【読書メモ】ミッションパーパスは無意味。戦略の要諦

今回は、「戦略の要諦」という本の読書メモを記載します。

著者のリチャード・P・ルメルト氏は、戦略論と経営理論の世界的権威であり、個人的には他の著書も拝読しておりますが、画一的な戦略フレームワーク等に逃げることなく、戦略というものの奥深さや難しさをひたすら真摯に訴えかけてくる感じが信頼出来て、好きな著者の一人です。


1. 私の戦略の定義、もしかして間違ってる?

みなさんが経営/所属している企業における経営/事業戦略と聞いて、何が思い浮かぶだろうか?

  • 「食の安全とおいしさを提供する」といったようなパーパス・ビジョンのようなものが思いついた方もいるだろうか

  • 「●●におけるグローバストップメーカーを目指す」といったステートメントも思いつくだろうか

  • また、そのために特定のエリアにおける技術/製造基盤を強化するといった方針、そのための投資計画のようなものをイメージする方もいるだろうか

  • はたまた、2030年までに売上高、或いは利益●●億円を目指すといった財務目標が真っ先に思いつく人もいるだろうか

国内企業の事業戦略説明資料を見ても、概ね上記のような項目が述べられているケースが多い。
しかし、参照図書においてリチャード氏はこれらの多くは願望や理想であり、戦略ではないと警鐘を鳴らす。
彼曰く、「戦略を立てる最善の方法は、困難な課題に正面から立ち向かうことである。一足飛びに目標を掲げ、思い描く終着点を語る人が多すぎる。最初にすべきは困難な問題をじっくりと見つめ、その構成要素やそこに作用している要因を理解することだ」とのこと。
本記事を通じて、彼の言う「戦略」の定義の一部を紹介していきたい。

2. あの孫正義も見誤る戦略というものの概念

正しく戦略を捉えられていない場合、経営にとってもちろん宜しくないことが起きることは言わずもがなである。
しかし、戦略という言葉は重要性も高く頻繁に使われる言葉であるにも関わらず、あまりに奥深い概念でありそれを正しく理解し活用することは容易ではない。

ここでは、参照図書で戦略を捉えきれていなかった事例として紹介されているWeWorkの事例を取り上げる。

WeWorkの事例

WeWorkは遊休不動産をオーナーから賃借し、コワーキングスペースに作り替え、個人事業主やスタートアップ企業にスペースを貸し出す事業を提供している。
主に大都市の一等地にあり、イケてる大企業のオフィスと遜色ないくらい現代的なデザインやビールが伸び放題といった高付加価値型(高コスト型ともいえる)の空間づくりが特徴である。

WeWorkは、ソフトバンクグループから40億ドルと多額の出資を受けれたことで注目を浴びる(当時の想定企業価値は180~200億ドル=2兆円以上)。ソフトバンクグループの孫正義氏がWeWorkの当時のCEOに惚れ込んでしまったのだ。
そのCEOは以下のような魅力的なミッションを掲げており、このようなコンセプトも相まって、革新的な企業として一時期の時代の寵児となったのだ。

WeWorkの事業コンセプトはフリーランサーやスタートアップ経営者たちがシェアオフィスでひとりで働くのではなく、「We」として働くためのプラットフォームとなる場の提供がミッション。単なるシェアオフィスの会社ではない

WeWork元CEOアダム・ニューマン[1]

しかし、その後、赤字が続き手元資金を減らし続け、ついに連邦破産法第11条の適用を申請し経営破綻に至ることとなる。(実際に孫正義氏も「私の人生の汚点だ」とコメント[2])

リチャード氏は参照図書の中でWeWorkのことを「実際には古臭い貸倉庫業で、供給過剰で競争が激しい」とコメントしており、にもかかわらず数十億ドルの資金がつぎ込まれたのは、IPO主幹事のゴールドマンサックスあたりがいずれ時価総額1兆ドルになるとでも囁いたのだろうと推察している。

私個人としても、大企業並みにコストのかかるイケてるオフィスは大企業の強固な収益基盤があるからこそビジネスが成り立つのであって、相対的に収益基盤が劣る(お財布が大企業程大きくない)と思われる個人事業主やスタートアップに貸し出すというアンバランスさにも要因があると感じる。

WeWorkのように、魅力的なミッションを掲げていたとしても、戦略が曖昧/ちぐはぐで経営破綻に陥るというケースがあるのである。
従い、事業経営に携わる立場であれば、このように「魅力的なミッション」や「世間からの評判」等に惑わされずに、戦略の良し悪しを考えることが出来るよう、戦略とはどのようなものか、十分に理解していると高を括ることなく、理解を更に深める必要があるのではないか。
(なんせ、あの孫正義ですら見誤るのだから)

3. ミッションパーパスは無意味。困難な課題を見極め解決の道筋をつけることが戦略

戦略の定義

では、リチャード氏は戦略をどのように定義しているのだろうか。
以下に本書で表現された彼の定義を示す。

戦略とは、困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは”最重要ポイント”を見きわめ、それを解決する方法を見つける、または考案すること

「戦略の要諦」(リチャード・P・ルメルト著)

この定義の理解を深めるため、良い事例と悪い事例を紹介したい。

良い戦略例:スペースX

まず、良い戦略の事例としてイーロンマスク氏が創業したスペースXが紹介されている。

スペースXは2002年にあの電気自動車で有名なテスラを創業したイーロンマスク氏が創業したロケットメーカーである。

創業のきっかけは、イーロンマスク氏が抱く野心の1つである火星への人類移住である。そのため2001年に旧式ロシア製ロケットを購入しようとするも、その値段の高さに驚愕し購入を諦める。

その後、価格の問題を調べていくと高いコストの根本要因はロケットが再使用出来ない点にあると気づく。宇宙船1機を打ち上げるには打ち上げ用ロケットが1機必要も、そのロケットが大気圏に再突入する際に高速で突入するため、溶鉱炉なみの温度になり燃え盛ってしまい再使用不可となる。
マスク氏は、”最重要ポイント”はロケットの再使用性であると考え、この問題にフォーカスし解決策を検討する。その結果、機体より燃料ははるかに安いことを利用して、再突入時にロケットがエンジンを逆噴射し速度を落とすことで燃焼による損傷を防ぐ仕組みを思いつく。こうして再使用可能なロケットの開発に取り掛かったのである。

その結果、2015年にスペースXの打ち上げ用ロケットは衛星を軌道に乗せることに成功し、更にエンジンを逆噴射することによる軟着陸に成功した最初のロケットとなった。
また、2018年に同ロケットのペイロード1ポンドあたりの打ち上げコストはスペースシャトルの23分の1まで切り詰められた。
このように価格破壊のスペースXはロケット業界で着実にシェアを伸ばしている。(23年時点のスペースXの衛星通信の打ち上げロケットのシェアは6割に達した [3])

悪い戦略例:ウェブコー(仮名)

次に、悪い事例として参照図書で紹介されている、ウェブコー(仮名)の事例を取り上げたい。

ウェブコーは、eコマース向けの小さなソフトウェア開発会社で、リチャード氏に”戦略”に関する助言を依頼した際の事例が記載されている。

最初に共有されたのは、経営チームが何週間もかかって練り上げた以下のようなビジョン・ミッション・戦略ステートメントである。

  • ビジョン:人とコマースの橋渡し約としての恒常的な進化

  • ミッション:顧客のシームレスなウェブ事業運営を支援する

  • 戦略

    • 個人及びウェブサイト開発事業者のeコマース構築を支援する製品とサポートを提供する。

    • 私たちの強みは守備範囲の広さであり、PHP、HTML5、Javascriptいずれのウェブサイトにも対応出来る。

    • また、開発事業者へのサポートは迅速かつ明朗領域を旨とする。

その上で、ウェブコーのCEOは、これに人を感動させるような共感性や具体性、及び財務・非財務の目標を追加したいため、リチャード氏に力を貸してほしいとのことであった。

リチャード氏はこれを受けて、シームレスなウェブ事業運営に向けた”最重要ポイント”を把握するために、本業界最大手である競合にはどう勝つのかという質問を投げかけた。すると結論として、論点はずれるが、以下のような”最重要ポイント”の種が浮かび上がってきた。

eコマース事業者は大体、初めはWordpress等にプラグインするだけでeコマース機能が持たせられる簡易な無料ツールから使い始めるが、事業が拡大し、更に高度な機能を付加しようとプラグインの追加をくり返すとWordpressやツール間での連携に不具合が出てしまい上手く作動しなくなる。結局、ある程度事業が拡大するとプロのウェブデザイナーにサイトの再構築とメンテナンスのため高額な料金を支払うことになる。

リチャード氏はこの課題に対して、ウェブコーの戦略が何も言及していない点を指摘すると、ウェブコーのCEOはいくつか言い訳をして、この課題を直視したがらなかった。

その後、リチャード氏とウェブコーのCEOは物別れに終わり、ウェブコーは数年後、社名も変わりウェブデザイナー向けのグラフィックエレメントを取り扱う企業に変わっていたのである。

これらの良い事例、悪い事例から、良い戦略とは決して耳障りの良い人畜無害なステートメントではなく、直視するのは躊躇するくらい解決が難しそうではあるが、解決出来ればインパクトが大きい”最重要ポイント”に対して、自身の持てるリソースで解決法を見出すことであるというのが、リチャード氏の主張であることが分かる。

4. 経営コアメンバーの集中議論により戦略を策定する「戦略ファウンドリー」

では、実際にどのように”最重要ポイント”を見きわめ、解決法を検討すればよいのだろうか。
リチャード氏は「戦略ファウンドリー※」という、オフサイトで行う集中ミーティングでの戦略策定支援を実施しているという。
通常は、経営幹部等の8~10人以下の小人数で、3日間通しで行われる。

※ファウンドリーとは、元来半導体製造業界において素子や集積回路の製造を受託する企業・サービスのことであり、戦略ファウンドリーとは、半導体の素子や集積回路のように戦略のコアとなる部分を作り上げるという意味であると理解している。

ここでは、そのアプローチを簡単に示す。(実際に参照図書では、リチャード氏が実施した戦略ファウンドリーの具体例が共有されており、大変興味深くわかりやすいので、興味のある方は是非本書を手に取ってほしい)

準備段階

まずは、実施前の準備段階として、リチャード氏は以下の3つを行うことで、企業の現状、課題意識を把握整理する。

  1. 企業自体の状況、競争状況、過去の計画とその結果等の基礎情報調査

  2. 参加メンバー、及び社内の主要メンバーに個別インタビュー

  3. 参加メンバーに事前質問を送付し回答を受領

実施段階

実施段階においては、以下のアジェンダで議論を実施する

  • 1日目

    • 事業環境の変化(過去5年、将来5年)の議論・認識合わせ

    • 自社の強み/弱み(過去5年で成功/失敗したプログラム/プロジェクトとその要因分析)

    • 事前準備でヒアリングした優先課題事項の共有(具体例では20程度の項目が出てきており、課題以外に実現したいこと/願望や目標等も含まれる)

    • ↑を素案として、優先課題事項をまとめなおし絞り込む(具体例では10程度に絞り込まれる)

  • 2日目

    • 前日に整理した優先課題事項の中でも、会社の命運にかかわるような最重要課題を議論し特定する(具体例では初期的に3つに絞り込まれ、結局1つまで絞り込まれた)

    • 最重要課題の解決方法を議論する

  • 3日目

    • 最重要課題の解決を実現するための少なくとも18カ月のアクションプランを立てる

個人的に「戦略ファウンドリー」のプロセスで良いと感じた点は(1)”最重要ポイント”にフォーカスした議論を行われるよう設計されていることは勿論だが、(2)企業の各所の要人と事業環境認識から共通認識がとれるプロセスになっている点である。
特に(2)の部分は、18カ月のアクションプランを実行に移し、確実に最重要課題解決に向けた結果を残していくにあたって、企業のリソースをそれに集中させなければならない。その際に、企業の各所の要人の権限の行使は必須であり、議論の過程を要人と共有出来ていると非常にやりやすいはずである。

5. 最後に(感想)

参照図書を読んで、自分の将来のキャリアにも当てはめられる部分があると思った。

例えば、私の夢の1つは、医療で言う予防医療のような経営支援コンテンツ/サービスを作ることだ。
医療業界では病気になって初めて、治療するために身銭を切り始める人が多いと思うが、経営に関しても、かなり明確な負の兆候が表れてからでないと、その解決のために費用を投じないケースは多い。
しかし、その多くは生活習慣病などと同じように、普段の悪習慣に気づきそれを正していれば予防しうるものも多いと感じている。

この普段の習慣を見直し正すことを支援出来るようなコンテンツやサービスを作り届けることを夢見ていたりするわけだが、本書をきっかけに、これを実現するための”最重要ポイント”はどこにあるだろうか、と考えてみた。

それは、どのようにして負につながる悪習慣を自覚していない段階の顧客候補にそのコンテンツやサービスの価値を感じてもらうのかという点であると考える。
(予防医療なら、上手くゲーミフィケーションしてゲームを楽しむ動機と連動させたり、或いは企業の健康経営ニーズの波にのって福利厚生予算に食い込んだりという方法をとっているサービスはあると思う)
この”最重要ポイント”に対して、自身の持てるリソースを使って、解決できる方法が思いつけば、夢の実現にも近づけるかもしれない。

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