見出し画像

雑記15 詩の鑑賞への入り口への案

身近な人の何人かから、こういう話を聞くことが時々ある。
『詩を読んで味わえたら良さそうだし、楽しそうだし、心の栄養になりそうに思うけれども、中々接点や縁がないまま今まで来ている。』

そうした話を聞くと自分はあれこれ考える。

詩というものを考えると、必ず、ある詩があればそれを詠んだ詩人がいる。
あまり古い詩などでは 作者不明の詩もあるが、いったんこの場では作者のはっきりしている詩のことだけ考えるとする。

例えば、明治以降の詩人の中に、高村光太郎という人がいる。
この人は詩人だ、という世間の一般的な認識が強い人でも、創作物の全てが詩だけである、という人は稀だと思う。
高村光太郎の著作の中には、詩ではない文章もそれなりにある。

(ちなみに、高村光太郎は没後、著作権が切れるに十分な年月が経過していて、詩も散文もどちらも 青空文庫 など無料閲覧可能なWEBサイトに作品が掲載されている。)


青空文庫を参考に言えば、公開中の作品の中では例えば、

・24番目の『智恵子抄』 → 詩作品
・1番目の 『永遠の感覚 』→詩作品ではない散文の作品

という風に言えると思う。

短歌や俳句、西洋詩のような字数や語数の制約がある、韻律を重んじた文を 韻文(インブン)と言うように思う。

韻文ではない(制約のない)、一般的な文章を散文(サンブン)という。

日本の明治以降の詩は、近代詩と言われたりしていて、韻文と散文の中間に属するものと言えそうに思う。
(散文詩という言葉も目にすることがある。)

大雑把に区分けして、詩(韻文的な文) と 散文との二つに区別すると、一般的な見地から言って、散文は詩の世界に慣れていない人でも読みやすい、と言えそうである。

高村光太郎の作品を例にとって言えば、詩の世界に慣れていない人は、まずはそれに慣れるための第一段階として、高村光太郎の詩(韻文) ではなく、高村光太郎の書いた "普通の文章"(散文)に触れてみるのも 入り口として良いのではないかと思う。

(もしかしたら、詩の世界に精通した人の中には、ある詩人の書いた詩と散文とは、それぞれ違う次元のものであって、片方を読んだ経験がもう片方に活きるものではない、と言う人もいるのかもしれないが。)

高村光太郎の散文にいくつか触れていく内に、"高村光太郎の創作の世界"の雰囲気が、以前よりも 少しは感じがつかめてくることもあるのではないかと思う。

そこに魅力を感じることがあれば、『この人の詩の作品も味わえるようになりたい』という熱意がわくきっかけになるかもしれない。

話は変わるが、ボードレールというフランスの作家がいる。
ボードレールは、悪の華 という詩が代表作となっていると思う。
自分は フランス語の原文を読み込むだけの語学力がない。そして、『日本語に翻訳された ボードレールの詩を深く味わうことに成功した』という経験を今に至るまで持ったことがない。

けれども、ボードレールは詩以外にも、大量の散文を書いている。
ボードレールは一般的に詩人として広く認識されていると思うけれども、自分は ボードレールの詩をほとんど読まず、彼の散文ばかりを読んで 『この文章を読むことができて本当に良かった。』という読書経験をいくつも得てきたように感じている。

脱線したかもしれないが、これまで書いてきたことを少しまとめると以下の2点に要約できそうである。

①ある詩人の詩から直に入る道以外に、その人の書いた普通の文章=散文から入る、という道も 有効かもしれない。

②詩人として広く知られている人がいる時に、その人の詩をほとんど味わうことがなくても、その人の散文ばかりを読んで 心底充実した読書経験を得るということもある。

この②に関して、蛇足のようだが、画家のゴッホについて少し書きたい。

自分はゴッホの絵画について充実した鑑賞経験を持っていないけれども、彼の書簡を集めた 『ゴッホ書簡全集』(みすず書房) を 時折読む中で その内容の充実に驚きの念を抱くことが何度もある。

ゴッホは、画家として広く世間に認識されているが、小林秀雄はゴッホの文章に接して驚きを感じ、『彼は作家(文章作家)にも なろうと思えば 十分なれただろう。』という趣の評価をしている。

小林秀雄の心の中では、ゴッホの文章の鑑賞経験と、彼の絵画の鑑賞経験とが、強く相互に作用し合って、複合的な 鑑賞経験となっていたようである。

話が逸れかけているかもしれないが、『画家として知られているゴッホ』について、『彼の本領であった絵画を鑑賞する』ということよりも、『彼の本領ではなかった文章の方面を鑑賞することに重点を置く』という、そういう "イレギュラーな鑑賞の方向" も一つの選択肢としてある、ということについて 一言触れておきたいように思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?