエットを嗅ぐ。

 レモンやグレープフルーツの爽やかさとは異なり、落ち着いていて、何だか真の大人、というイメージが私には近い。


 アロマの勉強が終わると、大抵は平島とグタグタとお菓子を食べて終わる。
 こんな大量のお菓子、絶対に私1人では消費しきれないので、とりあえず、昼食がわりに食べる。
 相変わらず、平島は、食べて飲んでは、1人、また武勇伝をベラベラと語る。
 私は適当に相槌を打つだけだが、少し質問した。

「ねぇ、ずっと前から気になっていたんだけど。背中の黒い花って何?もしかして、黒百合?」
 ソーダの棒アイス、小豆もなかアイスの後、抹茶のカップアイスを食べる時に、ふと聞いてみた。
「おう!さすが、大上さん、大当たり‼︎黒百合よ‼︎」
「珍しいね。黒百合って、『呪い』とか、何かあんまり良いイメージがないけど」
 平島は、10個目のアイス(やはりここまで冷たいもの食べても平然なのは、尋常ではない)で食べていた、棒アイスの棒で、「チッチッチッ」とカッコつける。
「いやいやいや、かえって、そこが良いんだよー。薔薇とか向日葵とか桜とか、チヤホヤされるのも良いけどさ。黒百合とか彼岸花とか赤アザミとか、裏の顔があるっているのも、俺的にはイカしてる、何かカッケぇぇって思うのよ。」

「え?彼岸花?アザミ?前にも後ろにもそんな花ない感じがしたんだけど、、、。」

 しまった。これでは、何気に、しっかりとこの男の身体を見ていることになってしまう。

「あー、脚にも彫ってるんだよ。パンツ姿でも良いんなら、見せてあげるけど?」
意地悪くニタニタと笑う平島。
「いや、遠慮します‼︎」
何かとかこつけて、いやらしいことを企んでいる平島の目つきが時々、イラッとする。

「そーいやさ!おやつばっかりも良いけど、何か飯食わない?今、14時ごろだしー。」
「はあ?アイス10個も食べて、まだ、お腹空くの?」
「うーん、ガソリンスタンドで洗車するの待っていた時、近くに、昼前なのに、すんごい行列のお店見つけてさー。ちょいと気になって、スマホで調べたら、結構口コミで有名なラーメン屋なんだってー。大上さん、ラーメン食わねえ?」

 ラーメンか。そう言えば、たまにカップ麺とかは食べるけど、本格的なものはここ最近食べてない。

「うーん。でも、お昼過ぎているし、お店閉まってるんじゃ?」

「いやいや、店の看板ちらっと見たし、ほれ、ホームページでも、夜11時までやってるんだって。最高じゃん。丁度今の時間帯なら、人空いているだろうし、、、。」

 食べ物ことになるとこの男、リサーチ力は半端ない。スマホでお店の営業時間をしっかりと見せる。

「ここの店、ニンニク増し増しこってり豚骨醤油ラーメンから、ゴロゴロ焼豚チャーハン、熟成キムチが美味いんだって。あ、店長こだわりの唐揚げも、結構人気あるって書いてあるし。大上さん、唐揚げ、好物だろ?」

 う、、、「ニンニク増し増し」、「こってり」というワードも、実言うとすごく魅かれる。それに、唐揚げも、、、、
 さっきから平島は、ずっと遊びに行きたがっている子どもみたいな顔してる。

「なあ、お願い‼︎いつも、菓子とかジュースとかじゃあものたんないし、ここは全部俺が奢るから‼︎」

「分かった。そこまで、平島さんが言うなら。ただ、食べ過ぎないでよ。一緒にいると、何か恥ずかしいし。」

「本当?しゃ‼︎分かった‼︎あ、でも、ご飯大盛り3杯と替え玉5つぐらいはさせてね‼︎それから漬物も、おかわり自由だし。」

この男の無限大食に呆れながらも、私はアロマの道具を片付ける。


「あ、それからさ。大上さん。もう一つお願いがー。」
「何?」

「いやさー。俺たち色々あって、もう1ヶ月ぐらい?過ぎたじゃん。
だからその、、、何か別の呼び方させてもらいたいなー、なんて、、、。」

「はぁ?恋人でもないのに、何で?」

「あ、いや。大上さんが嫌なら良いんだけど。何となーく、教えてもらう以外で『大上(おおがみ)さん』って言うと、何か素っ気ねえ感じがしてさ。あ、教えてくれる時は、ちゃんと『大上先生』って呼ぶし、大上さんも、俺のこと好きに呼んでくれて全然良いから‼︎」

 何て言うお願いごとか、、、。アホらしけど、どうしよう。

「まあ、別に良いけど。」
「しゃ‼︎じゃあ、何て呼んでいい?
やっぱり、百華(ももか)だから、『ももちゃん』、それとも、『ももか様』とか?」

「どれも、あんまり嫌。『ももか』。呼び捨てで良い。」

「えー⁉︎良いの?じゃあ、教えてもらう時は『大上先生』、そうじゃない時は、『ももか』ね!やったあ‼︎」

呼び方だけで、本当、子どもみたいに喜ぶな、こいつ。

「じゃあさ、ももか、俺にも別の呼び方で呼んでよ。」

「うん。もう決めてる。華男。」

「、、、んー。その呼び方はちょっと、、、。」
「どうして。良いじゃない。華男さん。」
「なーんか、それは、、、俺的にちょっとあまり良い感じがしないっていうか。」

 珍しく、華男が嫌げな顔しているのが少しウケる。ちょっと考えた。

「じゃあ、『孝介(こうすけ)』から『こうちゃん』で。それで、良いでしょ。」

 急に華男の顔が、ぱぁと明るくなった。
「ウッヒョー‼︎こうちゃんって呼んでくれるの‼︎本気で⁉︎嬉しいわー。いやさー、よく、仕事の付き合いで、ちょくちょく夜のクラブとか行ってた時、可愛い子ちゃん達から、『こーちゃーん』って呼んでくれてたからさ!『ももか』からもそう呼んでくれると嬉しいわー。」
鼻の下を伸ばして、堂々と語るこいつの顔。

「やっぱ、今の無し。『どエロ華男』って呼ぶ。」
「だぁーーーー‼︎すんません‼︎すんません‼︎大上先生‼︎調子こきましたー。謝りますから、その呼び方だけは、ご勘弁を。」
両手を合わせて頭を下げる華男、少し垂れ目の瞳が、さらに垂れて情けそう。

「分かった。そんだけ謝るんなら、『こうちゃん』に戻す。」
「本当に?ありがとうございます‼︎」
「呼び方は変わるけど、私とあなたの関係は変わらないからね。あくまで、私が教える方なんだし。」
「分かってるって‼︎じゃあ、ここからは、もう授業後ってことで。ももか、行こうぜ。」
 こうちゃんは、そう言うやいなや、意気揚々と勉強道具の手提げ袋を持って立ち上がる。

 私に、にっこりと笑う華男、、、いやこうちゃん。何だか、向日葵みたい。

 たわいもない呼び方を変えるだけで、こんなにも喜ぶのか。

 こうちゃんの、純粋なのかアホなのか分からないテンションに呆れつつも、私は一緒に、玄関に向かった。





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