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2020年のVTuber業界はどう変わったか(後編:それぞれのVTuberたちの動向)

どうも、思惟かねです。

過ぎ去った2020年を振り返りながら、2021年のVTuberの未来を見通す今回の記事。前回の2020年分析(前編):3つのトレンドとデータから見える変化では、

①COVID-19が狂わせた企業勢の「3年目」
②「ステイホーム」がVTuberの世界を広げた
③海外のVTuber視聴者数が爆発的に増加

という3つのポイントから2020年の大局を分析しました。

この後編では、こうした潮流の中で様々なVTuberがどんなことを考え、どう動いたのかを詳しく見ていこうと思います。今回も2019年分析2020年予測と同じように、全てのVTuberを下記のような3つのクラスタに分けて分析していきます。

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最後に、2020年を予測した私の記事はどのくらい当たっていたか?を採点して、2020年振り返り分析は締めとしたいと思います。

では、どうぞ引き続きお付き合いください。


◆各陣営の分析:①トップランナー層

トップランナー層…もはやここで語るべきは、すなわち「ホロライブ」と「にじさんじ」の二大巨頭のみといっても過言ではないでしょう。

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キズナアイさんも復調の兆しをみせ、少しずつ数字を伸ばしてはいますが、2020年は依然目立った活動を打ち出せていません。彼女は依然VTuberの「顔」でありつつも、VTuber業界に新たな潮流を生み出せる立場ではないというのが現実だと思います。
なにしろ、にじさんじの合計登録者数は既にキズナアイさんのの7倍、トップを走るホロライブの合計登録者数は10倍に達しているのです。

ゆえにVTuber界のトレンドを牽引するトップランナーは、この2者以外ありえないのです。

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さて、ではその片割れのホロライブから触れていきましょう。

前編のトレンド③で説明したように、ホロライブは海外ファンの開拓に成功したことで2020年で爆発的に成長しました。
中国問題でのHololive CNのつまづきはありましたが、わずか3ヶ月で登録者500万人・月間5000万再生にまで膨れ上がったHololive ENはそれすら霞むほどの日の出の勢い

また1月のメンバー全員出演の大型ライブイベント hololive 1st Fes.『ノンストップ・ストーリー』はちょうどCOVID-19の流行以前の開催とあって成功裏に終わり、12月のhololive 2nd fes.『Beyond the Stage』も時流に沿ったオンラインイベントとして成功しました。

こうした全体ライブにも現れる、箱としての一体感を全面に押し出した動きは、規模としては数倍するにじさんじを圧倒したと言えます。事実、ホロライブの合計再生数1.8億再生/月は、既ににじさんじを50%以上上回っているのですから(ホロライブのメンバー数はにじさんじの1/3以下なので、一人あたり平均でいえば5倍の差があることになります)

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このように、運営戦略、なにより粒ぞろいのメンバー天地人に恵まれたことが、ホロライブが飛躍を果たした理由だといえましょう。

しかし一方で、にじさんじもまた大きく成長していることにも注目せねばなりません。
先程のグラフの通り、にじさんじもまた時流にうまく乗って1年で平均200%程の成長をしています。これは他のクラスタの平均を上回る数値であり、にじさんじが好調なのは疑いのない事実です。

ホロライブ:614%
にじさんじ:194%
その他:140%(平均)
- 774.inc:184%
- .LIVE:97%
- 旧四天王:101%
- その他:166%

要はホロライブがあまりに巨大化しすぎたので霞んで見えるだけで、登録者数の上位ランキングを引き合いに出して「にじさんじは没落した」などというのは暴論というべきでしょう。
両者の差はただ、怒涛の海外ファン流入があったか否かという点のみです。

また、にじさんじは、ホロライブともその他の企業勢とも異なる独自の戦略を打ち出している点で、特に注目に値します。
つまり、タレントの準備から番組制作、放送までを一貫して行える垂直統合型のエンターテイメント企業としての戦略です。

それを示すのが、にじさんじが現在下記のように数々のレギュラー番組を制作しているという事実です。

・ラジオ番組「だいたいにじさんじのラジオ」(文化放送 超A&G)
・ゲーム番組「ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」(Youtube)
・クイズ番組「にじクイ」(Youtube)
・バラエティ「にじさんじのB級バラエティ(仮)」(Youtube)

これは、にじさんじ(いちから株式会社)内に既にレギュラーで番組制作のできるスタッフや組織をある程度構築できていることを意味します。一回の番組ならともかく、レギュラー、それも複数となると片手間とはいきませんから。

今からでもテレビ局から枠を貰えば(広告を除いて)ほぼ一社で番組を作ることができるのではないでしょうか?
従来の番組制作が、企画するテレビ局、タレント事務所制作会社と細かく分かれていたことを考えると、これは中々のインパクトです。

にじさんじの強みは、こうした様々な番組を作れるだけの層の厚い、バラエティに飛んだライバーを抱えていること。アイドル志向で統一性がある、裏を返せば層が薄いともいえるホロライブには、これは逆立ちしても真似できないことです。
また既存のタレント事務所と比べると、たとえ案件が斡旋できくても、Youtube放送などによってライバー(タレント)が「自活」してくれるという点で非常にユニークです。一定以上の人気さえ出てくれれば、いくらでもライバーを抱えておけるのですから。

ホロライブと同じアイドル路線、アーティスト路線をとれるライバーもにじさんじは抱えています。情勢が変われば、オフイベント中心のこうしたライブエンターテイメントへもさらに注力してくることでしょう。

こう考えると、既存のテレビ番組やYoutuberの市場全てを狙えるという点で、あるいはアイドル路線に集中するホロライブよりもにじさんじの将来性は高いとも考えられるのではないでしょうか。

にじさんじが本命として狙っているのは、テレビ番組でもアニメでもない、バーチャルキャラクターが作るバラエティ・エンターテイメントという新たな領域なのかもしれません。


最後に特記事項として、ホロライブ・にじさんじがともに来るVR時代を意識したコンテンツに着手したことに触れます。
今までVRコンテンツについては、従来のYoutube配信との相性の悪さもあってか、にじさんじ・ホロライブともに低調でした(clusterVARKでのVRライブ自体はVTuberでそれなりにあったにもかかわらず)。

それが今年になって、両者ともがVRライブプラットフォーム「VARK」にてイベントをスタートしたのです。
にじさんじはオーソドックスなVRライブイベント、そしてホロライブは「ふたりでみるホロライブ」という二人の出演者が、一方はステージでパフォーマンスをし、もう一方は「自分の隣」で一緒に応援してくれるというユニークな企画です。

VARKPC不要でVRが楽しめるスタンドアロンVRヘッドセット「Oculus Quest」を前提としたプラットフォーム。特に今年はその後継機でスペックアップしながら4万円を切る価格で話題を読んだOculus Quest2が発売され、にじさんじ・ホロライブの参入は、これを機にVRが普及し始めることを睨んでの展開と見て間違いないでしょう。
(実際にじさんじのイベントは、Quest2の発売遅延に合わせてわざわざ延期されています)

ちなみににじさんじを運営するいちから株式会社は、PC-VR向けではあるものの1対1でバーチャルキャラクターとお話ができるサービス「ユメノグラフィア」の運営元でもあります。
この技術がVRエンターテイメントの領域で、にじさんじにも活用される可能性も十分にありそうです。

今までややニッチであったVRイベントですが、本来VTuberとの相性はかなり良いジャンルです。オンラインならではのイベントという点で世情の後押しもあり、他のプレイヤーがこれに続けばVRライブが一気に盛り上がることもありえるでしょう。


◆考察:なぜここまで「箱」が強くなったのか

ホロライブ、にじさんじとも、急拡大の背景には「箱」の強さがあるということは昨年からも言われていました。
ではなぜその「箱」が強いのか、という点について、非常に良い分析をされた記事を見つけたので紹介します。

注目すべきは、4.1に語られている「令和VTuberは『物語を紡ぐ』カルチャーだ」という点。
つまり、VTuberは面白い個人を楽しむのもさながら、その個人同士がどのような関係性にあり、それがどう変化していくかを楽しむコンテンツへと変化してきているという仮説です。
てぇてぇ、ライバル、ケンカ友達、親友…そうした今まで創作物の中で描かれてきた、抽象化された関係性が目の前で作られていく。こうした関係性を楽しむ上で、生きたキャラクターであるVTuberは実際の人間よりも遥かに優れています

そうした関係性のエンターテイメントこそが、今のVTuberファンのメイストリームであり、大多数の視聴者が求めているものだと思われます。
私なりの言葉でいえば、今のVTuber文化とは「関係性の文化」です。2018-2019頃のいわゆる「四天王」の時代からの最大の変化は、こうしたVTuber視聴者のニーズが「面白い個人」から「楽しめる関係性」へシフトしたことなのだと思います。

ホロライブの「同期」「先輩」などといった間柄や仲のいいコンビ。にじさんじでも「さんばか」「ド葛本社」「Crossick」などといったように、コラボグループが確立されています。
同じ箱ゆえに気軽にコラボができるし、それが普通だという風潮が、こうした「関係性の文化」であるVTuber界隈のニーズにマッチした。あるいはニーズそのものを育てた。2つの「箱」が天下を取った原動力の一つがそれなのではないでしょうか。

実は、これはキズナアイさんですら例外ではありません
2020年の後半頃から、キズナアイさんは他VTuberとのコラボが明確に増えてきました。印象的だったのが、天開司さんが企画した「BANトーーク!”ゲーム下手くそVtuber"」への参加です。
今まで一目置かれ、コラボなども少なかったキズナアイさんが、ゲーム下手をネタに煽り煽られつつ「フランクな大先輩」という立場で輪の中に入っている姿は、少なからぬインパクトがありました。

彼女もまた遅ればせながらVTuberの「関係性の文化」の中にポジションを築きつつあるのだと感じます。さて、そのことを考慮して下記のグラフを見て下さい。

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これはキズナアイさんを始めとした旧四天王VTuber(+猫宮ひなたさん)の登録者の動きですが、横ばいが続く他の面々に対して、キズナアイさんだけが2020年後半で登録者を伸ばしていることが分かります。

単体でのコンテンツ力、面白さや外見、声といった要素はもちろんですが、VTuberファンの脳裏に「この人はこういうキャラ」「他のVTuberとはこんな関係」というポジションを築くことが、やはり今のVTuberシーンでは一つのキーポイントなのではないかと思います。


◆各陣営の分析:②チャレンジャー層 グループA

現在、比較的メジャーな箱である774incや.LIVEを始めとした準トップランナー層中小規模の企業VTuber、そして大手個人勢を総括したクラスタがここになります。
王道の戦略だけではトップランナーには勝てない。だからこそ、知恵を絞って独自の戦略をとるであろうこのクラスタの勢いが、2020年のVTuberシーンの書きを左右する…と前回の記事では分析しました。

結果からいえば、このクラスタの大半はこの2020年のイベント開催困難、景気低迷という局面ゆえに大胆な動きを取ることができず、VTuberシーンの主導権はにじさんじ・ホロライブのトップランナー層が握り続けることとなりました。それは事業としての将来性、スケールと体力を考えると致し方ないところです。

さて、より踏み込んだ分析を行う上で、このチャレンジャー層は改めてさらに2つに分けて考える必要があります。つまり「投資を続け花が咲くのを待っているAグループ」と「大きな投資なしに配信中心で伸びる戦略をとったBグループ」です。
もう少しわかりやすく言えば、Aグループは技術的・組織的なバックアップを持つ比較的大きな企業勢、後者は設備・サポートとも小規模な個人レベルのVTuber上位層(+それに近い企業勢)となります。

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例えば因幡はねるさんや周防パトラさんをはじめ20名が所属する774inc.は、にじさんじ・ホロライブを除けば現状最大手のVTuberグループです。2020年も新メンバーを迎え入れ、3D化も進むなど、かなりの投資を続けています。箱としての強みもあって比較的順調に人気を伸ばしており、図中ではAグループの右よりに属するでしょう。

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同じくAグループに属し、円の上よりに位置すると思われるのがMonsterZ Mate銀河アリスさんを擁するBalusです。現在の主流である配信主体のスタイルではなく、高度なライブエンターテイメント技術を生かしたパフォーマンスを武器としています。

ただし社会情勢によりイベントがストップした2020年は強みを活かせず、好調とは言えませんでした。このようにライブエンターテイメントに注力していたグループAのプレイヤーは、VTuberの中でも2020年で最も大きな打撃を受けたグループだといえるでしょう。

とはいえ、上記の二者はある程度しっかりした成長戦略を持っている勢力です。この情勢を乗り切れば、十分に展望は開けていると思われます。
例えば774inc.は、2020/12には全メンバーでの大規模イベント「ななしふぇす どぅーいっと!」をオンラインイベントとして開催しており、この情勢下でもライブエンターテイメント路線を推し進める準備ができたことを伺わせます。

またBalusはSPWNというオンラインライブプラットフォームを自社で抱えており(というかおそらくこちらが本業)、既にGWの時点からいち早くオンラインイベントへの移行を果たしています。

SPWNは上記の「ななしふぇす どぅーいっと!」他、2020年後半から急増したホロライブを始めとする各社VTuberのオンラインイベントの受け皿ともなっており、プラットフォームとしては活況が当面続きそう。
この流れでオンラインイベントとそれによるライブパフォーマンスがエンタメとして定着すれば、SPWN共々、Balus組の将来的な見通しはそれなりに明るくなるのではないでしょうか。

ただし、こうしたオンラインイベントが、従来主流だったオフラインイベントを収益面で十分代替できるか?という点は、少し注意して考える必要があります。

信頼できるデータがないため推測に頼らざるを得ないのですが、まず一般にオンラインイベントは著名なアーティストでないと十分な収益が確保できないとされています。またリアルイベントの「物販」というもう一つの収益源が、VTuberのオンラインイベントでは欠けている点も見逃せません。
その上で、VTuberのオンラインイベントのチケットが、リアルイベントと同程度で高止まりしている(音楽アーティストのライブでは通常の半額程度が相場)ことを考えると、実はオンラインイベントの台所事情は少し厳しいのでは?と私は推測しています。

オンラインイベントは苦肉の策か、それとも新たな活路か。
実のところ、リアルイベントが解禁されても、オンラインイベントをどう活用していくかは重要な課題になるでしょう。特にグループAのプレイヤーには、今の段階でそれを模索することが求められているのではないでしょうか。


◆各陣営の分析:②チャレンジャー層 グループB

さて、一方でグループB…つまり従来のLIVE2DによるYoutube配信特化のVTuberは、2020年の情勢下でもダメージが少なく、むしろ恩恵を受けたといってもいいでしょう。

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というのは、多かれ少なかれライブエンターテイメントでの収益を当てにしているグループAに対して、グループBは収益の大部分をYoutube配信から得、イベント等に頼らない収益構造と考えられるためです。
この場合、COVID-19による社会情勢下でも、Youtube配信による収益自体はむしろ好調のため、グループAとは一転してむしろこれが追い風になるわけです。

しかし、Youtube配信による収益自体はグループAでもBでも同じ条件なのに、なぜグループBはライブエンターテイメント市場を狙う必要がないのか?
答えは、収入が同じであっても支出が少ないからです。

前編の「VTuberのYoutubeからの収益額試算」でも述べたように、VTuber以外のスタッフを雇うことを考えると、Youtube収益のみでは収入が不足する可能性が高いです。そのためグループAはライブエンターテイメントでの収益を当てにせざるを得ません。
しかしVTuber以外のスタッフを最小限に絞り、3D化やトラッキング設備などの投資も行わないならば、こうしたYoutube以外の収益無くともビジネスとして成立することが可能と考えられます。これがグループBです。

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グループAが3D化などの技術的な投資を行い、営業・マネージャなどのバックアップを持った上でライブエンターテイメントでの収益を得る、いわば「ハイコスト・ハイリターン」のVTuberだとすれば、グループBはそういったコストを抑えた「ローコスト・ローリターン」のVTuberといえます。

もっともそれは大半の個人勢と横並びの条件ということでもるので、このグループBで成功しているのは、必然的に現在のVTuber視聴者のニーズをしっかり捉えた上で、大数に埋もれてしまわないだけの実力や知名度などの+アルファを持つ方となるわけです。

代表的なのが、漫画家の佃煮のりおさんが個人でプロデュースする個人勢の箱「のりプロ」です(当初は犬山たまきさんだけでしたが、徐々にメンバーを拡大しており、現在では「箱」を明確に意識した運営となっています)。

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中心となる犬山たまきさんは、既に20万人登録者がいたにも関わらず2020年は前年比250%と非常に好調に登録者を伸ばした他、白雪みしろさんを始めとする「のりプロ1期生」も登録者10万人前後に届く好調な伸びを見せています。
LIVE2DでのYoutube配信に注力し、人脈を生かした他VTuberとのコラボによる人気の拡大、箱内での関係性のアピールなど「伸びる」ポイントを押さえた運営は見事というべきです。

また天野ピカミィさん、緋笠トモシカさん、磁富モノエさんの3名からなるVOMS ProjectなどもこのグループBのVTuberといえます。
こちらも企業ではなく「何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン」などで知られるクリエイターのGYARIさんがプロデュースしています。

いずれも中心となるプロデューサ個人+数名のVTuber+LIVE2Dという低コストな運営体制であることが分かりますね。

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他には完全個人勢という(金銭的には)最も低コストな運営形態である天開司さん、名取さなさんなどもここに入ってくるでしょう。
天開司さんは今年の麻雀ブームでも存在感を見せ、MoguLiveのアンケートでも2020年もっとも輝いたVTuberに選ばれるなど、トレンド力と実力を兼ね備えたプレイヤーというべきでしょう。

このクラスタは、VTuberシーンのトレンド(視聴者ニーズ)が大きく変わらない限りは、現在の情勢下でも安定して成長が続くと思われます。
もちろん彼らの努力と実力があってのことであり、それを欠いたプレイヤーが同じことをしてもあっさり埋もれてしまうのでしょうが。


◆補足:「企業案件」の収益を考える

さて、今年を振り返る上で、徐々に浸透してきたVTuberに対してユニークな「企業案件」が目立ったことは特記すべきだと思います。
JRA(日本中央競馬会)キズナアイさんとタイアップをしたことや、競輪祭結目ユイさんやかしこまりさん、銀河アリスさんが登場したことなどです。以前よりJRAは大胆なキャンペーンに定評がありましたが、競輪にもこの流れがきたのは予想外でした。

また今年はプロ野球が、セ・パともにアピール強化のためにVTuberとタイアップしてきたのも印象的でした。

繰り返しになりますが、特に企業勢はYoutube配信の収益だけで商業的に成立できるかはやや疑問の余地があり、収益をマルチチャンネル化する必要があります。

そうした上で「企業案件」というのは一つの収益の候補なのですが、こうした印象的なタイアップの裏で、実はこれが収益として成り立つかが若干怪しくなったのが2020年のハイライトの一つでもあります。
バーチャルタレント支援プロジェクト「upd8」の終了です。

upd8キズナアイさんを先頭に、企業・個人を問わず様々なVTuberが所属していたグループでした。upd8は、いわばタレント事務所である他の企業と違って、いわば広告代理店のように案件を取ってきてそれをメンバーに割り振るという業態だったと推測されます。

が、キズナアイさん、774inc.など主だった参加者が相次いで脱退しました(おそらく案件の営業活動を自社化した)。そしてついに年末にupd8そのものの終了が決定されたのです。
この原因は、おそらくVTuberを対象にした広告代理店的な業態が現状では成り立たなかった…VTuberへ降りてくる案件が十分になく、また動くお金も足りなかったのではないかと。それにCOVID-19に伴う宣伝広告費の縮小がとどめを刺したのだと思います。
これについては下記のメルクマさんの記事が大変わかりやすく解説されています。

考えてみれば、リアルのタレントと比べてもVTuberに大きなアドバンテージはありません(アピール層の違いくらいでしょうか)。またサブカルチャー好きをターゲットにするなら、今度はアニメや漫画という使いやすいIPがあるわけです。
となると、VTuberに求められるのはインフルエンサーマーケティングが主となりますが、すると影響力の大きいトップランナー層+キズナアイさんにどうしても白羽の矢が立ちます(実際、先程紹介した大型案件はどれもそうですね)。しかしこうしたプレイヤーは、そもそも自前で案件を取ってくるだけの力があります。
つまりこうした「企業案件」は、それ以外のチャレンジャー層では収益源としてカウントするのは現時点では厳しい。だからこそupd8は苦戦した、ということではないでしょうか。

ただし企業案件は露出増の機会となるので、たとえ規模としては小さくとも、他の収益への波及効果も考えれば損にはならないと思えます。今はそうした小規模な企業案件から、うまくVTuberを広告塔として使う土壌を作っていく時期なのかもしれません。


◆各陣営の分析:③アマチュア層(旧"その他"層)

このクラスタは、大部分の個人勢が属するところとなります。
他のクラスタと違って、商業的な理由がないためにもっとも動きが緩やか…積極的に大きな変化や投資をする必要がない、あるいはできない層です。
前回は「その他」層としていましたが、こうした分断が明確になってきたことを鑑みて「アマチュア層」と呼ぶことにします。

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2018年頃の第1次VTuberブームでは、こうした個人勢から企業勢に匹敵する人気を得るVTuberも少なからず出ていました。が、2019年以降はこうした「下剋上」はかなり下火になっています。
それはVTuberが「関係性のエンターテイメント」となったことが根本的な原因と考えられます。考えてみれば、登場人物の関係性を楽しむエンターテイメントの中では、「知名度の低い登場人物」というのはそもそも土俵に上がることすらできていない立場なのです。ゆえに一定の知名度とコラボができる人脈があることが大きく「伸びる」上でほぼ必須になった、というのが現状でしょう。
2020年もその大勢は動かなかったと言えます。

ただし、そもそも個人勢には「伸びる」ことができなくとも「楽しむ」ことができるという企業勢にはない特権があります。心の赴くままに好きなことをして、それを人に見てもらえる喜びこそを享受すればよい…と私は思います。

が、それでも「伸びたい」「もっと大勢の人に見てもらいたい」と思うのならば「とにかく面白いコンテンツを作ること」こそが今は最も重要でしょう。
今のVTuberシーンの主流である「関係性のエンタメ」という土俵で戦っては勝負は見えています。だからこそVTuberという枠組みを超えて一個のエンタメとして素晴らしいコンテンツを作ることが重要なのです。
そうした意欲的なコンテンツがVTuberから生まれていくことが、ひいては未来のVTuberシーンの潮流を変えることに繋がるかもしれないのです。


さて、少し話がそれましたが、しかし「伸び」という観点を脇に置いて見ると、このアマチュア層というクラスタは、今年大きく盛り上がったと言えるのではないでしょうか。
まず先にも取り上げたように今年は個人勢VTuberが大きく増えたというのが一つ。ステイホームが叫ばれる中で、インドアでできる趣味としてVTuber活動をする人が増えました。実際、2020年中頃にはこの影響と見られるオーディオインターフェイスの在庫不足なども散見されました。

それに伴って、ゲームや雑談といったステレオタイプなVTuber以外の活動も増えてきていますが、中でも学術的・専門的な内容を活動の中心に据えたVTuberが増えている点に注目したいです。
実際に「学術系VTuber」を名乗っている方をTwitter検索で抽出し、活動開始日を確認した所、2020年に入ってから活動を開始した方が45%に上りました(他は2018年の第一次VTuberブーム頃と、VTuberブーム以前の活動開始が半々程度)。
こうした方々は、自身の専門性を生かした情報発信をしており、規模としては小さくとも個性としては際立っているものも少なくありません。例えば2020年は世情もあって、薬学系VTuberのファーマさんや、化学系VTuberの才媛テス子さんなどは大きな存在感がありました。

こういった学術系VTuberはかなり少数ではありますが、雑談やゲーム配信を通して「活動を通して自身をコンテンツにしていく」ステレオタイプのVTuberとは似て非なる「コンテンツを発信するために活動する」VTuberは、ほぼアマチュア層特有の存在であり、こうしたVTuberが増えることはVTuberという界隈の裾野を大きく広げてくれるものだと思います。

また、このアマチュア層特有の動きとして、VR関連の活動があります。例えば、HTCがVR-HMDの宣伝を目的に任命する「公式VIVEアンバサダー」などがこの例で、任命されている方はいずれもこのクラスタに属する方といえます。

というのも、OculusやHTC VIVEなどのVRヘッドセット、コンシューマVRは、このアマチュア層でもっとも普及しています。
(企業勢になるとスタジオでのプロ機器でのモーショントラッキングになるため。大手VTuberでコンシューマVR機器による配信はごく一部の個人勢を除いてほぼ見られません)

またVRChatclusterなどVR-SNSとの関わりが深いのもこのクラスタであり、それを活用した驚くようなイベントも行われています。その一例がバーチャル美少女ねむさんとアバター制作サークル「KeroPiyoWorks」のhalさんが主催した「バ美肉紅白」。
ボイチェンを使ったバーチャル美少女と、地声で女声を出せる両声類が歌合戦をするというイベントの内容はもちろん、8人が歌手として出演した個人主催のVRライブイベントという点でも注目に値するでしょう。

また今年、完全に個人勢となったVRファンとしても知られる九条林檎さんが、VR配信/SNSサービスであるバーチャルキャストで300人規模のライブ配信テストを行ったことなども印象的でした。

こうしたコンシューマVRを活用した活動は、現在のVTuberファンの「関係性の文化」というメインストリームからは離れるものの、一方で「バーチャル」に夢を見た初期のVTuberファンを強く引き寄せるものだと思います。

このように企業勢、大手VTuberにはない様々なものがこの「アマチュア層」の中では育まれつつあります。ことによっては、ここから生まれた変化が、やがて上位層を揺さぶる…「VTuberという枠組みを超えた一個のエンタメとして素晴らしいコンテンツ」を生み出し、新たな潮流を作る可能性もまた、少なからずあるのではないでしょうか。
①②のいわば「プロ」層とこの「アマチュア」層を同じVTuberという言葉で括ることには賛否両論あることでしょう。しかし、緩やかにつながっているからこそ、互いに影響を与えあえるところもきっとあるはずです。

2020年は、そうしたVTuberの可能性の芽がアマチュア層の中で育った年でもあったのかもしれません。


◆後編のまとめ

後編では、2020年の大局の中で様々なVTuberがどんな動きをしていたのか?を下図のクラスタ別に分析しました。

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トップランナー層は、海外ファンを開拓し天井知らずに成長するホロライブがアイドル路線を爆走。他方、にじさんじは順調に成長しつつ、テレビ番組のような総合エンターテイメント市場を狙う気配も見て取れます。

トップランナーと同じライブエンターテイメント市場を狙うチャレンジャー層Aグループはやや忍耐の年ながら、オンラインイベントを活用しつつ次への布石を打っています。
またYoutube配信に注力するBグループは、ステイホーム需要を背に受けて最も好調。VTuberファンの「関係性のエンターテイメント」のニーズを捉えている限り、順調に成長を続けるでしょう。

最後にアマチュア層は「趣味」としてのステイホーム需要を受けVTuberの総数が大きく増加。広がる裾野の中で「自分がコンテンツになるVTuber」ではない「コンテンツを発信するためのVTuber」が増えつつあり、VRの積極活用なども含め他の層と毛色の異なる変化の芽が中で育ちつつあるように思えます。

あるいは企業勢が足踏みする傍ら、アマチュア層の中での変化はむしろ進んだこと。各社がオンラインイベントが本格的に注力し、トップランナー二者がVRライブにも着手したことで、2020年は思いの外VTuber界隈にとって面白い年になったかもしれません。
はたしてその影響が、この2021年にどう現れてくるのか?来年の2021年振り返り分析をするのが今から楽しみでなりません。


◆最後に:2020年の予測の採点

さて、最後に私が2020/1にした「VTuberの2020年はこうなる」という予測を振り返って締めとしましょう。私の予測はどの程度当たっていたでしょうか?

【個人VTuberと企業VTuberの差が埋められないほど大きくなる】
 :△(社会情勢の影響で想像よりも差は開かず)
【VTuberが商業的に成り立つ時代がくる】
 :△(社会情勢の影響で中核のライブエンターテイメントが振るわず。来年へ持ち越し)
【大半の個人勢はアマチュア的な配信者文化へ先祖返りする】
 :△~○(「プロ」VTuberと個人勢を分けて考える人は増えてきたかも?企業勢が足踏みし変化は想定を下回る)

企業VTuberが商業化に向かいライブエンターテイメントへ傾倒すれば、おのずと個人VTuber=アマチュア企業(+大手個人勢)VTuber=プロのような形で二極化が起こるというのが私の予想でした。
が、情勢がそれを許さず、結果として企業勢までもが再びYoutube配信に注力する結果となりました。

【にじさんじは早ければ2020春で新規募集をストップする】
 :○(2019年デビュー40名超に対し2020年は1/3以下。2020/8以降はデビューゼロ)
【キズナアイはupd8を通して中小~個人勢との連携を深める】
 :△(upd8はあくまで案件のマネジメントに徹する。ただし他VTuberとのコラボは大幅に増加)
【桐生ココは英語圏視聴者を集め第2のキズナアイとなる】
 :○(大躍進し、ホロライブ飛躍の原動力の一つとなった)

先に解説したホロライブの飛躍は2019/11頃から兆候が見えており、桐生ココさんが直接な火付け役とはいえないでしょう。
が、2019/12のデビュー以降、彼女が爆発的に伸びたのは事実であり、またホロライブの海外視聴者増に貢献したことも間違いないでしょう。彼女はまさしく2020年を象徴するVTuberの一人でありました。

【チャレンジャー層はイベントやメディア露出で新規ファン取り込みに注力する】
 :△(イベント、メディア露出は増加。が、社会情勢のためそのイベントが多数消滅。来年移行へ向け努力を続けているか)
【音楽系VTuberのメディア露出増】
 :✕(音楽番組などへの露出は見られず。まだVTuberは従来アーティストに対する強みを出せず。ただしCM等への採用は増加)

いまだ音楽番組でVTuberを取り上げることはハードルが高い様子。
しかし楽曲のタイアップは着実に増えており、2021年以降に期待が持たれます。

【小規模な企業V・大手の個人勢は互いの協力、CFなどに活路を見出す】
 :△~○(「関係性の文化」のVTuber界でコラボは成長の原動力として必須に。クラウドファンディング大きくは増えず)
【小規模な個人勢の視聴者は微増程度。大きく変化しない】
 :○
【学術系VTuberの増加】
 :○(サイエンスアウトリーチや専門トーク中心のVTuberが目立つように。学術たんのVTuber化も)

◆採点結果:68点◆

COVID-19での情勢激変を考えると、それなりに健闘したかな?と思います。

今回の分析を受けて、2021年予測の記事も執筆の予定です。
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長文にお付き合いいただきありがとうございました。

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この他にもちょっとしたエッセイや、VRやVTuberに関する考察記事を日々投稿していますので、お時間あればぜひごらんください。

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