「あなたをブロックしたあとで」 #2000字のドラマ
この繊細なタッチ、幻想的な色使い、やっぱり似ている━━。
カフェのメニュー表の上で、瑞々しくきらめくマンゴープリン。
このイラストを発見してから、もう何分経っただろうか。ぬるくなったコーヒーで高揚する気持ちを飲み込んで、慎重にスマホをタップした。
美容オタクのシロ🐻❄️ | コスメとスキンケアをレビューします |
彼女のSNSを見たのは久しぶりで、少し胸がうずく。しばらくスクロールを続けても、例のマンゴープリンは見当たらない。
やっぱり人違いだろうか。ふーっと息を吐きながら、流れるようにブロックボタンに触れた。
最初に彼女をブロックしたのは先月。
あんなに好きだった人を指一本で排除しても、案外痛みは感じなかった。罪悪感はすんなりと画面の奥に飲み込まれて、はじめから何もなかったような気さえしてくる。
元々シロさんは、イラストを投稿する、いわゆる絵垢だった。彼女のイラストに一目惚れをして、フォローボタンを押した時はちょっと興奮した。
だって私は彼女にとって最初のフォロワーで、この世に天才が降り立つ瞬間を目撃した「ファン第一号」だったから。
イラストの消息が途絶えてからは、もう半年になる。
代わりに供給されるようになったのは、なぜかコスメや美容ネタばかり。大好きな絵師さんが猛スピードで美容垢へと転生し、いくら待っても新しいイラストには出会えない。
景色がまるで変わっていくタイムラインに嫌気が差し、そこにはいよいよクソリプに手を染めそうな自分が佇んでいた。
だからシロさんの存在ごと、私の世界から消したのだ。
「ご注文、お決まりですか?」
背後から女性店員の声がした。
遠回しに「ずっとメニュー見てたよね?」と言われた気がして背筋が伸びる。
「オススメありますか?」
「マンゴープリンが人気ですね!イラストの通り、見た目も可愛いので」
不意に、例のイラストを指差す、お姉さんのネイルが目に入った。
マンゴープリンによく似合う、ビタミンカラーのグラデーション。なんとなく、実際のシロさんもこんな風に爪の先までオシャレな人なんだろうなと思った。
このイラストを書いたのは、誰なんだろう。
ほんの少し期待を含んだまなざしで、お姉さんを見た。
「このイラスト、すっごく綺麗ですね。これって、お姉さんが描いたんですか?」
お姉さんは、きょとんとした顔で「私じゃなくて…」と向かいの席を指した。
すばやく視線を移すと、ぺこりとお辞儀をする金色の頭が見えた。
小さく「ありがとうございます」と言った彼の顔は、マスク越しでも分かるくらい赤らんでいる。
あ、心底イラストが好きな人の顔をしている、と思った。
性別からして、この人はシロさんではなかったけど、それだけでじんわりと温かいものが込み上げてくる。
「このイラストが素敵だったので、マンゴープリンお願いします」
自分の声がワントーン上がった気がして、ちょっと恥ずかしい。
彼は一瞬目を丸くして、照れくさそうに髪を触りながら「めっちゃ嬉しい…」と言った。彼につられるように、横にいたお姉さんも、すごーい!と大げさに手を叩く。
「彼のイラスト、写真撮るお客さん多いんですよ!もっとSNSで発信したらいいのに〜」
私が何かを言い返すよりも早く、金髪の彼が口を開いた。
「イラストは全然いいねつかないから」
ドキリとした。
二人の言葉が、小骨のように突き刺さって息がうまく吸えない。
目の前にいるあの人は、もしかして、本当にあのシロさんかもしれない。そう思ったら、みるみる頭に血が昇っていく。
乾いた口にプリンを放りながら、向かいの彼を盗み見る。マスク越しの顔をいくら見ても、本当のことは分からない。
というか、私はそもそもシロさん=キラキラ系女子というフィルターで見ていたのだから、彼を観察したところで何かを見出せるはずもない。
SNSの世界は自由で、誰だって自分のものさしを押し当てながら、見たいものだけを選び取る。何がいいとか悪いとか分からない。
でも私は、確かにシロさんという人のイラストが好きで、そして、その横にある美容と天秤にかけて「こっち側はいらない」と切り落とした。
イラストの魅力をタダで享受しながら、応援の言葉をかけることもなく、使い捨てのようにブロックしたくせに、ファン第一号などと言ってしまう自分のおめでたさにゾッとする。
そして金髪の彼だって、「いいねのつかないイラスト」として、いつかその才能を切り落としてしまうかもしれない。彼がシロさんでなくとも、それは絶対に嫌だ。すぐそこにいるのに、何も言えない唇がもどかしかった。
息を深く吸い直して、もう一度スマホを見る。
検索窓をたたくと、目的の場所へすぐに辿り着いた。この店のアカウントと、マンゴープリンの写真。絡み合った思いを丁寧にほどくように、コメント欄の上で言葉を編み上げる。
イラストがあまりにも美しかったこと。
もっとたくさんの人に見てほしいと思ったこと。
もし叶うなら、また新しいイラストと、描かれたメニューを食べたいと思うこと。
こんな気持ちをさらけ出して、キモいと思われるかもしれない。でも、何か少しでも届いてほしい、と祈るようにタップした。
読み返すと、やっぱりどこか行きすぎていて目を覆いたくなる。
誰かに見られる前に消したい、と後悔が湧き上がるのと同時に「いいね」が生々しく光る。
画面から少し離れた向かいから、かすかに視線を感じて心臓が鳴った。
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