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商標使用の「たかが」「されど」Vol.1~「Re就活」 ⇔ 「リシュ活」場外編~

商標使用をめぐるトラブルの底暗さ

2回にわたって商標権侵害をめぐる争いについて書いてきましたが、商標使用をめぐるトラブルは、一度足を踏み入れると、なかなか抜け出せなくなる「怖さ」があります。

今回は場外編として、そんな怖さについて書いていこうと思います。

※裁判の経過などについては、前編後編もご覧ください。

前編・後編のまとめ

前編と後編では、「リシュ活」というサービス名が、「Re就活」商標権に抵触するかについての裁判例を紹介しました。結果概要は以下の通り。

・就活情報提供関連サービスに「リシュ活」を使用すると、「Re就活」商標権を侵害する
・「リシュ活」の使用者は、「リシュ活」利用によって得た売上の10%相当額を賠償する
・ウェブサイト上の「リシュ活」表記の変更や広告・パンフレット等を廃棄する

商標登録できたのに裁判で負けることなんてあるの?

この訴訟は控訴中で、最終的な結論はまだわかりません。ただいっぽうで、裁判所外でも両者によるバトルが勃発していたのです。
紛争の舞台は特許庁。なんと「リシュ活」についても商標登録が認められたのです。

「似ている」商標が併存登録される事態に

ふたつの登録商標を、以下に簡単にまとめてみました。

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権利範囲はほぼ同じ内容です。双方とも似た事業を行っている以上、指定役務が類似しているのは、ある意味当然ですね。

問題は、なぜ後発の「リシュ活」の商標登録が認められたのか。商標法では、先行して出願(登録)された他人の商標と類似する商標は、登録を受けることができません(商標法4条1項11号)。特許庁もいちどはこの規定を挙げ、「リシュ活」商標の登録を拒絶していたのですが、出願人による反論を受け、結局登録を認めました。

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ちなみに、裁判所も特許庁も、商標の類否を判断する際には同じ基準(「氷山事件」最高裁判決参照)を採用しています。判断基準が同じなのに結論が全く正反対になってしまったのです。

当然、「Re就活」の商標権者はこの特許庁の判断に異議を申し立てました(異議2019-900352)。この異議に対する特許庁の判断を、ちょっと長いですが引用します。

引用商標は、「就活」の文字の語頭に「Re」の欧文字を付した構成からなるところ、語頭に「re」を有する親しまれた英単語である「reaction(リアクション)」、「reform(リフォーム)」、「reset(リセット)」、「regain(リゲイン)」が、「re」の直後の音節にアクセントを置いて発音されること、及び、「就活」の文字は「シューカツ」と一気に称呼される親しまれた略語であることに照らすと、その全体から生ずる「リシューカツ」の称呼は、第1音節の「リ」の音を明瞭に発音した上で、第2音節の「シュー」の音にアクセントを置いて「シューカツ」と一気に称呼されるものといえる。さらに、当該「シュー」の音は、長音を伴うために、より強調して聴取されるものである。
 これに対し、本件商標から生じる「リシュカツ」の称呼は、短く平坦に称呼されるものである。
 してみれば、これらの差異が、5音又は4音という短い音構成からなる両称呼全体に及ぼす影響は決して小さいものとはいい難く、両商標をそれぞれ一連に称呼するときは、語調、語感が相違し、互いに聴き誤るおそれはなく、十分に聴別し得るものである。
本件商標と引用商標は、外観から受ける印象として文字構成が異なり、外観上明確に区別できるものである。そして、称呼においても、本件商標は、「リシュカツ」と短く平坦に発音されるのに対し、引用商標は、第1音節の「リ」の音が明瞭に発音された上で、第2音節の「シュー」の音にアクセントを置いて称呼され、かつ、「シュー」の音が長く強調して発音される点において、両称呼は、語調、語感が明らかに異なるものであって、聴き誤るおそれはないものである。また、請求人が主張するような、「就活」の漢字を「シュカツ」と称呼し又は聞き誤ったり、「シュ活」の文字を「シューカツ」と称呼したりする蓋然性を見いだすこともできない。

このように、特許庁は、「称呼(読み)」を含め、他のどの要素(外観、観念)も似ておらず非類似(だから登録可)、と判断したことになります。

どうして判断が正反対になってしまったのか?

特許庁の判断結果は分かりましたが、「なぜ特許庁は(裁判所と違い)『読み方は似ていない』としたのか」でしょうか。異議申立てに対する特許庁の決定と、商標権侵害訴訟の判決とを読み比べてみましょう。

ひとことで表すと、『具体的な取引の状況』をどう評価するのかという話ではないかと思うのです。特許庁は、裁判所が「読みの差異点は長音(「ー」)の有無だけ」とした点や、取引状況として「両サービスとも、気軽な気持ちでウェブ上で登録される」「ウェブ検索は、かな(カナ)やあいまいなキーワードでも広く行われている」を判断要素としたスタンスを採用しないいっぽう、両商標の音節の違いを重視し結論を出しました。

事業を展開していくうえで、成功するかしないか、商品が売れるか売れないかは様々な要因が陰に陽に影響するはずです。「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざは言いえて妙ですが、どの要因をどこまで重視するかは、一種の価値観に依存せざるを得ません。そしてこのことこそ、今回裁判所と特許庁の結論を異にした大きな理由だと言えます。

具体的な取引状況の評価が変わるのはなぜ?

なお、裁判所と特許庁とで判断結果が異なるのは、証拠構造の違いが無視できないように思います。訴訟手続では基本、双方が交互に主張とともに証拠を提出します。証拠構造が複層構造になるので多角的な評価ができるということもできれば、余計な情報が混在する懸念もあるといえます。

いっぽう、特許庁の審査では、出願人や異議申立人から提出された証拠や主張のやり取りが交互になされることは基本的になく、証拠構造は比較的シンプルです。そのためか、特許庁は取引状況の評価につき、審査基準として以下のような運用を定めています。

(類否の)判断にあたっては指定商品又は指定役務における一般的・恒常的な取引の実情を考慮するが、当該商標が現在使用されている商品又は役務についてのみの特殊的・限定的な取引の実情は考慮しないものとする。

本件では、上記のように具体的な取引状況に関する立証の構造が異なるがゆえ、判断をする主体が結論を異にしたのかもしれません。そうなると、控訴審での更なる立証如何では、みたび結論が変わる可能性もまた否定できません。

とはいえそんなこと言われても・・・

と、法的観点からいろいろと解きほぐしてみましたが、一言で言えば「当事者からすればたまったもんじゃない」ということに尽きますよね。結論がこう二転三転するのでは不安でしょうがない。実際、本件の流れを時系列でまとめると一目瞭然で、当事者が一喜一憂したであろうことがよくわかります。

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ただ、判断が一種の価値観(主観)に依存せざるを得ないのは知財の世界では致し方のないところもあり、だからこそ、権利化段階から専門家による地に足のついた主張や証拠収集活動の重要性がより一層大事になってくる、というオチでした。

長文お読みいただきありがとうございました。

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