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【エヴァ考察】ゲンドウの話/リリスの転向

今回は「全ての元凶あんたら親子」とリリスの2本立てになります.

1.ユイの再構成

ゲンドウ「ユイを再構成するためのマテリアルとしてシンジが必要なのか否なのか.最後までわからなかった」

本題に入る前の準備運動として,この台詞を検討したいと思います.例のごとく一読理解が困難です.

まず「ユイを再構成する」とはどういうことでしょう.碇ユイとは何者だったか,というところから始めます.

ゲンドウ「ゴルゴダオブジェクトだ.ヒトではない何者かが,アダムスと6本の槍と共に,神の世界をここに残した.私の妻,お前の母もここにいた」

この台詞によって,我々はユイ=神という視角を突然与えられました.そしてこれは筆者の見解ではありませんが,ここから発展させてユイ=神=リリスとみる説を以前紹介させていただきました(参考動画8:25辺りから).

動画はそこまで述べていませんが,私個人この説の良いと思うところは,①初号機の素体がリリスであること,②13号機の素体の一部がリリスであること(したがって13号機がQでリリスの結界を突破できたこと),これらを無理なく説明できるところです(「セカンドインパクトと13号機」の3).また後半で再び取り上げますが,いろいろと新しい見方を提供してくれます.

そして,初号機にユイとレイが融合したというならば,初号機はヒトの器を捨てたユイ=リリスの生まれ変わり,すなわち「ユイの再構成」とひとまず理解できましょう.

「初号機パイロットが覚醒したか」

であれば,同機体の専属パイロットである碇シンジはユイの再構成に必要なマテリアルのようにも思えます.ゲンドウは何を悩むのか.そこでいま一度,人類補完計画における第3の少年を見ていきましょう.

まず,彼は他のパイロットとともに使徒殲滅を遂行しました.
次に初号機を覚醒に導きました.

(破C-1833)冬月「やはり,あの2人で初号機の覚醒は成ったな」

また第13号機も覚醒に導きます.

(Q•1479)ゲンドウ「だが,ゼーレの少年を排除し,第13号機も覚醒へと導いた(以下略)」

ここでエヴァの「覚醒」について補足します.ゲンドウによれば両機体の覚醒が計画に必要だったのですがどういうことでしょう.次の台詞を参考にして考えます.

マリ「オーバーラッピング対応型の改8と,アダムスの器を取り込んだプラスフォーインワン状態でこの裏宇宙でも難なく進めてる」

マリによれば,8号機がマイナス宇宙を進むにはアダムスの器たるMk9を取り込む必要があった.以前からエヴァMarkシリーズは生命の実を備えた機体というのが持論でしたが,するとMk9を取り込んだ8号機は使徒を取り込んだ初号機・13号機と同じ状態といえることになります(擬似覚醒状態?).

エヴァの覚醒とは使徒を取り込み生命の実を得た神の機体になること.アダム(ス)のコピーがオリジナルである神の力に目覚めるという意味で覚醒ということなのかもしれません.

そして,初号機と13号機を覚醒させた理由は,マイナス宇宙を進みゴルゴダオブジェクトにたどり着くためだったということになります.神の世界に行けるのは生命の実と知恵の実を備えた神のみというわけでしょう.なお,ゴルゴダオブジェクトのあるマイナス宇宙にヴンダーが手出しできないことから,ヴンダー自体は神の要素を備えていないことがわかります.

さて話を戻すと,Q以降の初号機はレイ,13号機はアスカとカヲルを擁しパイロットに欠けることはなかったので、シンジがいなくとも遂げられるよう計画は練られていた.

すなわち,シンジがマテリアルとして必要か悩んだ「ユイの再構成」とは覚醒初号機(あるいはアディショナルインパクトで現れた巨大レイ化したエヴァイマジナリー),ということになりそうです.

「絶対、変!」

さて台詞の「シンジが必要か否か最後までわからなかった」部分ですがお手上げです(準備運動とは…).彼は何をそんなに悩んでいたのでしょうか.



2.喪失を重ねた

前置きが長くなりました.それでは本題ですが、まずシンジについて次の台詞から始めます.

冬月「自分と同じ喪失を経験させるのも、息子のためか、碇」

第3村で綾波タイプナンバー6が消滅したのはゲンドウの計らいであることを示唆します.もっとも息子はすでに劇中何度も喪失を経験しています.簡単に振り返りましょう.

(破C-1276)
シンジ「父さんも自分の大切な人を失えばいいんだ!そうすればわかるよ!」

第9使徒戦でアスカが生死不明となり,シンジは激昂してゲンドウに当たります.最愛の妻を目の前で失ったことで大変有名なゲンドウですが,同じく事件を目撃していたはずのシンジはその記憶を消されており,ゲンドウの喪失に思いは至らず,したがってこのような絡み方となりました.

(破C-1347B, 1348)
ゲンドウ「自分の願望はあらゆる犠牲を払い自分の力で実現させるものだ.他人から与えられるものではない」「シンジ,大人になれ」

ご存知の通り,後にゲンドウはネブカドネザルの鍵を使用してヒトを捨てます.すなわち自らの魂を犠牲にして自分の願いを実現させようとしており,自身の言葉を実践します.当然ながら息子にそれは伝わるはずもなく2人はすれ違います.

実はここ,意外にもゲンドウが父親な一面を見せたシーンでした.コンテではゲンドウの台詞は次のように突き放す感じでした.

(破コンテC-1348)ゲンドウ「お前には失望した.もう会うこともあるまい」
※TVシリーズと同じ(19話C-69)

このシンジへの失望は別の人物の口を借りてシンジにぶつけられることになります.

(Q・C-1006)アスカ「助けてくれないんだ.私を」

アスカ「どうせ暇なら,せめてあのときなんで私があんたを殴りたかったのかくらい考えてみろ!」

ゲンドウが上記の方向に変更になった経緯は気になります.今のところ変更後の台詞は本編第10使徒戦のシンジへの伏線だったと考えると綺麗につながります.つまりこの戦闘で彼はあらゆる犠牲を払い(自分が世界がどうなったっていい)自分の願望を叶えた(綾波だけは絶対に助ける)からです.

(破C-1764, 1766)シンジ「僕がどうなったっていい.世界がどうなったっていい.だけど綾波は,せめて綾波だけは,絶対助ける!」
(破C-1777)ミサト「あなた自身の願いのために!」

さて,第10使徒戦ではじめて自分の願いを叶えようと必死になったのですが,悲しいかな結果は第3新東京市の壊滅とさらにはサードインパクトでした.

(Q・C-825)シンジ「そうだ綾波は助けたんだ…それでいいいじゃないか」

そして綾波を救ったことを心の支えにしていた彼を,冬月副司令は「私も臆病でね」と言いつつ将棋でボコボコにしてその心の支えを折りにかかります.「君には少し真実を」のタイミングが悪すぎる.

(Q・C-0912)
シンジ「エヴァなんかもう乗りたくない!綾波を助けてなかったんだ!」

彼にとって,レイの初号機への保存は救出とは程遠い耐え難い事実だったようです.つまり第10使徒戦で必死になった甲斐なく「なんの成果も得られませんでした!」という位置づけか.

我々目線だと,破のラストというのは主人公がヒロインを救う劇的フィナーレです.なのでこのシンジの絶望はスッと入ってこなかった方もいたのではないかと思います.彼はどうしてそんなに絶望するのかと.かくいう私も「あれは助けたことにならないのか」という印象だったと記憶してます.

たとえば旧作以来のファンなら,ゼルエル戦で初号機に取り込まれてLCL化したシンジが,再び体を取り戻す20話を知っています.なのでエヴァへの保存はまだ希望を残しており,決して最悪の事態ではないという理解にもなりえます.

もっともこれにはメタな事情があります.以下、破全集インタビューを筆者が大雑把にまとめたものです.

当初の第10使徒戦は,使徒が初号機を取り込もうとすることに気づいたレイが自爆し(旧作の第16使徒通称アルミサエル戦を彷彿とさせます),そのことで壊れるシンジの影響で初号機が暴走するという展開でした.ここからプロデューサーの大月俊倫さんの意向で、希望が持てる終わり方に変更になります.そして庵野さんに助けを求められた榎戸洋司さん(TVシリーズに脚本で参加されていた
方)が,シンジがレイの手を引っ張り上げるあの救出シーンのシナリオを提案します.

この案には鶴巻さんが猛反対します.レイを助けると次の3人目のレイが描けなくなると.旧作で3人目が描けなかったことを心残りにしていた彼にとって,彼女に取り組めることが新劇場版への参加動機の1つだったため当然の反応でした.結局、そうした諸事情を庵野さんがまとめて本編のかたちになりました(つまり2人目は初号機へ保存するがシンジのみのサルベージで本編には登場させない.本編は3人目が登場という折衷案).

以上からわかる通り,初期の脚本だとシンジには綾波を目の前で失っており彼女を助けた認識がありません.だからQにおけるレイを救えなかった喪失感は当然です.変更後はシンジに喪失感がないため,救ったと思ってたけど実は救ってなかったことを知る話が必要となり,あの形にまとまったわけです.おそらくこうした経緯が影響して私にはうまくハマらなかった(とはいえ観てる間はほとんど気にならない程度ですが).皆さんはどうでしたか.

では話を戻してQの後半です.レイを失い,外界の様子では学校や街の人たちの生存も絶望的.ヴィレの面々は怖いしミサトとアスカも冷たい.しまいにDSSチョーカー死刑宣告にコスプレする父親.そんな状況で唯一希望を与えてくれたカヲル君が非業の死を遂げるので我らが主人公はついに潰れてしまいます.

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結局,こうして見ると2人目のレイの喪失はカヲルが希望となるためにシナリオ上どうしても必要だったということでしょう.話を戻します.

シンジ「守ってなんかいない.ぜんぶ僕が壊したんだ.もう何もしたくない,話もしたくないんだ.もう誰も来ないでよ!僕なんて…放っておいて欲しいのに!どうしてみんなこんなにやさしいんだよ」

シンジは誰かの好意に与る資格が自分にあるとはとても思えなかった.でもレイはそんなことないと伝えます.それでも彼が好きだと.

これはシンジのありのままを受け止めているということでしょう.これについては第3村でのレイとアスカの会話からつながっていることを指摘したい.アスカは第3の少年への好意がネルフに仕組まれたものと伝えますが,レイはためらいませんでした.

「そう…でもいい.よかったと感じるから」

そうした事実を受け入れて,それでも彼が好きだと.この絶対受け止めるマンがシンジを救った.

ちなみに第3村でのシンジは,自身も鬱を患った庵野さんの体験が反映されています.鬱を知ってほしいとは本人談(下記動画48:10あたりから).

同じく鬱を経験したという宇多田さんも理解を示していました.第3村には鬱あるあるが散りばめられている.たとえばアスカ,トウジ,ケンスケのシンジに対する接し方の書き分けに表れているのでしょう.

個人的にはアスカの「それ,わたしらもしんどいんだけど」について,周囲の人への負担とそれが本人に追い討ちとなってしまうことは,なるほどと感じました.また,相手にされなくても何度もシンジの元に足を運ぶアヤナミの姿も根気強いサポートが必要ということでしょう(ちなみに上の対談で個人的にお気に入りなのは庵野さんが宇多田さんの曲を語る箇所).

そして最後の喪失.

これだけは他の場合と趣が異なります.シンジを再びエヴァに乗せることになるからです.この点は後でまた触れたいと思います.



3.思いと誤解

さてゲンドウですが,シンエヴァでついに胸の内が明かされます.

「親の愛情を知らない私が親になる.やはりこの世界は不安定で不完全で理不尽だ」

その生い立ちゆえに子どもへの愛情の注ぎ方を知らず父親になった.それが碇ゲンドウ.

(Q・C-821F,G)
「お前の生き様を見せても息子の為にならんとするか.私はそうは思わんがな」

「幼いころから孤独が日常だった.だから寂しいと感じることもない.だが世間にはそれをよしとしない人間もいる.ほかの家にいくのが苦手だった.興味のないクラスメートや親戚の家に連れていかれ,その生活の情報や実行を押しつけられるのがイヤだった.他人といるのが苦痛だった.私は常に独りでいたかったのだ」

「子供は私への罰だと感じていた.子供に会わない,関わらないことが私の贖罪だと思い込んでいた.そのほうが子供のためになると信じていた」

少年ゲンドウは他人に生き方を押しつけられることがとても苦痛だった.だから親となり今度は自分が息子に同じ過ちをしてしまうことを避けたかった.

(序C-1061,1062)ミサト「碇司令,どうして実の息子にあそこまで興味ないのかしら.レイとは話しているみたいなのに.バランス悪いわねぇ」
リツコ「最近の男はすべからく自分にしか興味ないのよ」

したがって,この女性陣のやりとりはミスリーディングを誘う伏線でした.確かにゲンドウは自身の願いに全てを捧げているので,実際にそこまで息子に興味はないとしても,それは意図してのことでした.また、後で述べるように人との関わり方に負い目のあるゲンドウはシンジに関わっても彼を傷つけてしまうかもしれないとも思っていたことでしょう.結局,彼なりに息子を考えてのことだったという側面がある.


とはいえそのゲンドウの出発点に誤解があったことを我々は知っています.

(序C-649A)シンジ「父さんも見てないのに,なんでまた乗ってんだろ」

(序C-1058)ミサト「お父さんに自分を見て知って,触れて,一言でいい…ほめて欲しいのよ」

(破・C-94)シンジ「今日はうれしかった,父さんと話せて」

(破Q-266)シンジ「やっぱり出ないや.父さん」

何度も描かれる,父とつながろうとするシンジ.

親戚の元に送る際,駅のホームでシンジが涙していたわけをゲンドウはその生い立ちゆえに理解できなった.シン・エヴァでは最終的にゲンドウがシンジの気持ちに気づくに至り,2人の確執は決着となります.



4.つながることを恐れた者たち

もっとも,シンジの気持ちに気づいたというより,シンジによって気づかされたという方が正確なのかもしれません.

ゲンドウ「私は人とのつながりを恐れた」

人と関わることを恐れるゲンドウ.息子すら恐れます.

シンジ「——でも今は知りたい父さんのことを」
ゲンドウ「A.T.フィールド…ヒトを捨てたこの私に.まさかシンジを恐れているのか,この私が」

ヒトを捨て,魂のかたちを変えたとしてもそれは克服できない.なぜなら問題は魂の「かたち」ではなく,つながりを恐れる彼の魂自体=心にあるからです.そしてS-DATを父に返したシンジはこう言います.

「僕と同じだったんだ,父さんも」

これは外界を遮断し自分を守るS-DATの使い方だけではありません.そのような使い方をする原因,人とつながることを恐れた点でも2人は同じだったのです.


(1)シンジの場合

(序・C-631~639)
リツコ「確かにシンジ君て,どうも友達をつくるには不向きな性格かもしれないわね.ヤマアラシのジレンマって知ってる?」
(中略)
リツコ「ヤマアラシの場合,相手に自分の温もりを伝えたいと思っても身を寄せれば寄せるほど体中のトゲでお互いをキズつけてしまう.(中略)今のシンジ君は,心のどこかでその痛みに脅えて,臆病になっているんでしょうね」

シンジ「寂しくてもいつも父さんに近づかないようにしていた.嫌われているのがはっきりするのが怖かったんだ」

誰かに必要とされたい,誰かとつながりたいのに,下手すれば他人や自分までも傷つけてしまうおそれ.そのため他人に近づくことができないシンジ.

(破・C-106,105,104)
ミサト「あれこれ心配してたけど,会っちゃえばどうってことなかったでしょ」
シンジ「…」
ミサト「そりゃ,シンジ君の中に行きたいって気持ちがあったからよ.少しは素直になりなさい」
シンジ「素直になっても,イヤな思いするだけです」

さきほど,墓参りで父親にうれしかったと言った口でもうこの態度.図星を言われた照れ隠しなのか本当に拗ねたのか.「これが,ヤマアラシ」?

ここでS-DATについて一言だけ.他人を恐れていることの象徴としてS-DATは存在したといえます.

シンジ「これは拾うものじゃなくて渡すものだったんだね」

思えばそれは他の人の手に渡るも必ずシンジに返ってきました.シンジに返した人たちは皆,人とつながることを恐れない人たちばかりでした.

父を知るべく彼に向き合うシンジはもう他人を恐れてはいなかった.S-DATがゲンドウの手に渡るのは必然だったといえます(なおS-DAT上のタイトルナンバーが29で最後なのはなぜか問題.今後の課題です).


(2)ゲンドウの場合

「私も他人も誰も傷つくことのない独りが楽だった」

つながろうとして逆に軋轢を生んでしまうことを恐れていた.ゲンドウもシンジと同じでした.そうした部分も含めて自分のすべてを受け入れてくれたのが当時の綾波ユイさん.先ほどのレイとシンジと同じ関係になり,親子揃ってユイに支えられていることに.

「だがユイと出会い私は生きていることが楽しいと感じることを知った.ユイだけがありのままの私を受け入れてくれた」

「ただユイのそばにいることで自分を変えたかった.ただその願いをかなえたかった」

ゲンドウは人間関係に臆病な自分に悩んでいました.そんな自分を変えたいとも思っていました.ユイのもとで変われると思えて間もなく,彼女を亡くしてしまいます.失った希望を取り戻すゲンドウの戦いが始まります.

ゲンドウ「私は、私の弱さゆえにユイに会えないのか.シンジ 」

シンジ「その弱さを認めないからだと思うよ.ずっと分かっていたんだろう?父さん」

ユイと出会ったときからすでに答えは分かっていたはずなのです.彼女がそうしてくれたように,自分で自分のすべてを受け入れてあげられればよかった.もっとも言うは易し.それができたら苦労しないわけですが.

そして今度は,父として息子のすべてを受け止めるべきだったのです.ユイが自分にそうしてくれたように.しかし息子が先に父を受け入れようとします.


ゲンドウ「他人の死と思いを受け取れるとは.大人になったな,シンジ」

加持「生き残るというのは色んな意味を持つ.死んだ人の犠牲を受け止め、意志を受け継がなければいけない」(破C-0408)

さてエヴァの退場者はたいてい生き残った人々に何かを託していきます.加持はシンジにミサトを,ミサトには息子とWILLEを.ユイさんも例外ではないでしょう.ゲンドウに息子のことを託したはずです.

(破C-726,728)ユイ「あなた.シンジを」

最愛の人が自分に託した息子.ゲンドウは生まれたばかりのシンジを抱くユイと彼女が送るまなざしを思い出したのでしょう.遅まきながらゲンドウがユイの死と意思を受け取ることになります.

そうしてようやく駅ホームの泣きべそシンジの気持ちに気づく.上の画像が駅ホームのシンジに駆け寄る直前に入るのはこうした理由かなと思います.

回想シーンなのにモノクロではなく色が入るのも,ユイの意思を理解したゲンドウが,息子を受け止めることを今現在のリアルなこととして感じたからではないでしょうか.



5.リリスの転向?

それでは後半です.リリス=ユイから見えてくるものを紹介していきます.

(1)レイの覚悟

(5話C-171~173)リツコ「いい子よとても.あなたのお父さんに似てとても不器用だけど」
シンジ「不器用って何がですか」
リツコ「生きる事が」

旧作でゲンドウレベルの不器用認定を受けてしまうレイ.きっと不覚.

(序・C-1456〜1459)
シンジ「綾波はなぜエヴァに乗るの」
レイ「…絆だから」
(中略)
レイ「——みんなとの
シンジ「強いんだな…綾波は」
レイ「私には他に何もないもの」

さてレイがエヴァに乗る理由は「みんなとの絆」だそうです.学校では転入してからずっと独りなので(5話C-122参照),どういうことか気になります.

そう答えた理由はおそらく,彼女の魂がリリス(ユイ)だからです.生命の源たる母と子の絆で,レイはみんなとつながっている.その絆のために今の彼女にできることはエヴァに乗って使徒と戦うことしかない.それは他の誰かにできることではなくパイロットである「君にしか出来ないこと」です(加持.破・C-764).

これらをレイがどこまで自覚しているかはさておき,上記台詞はリリスとしての責任を背景にすると解像度が上がります.そしてこのことを理解すべくもないシンジの「強いんだな」という返答は,しかし確かに適切な表現といえます.責任を全うすることはエヴァでは大人の象徴ですから.

ところで新劇場版のリリスとアダムの関係が不明なのでなんともいえませんが,仮に新劇も旧作と同じならどうか.つまり旧作では,はじめに地球の正統な支配者となった白き月一味を、その生命の実欲しさに彼らを追って地球にやって来た黒き月一団、その両者が地球の覇権を争うという構図が背景設定としてありました.

新劇場版でもこれと同じ設定ならば,レイが人類を守るために使徒と戦うことは,生命の実を追った彼女の中のリリスとしてのけじめ,落とし前と呼べるものになります.もっともこうした設定に変更があった可能性はありますが.

(序・C-1518,1519)シンジ「綾波ほどの覚悟もない(中略)人類を守る…こんな実感もわかない大事なことを…なんで僕なんだ?」

そういうわけで、この世の誰も綾波ほどの覚悟をシンジに求めたりはしません.本来それはシンジの参考にならないですし,彼のメンタルを思えばむしろ参考にしてはならないとすらいえます.なにせあなたが参考にしているのは神なのですから.


(2)エヴァに乗らない幸せ

(破・C-896)
レイ「エヴァに頼らなくていい.あなたにはエヴァに乗らない幸せがある」

旧作から有名な2人のエレベーターシーン.エヴァに乗らない幸せとは何なのか.とまれその言葉はアスカの逆鱗に触れます.

(破・C-899~901)
アスカ「えっらそうなこと言わないでっ!エコヒイキのくせに!私が天才だったから,自分の力でパイロットに選ばれたのよ!コネで乗ってる,あんたたちとは違うの!」

人類補完計画の人柱として,またエヴァパイロットとして造られた式波シリーズ.人よりエヴァを乗りこなすことで,この世での生を確保してきたアスカ.そんな彼女にとって,エヴァパイロットであることは命を生き抜くことであり,自分の存在証明であり,自分の価値すべてでした.

(破・C-610,612)
シンジ「あの…アスカはどうしてエヴァに…」
アスカ「自分のためよ,エヴァに乗るのは」
(シン・)
アスカ「エヴァに乗る.人に嫌われても、悪口をいわれても、エヴァに乗れれば関係ない.ほかに私の価値なんてないもの」

そんなアスカもミサトらとの生活で徐々に変わっていくことは承知でしょう.

(破・C-599~600)アスカ「…ずっと,ひとりが当たり前なのに…孤独って,気にならないはずなのに」
(序・C-624,626)ミサト「楽しいでしょ.こうして他の人と食事するの」

(破・C-1180,1184)アスカ「でも最近,他人といるのもいいなって思うこともあったんだ.私には似合わないけど」
ミサト「そんなことないわ.アスカは優しいから」

エヴァパイロットではないアスカの可能性.エヴァの呪縛から解かれたアスカの可能性.エヴァに乗らないアスカの幸せ.レイはアスカに別の自分の可能性に気づいて欲しかったのでしょう.

このようにレイは一般人と同じ目線にはいない様子が度々描かれます.これも中の人リリスさんが溢れ出ちゃってると思えば頭の中が整理される気がします.

そういうわけで,レイの「エヴァに乗らない幸せ」には,ヒトが補完計画(人工進化)などせずに知恵の実を持つ人類のままで生きられる世界という,リリスの願いが反映しているのではないか.

「そうか、このときのためにずっと僕の中にいたんだね.母さん」

ネオンジェネシスでここぞとばかりに顕現する碇ユイさん.初号機の中でネオンジェネシスをずっと待っていたようにもみえます.新たな世界の創生の内容はレイの願いそのままでした.ネオンジェネシスのためにシンジの中にいたユイさんならば,シンジとレイの願いは生前のユイの願いそのものだったのかもしれません.

すると脱線しますが,補完計画に合流してしまったゲンドウは,息子の件と合わせて彼女の死と思いを受け取ることができなかったことになりますか.

ゲ「ガッデム!!」

そして以前指摘したことですが,上のレイの願いはシンエヴァでの再会まで直接シンジに語られることはありませんでした.したがって,2人の願いは偶然一致したということになります.

シンジの場合,リリスの情報が送られていない3人目のアヤナミをきっかけに,彼が自ら導いた答えでした.

没カット.Qコンテより(マーカー引用者)

先ほど,第3村でレイの喪失にもかかわらずシンジがエヴァに乗る決意を決めたことが,他の喪失の場合と異なる点を指摘しました.どうしてこの喪失だけ「もうエヴァに乗りたくない」ではなく「乗せてください」につながるのか.ここで触れておきましょう.もっとも厳密にはレイだけでなくトウジやケンスケとのやりとりもここにつながると考えていますが,ここではレイだけ取り上げます.

簡単に説明すると,加持の言葉を思い出したシンジが(土の匂い),アヤナミレイ(仮称)の「ここで生きられない.でもここが好き」に端的に表現されるエヴァのいる世界の不条理を,生き残った彼が自分の課題として引き継いだことが大きいと考えています(詳しくは「シンジ(ケンスケ, トウジ, レイ)」の3・4).この点は同時に,ユイの意思を引き継げず,過去に囚われて前に進めなかったゲンドウとの対比になっています.


(3)矛盾

話を戻して,先ほどレイの「エヴァに乗らない幸せ」というのは,エヴァパイロットではない生き方の可能性のみならず,人類補完計画に反する内容を含む可能性を指摘しました.補完計画が目指すエヴァという器(方舟)を拒み,あくまでヒトという器にこだわる意味で.

そしてそれは補完計画が従った神による運命を超えるものですから,神への反逆と捉えることができます.

さらに,レイがリリスの魂の持ち主であることから,「エヴァに乗らない幸せ」は彼女の中のリリスがそう囁いたのでは,とそれがリリスの願いでもある可能性を示唆しました.そしてそれはユイの願いであったことも.

1)神はリリスだけ?
しかし,ここで問題が噴出します.

(シン・)
ゲンドウ「知恵の実を食した人類に神が与えていた運命は2つ.生命の実を与えられた使徒に滅ぼされるか、使徒を殲滅し、その地位を奪い、知恵を失い、永遠に存在しつづける神の子と化すか.我々はどちらかを選ぶしかない」

この台詞について,仮に人類に運命を強いる神をリリスの他に今のところ神が登場しないことからリリスと考えた場合,人類を使徒化するリリスは先ほどからのレイの願いと真っ向から衝突します.

つまり,リリスの中で矛盾があるようにみえます.補完計画を促した張本人が自ら人類に与えた運命に反する行動をとるのですから.

これをどう理解すればよいのか.1つは先ほど前提とした神=リリス=ユイを否定する方向です.具体的には2つ,①運命を与えた神≠リリス=ユイと,②運命強制神=リリス≠ユイの選択肢が考えられます.

もう1つは,神が人類に課した試練と捉えることです.もっともこの後者の考え方は考えてみるとおかしい,茶番過ぎるからです.ネオンジェネシスを目標とするなら,地球上の全生命体を巻き込んだ補完計画などマリの言う通り「御免被りたい」し迂遠すぎやしないか.

先に結論を述べると前者の選択肢①を採用します.この説は,神はリリスだけではないと考えられることを根拠にしています.

ゲンドウ「ゴルゴダオブジェクトだ.ヒトではない何者かが,アダムスと6本の槍と共に,神の世界をここに残した.私の妻,お前の母ここにいた」

この神の世界=ゴルゴダオブジェクトを残したヒトではない何者かは神ですが,この文章はこの何者かとユイを同一視する言い方をしていません.別人というニュアンスを受けます.ユイも他の神もここにいたと.つまりユイが神だとしても彼女の他にも神がおり,ゴルゴダオブジェクトに共にいたと推測できます.

そこから人類に運命を迫る神と,ヒトがヒトとして生きる世界を望むリリスとは始めから別の存在という解釈が成り立ちます.なおこのユイとは別の神はアダムと推測しています(「アダム新劇場版:再訪」).


2)転向?
先ほどの説明を経ても,リリスの行動の謎は解けません.それは人類補完計画がゼーレとリリスとの契約と説かれていることです.

(序・C-427~429A)
ゼーレ06「左様,使徒殲滅はリリスとの契約の極一部に過ぎん」
キール「人類補完計画…その遂行こそが我々の究極の願いだ」

つまり,やはりリリスさんは人類補完計画をしようとしているではないか,と.

実はこれについては憶測の域を出ません.たとえばリリスの矛盾と葛藤の歴史なるものがあったとか.具体的には人類補完計画前後でリリスに変化があった.ある時期まで運命を強いる神の言う通り生命の実を得た新たな器の獲得を目指したが,ゲンドウとの出会い(あるいはマリ?),あるいはシンジ誕生のタイミングで大きく考えが変わった.そのような変遷のお話が.

あるいは最終的にはゼーレの計画通りにならないことを見越していたか.彼らに謀反を起こすゲンドウ,さらには息子シンジがネオンジェネシスに至ることを信じていたとか.

個人的にはこれらの組み合わせだと思いますが、ここでは問題提示にとどめたいと思います.

というわけで新劇場版はユイさんの台詞はほとんどありませんでしたが,ユイ=リリスという視点をもって見直すと,レイの口を借りてもう少しだけ語っていたとみることができます.可能性に満ち満ちた視点ではないでしょうか.

これを機に,再び綾波レイに注目して序と破を見返してみると面白い発見があるに違いありません.


今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.
感想等あればよろしくお願いします.

画像:©khara/Project Eva.


※追記(2022/9/19)
「5.リリスの転向?」に若干加筆

(2022/12/13)
全体的に微修正

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