難易度SSS級の多角化戦略を味方につけるには
1. なぜ難易度の高い多角化の検討は必要なのか
事業戦略の策定に携わられている方の中には、上司に既存事業との関連性が低く、”飛び地”と思われるような事業領域への参入検討を依頼され苦労された経験がある方はいないだろうか?
筆者は戦略策定、特にM&A戦略の策定を専門としたコンサルティング業務を本業としているが、一部の役員が飛び地への参入戦略を描いたとしても、経営陣や株主からの指摘に耐えきれず、検討が長引いたり、結局それまでの検討が水の泡になったという事例を聞いたことがある。
特に”飛び地”への参入は、その参入意義や成功させる道筋を定義し説得する難易度はかなり高い。実際に事業戦略検討のプロジェクトでも”飛び地”領域は検討の範囲外とされるケースはまぁまぁある。
このような高いハードルを超えてまで、多角化を推進する意味は一体どこにあるのだろうか?
2. 多角化は企業の生き残りや高次元での競争力の強化の切り札になる
2-1. 多角化の目的
多角化はその難易度こそ高いものの、上手く使いこなせれば長期的な企業成長の切り札になる。更に、複雑性が高く模倣困難なワンランク上の競争力の強化にもつながるため、事業戦略に関わるビジネスパーソンであれば、思考の引き出しに備えておきたい戦略オプションの1つである。
以下、参考文献*1を参考に筆者の考えも交え、多角化を推進する意味を整理した。
(*1:「多角化戦略の動機とその経済的帰結に関する 既存研究の検討」(中岡孝剛氏・上小城 伸幸氏))
①リスク分散による長期的な企業成長の実現
まず、前提として株式会社の経営者は株式価値の維持向上に努めることが重要なミッションである。しかし、変わりゆく事業環境の中でそれを長期的に実現することは容易ではない。
実際に、1909年にアメリカ大企業ベスト100入りした企業の内、1948年(40年後)まで残っていたのは36社という分析結果がある(*1)。
この間、主要な交通手段である鉄道は自動車や飛行機に取って代わられ、人口増加の恩恵にあずかると思われた繊維産業では化学繊維が登場する等、大企業と言えども、時代の変化に対応し地位を維持することは容易ではないのである。
(*2:「多角化戦略の本質」(H.I.アンゾフ))
ただし、1909年にアメリカ大企業ベスト100入りした企業の内、1948年までにベスト100内のランク、及び業界内での地位を向上させた企業が2社だけ存在する。
それらはデュポンとGEである。これらの企業は名前こそ同じであるが、この期間に展開している製品や市場は大きく変容しているのである。
このように、株式会社としての重要ミッションである株式価値の維持向上を長期的に実現するためには、事業の多角化によるリスク分散は不可欠なのである。
②高次元での競争力の強化
1企業の長期的な成長のためにリスク分散を目的とした多角化が意味があることはその通りなのだが、個人的にはそれだけを目的とするのでは十分でないと考える。
1企業のリスク分散という内向きな目的のみだと、社会的な意義がないのに加え、パートナーの協力を獲得しにくいと考えるからである。
まず社会的意義についてだが、仮に全くシナジーがない事業を傘下におさめたとしても、それはその事業の所有の切り取り線が変わっただけで、社会に生み出される価値は変わっていない。多くの企業ではその社会的な存在意義を定義しており、その存在意義を株式価値の最大化のみに限定している企業はほぼ存在しないだろう。その社会的存在意義が上っ面でないのであれば切り取り線を変更するだけで、自社による価値貢献が全くないような動きは受け入れられる訳がない。
また、多角化戦略を遂行する場合、新たなアセット獲得が必要になるためM&Aやアライアンスは主要な実現手段になるケースが多い。良いパートナーを惹きつけるためには、自分たちのリスク分散といった内向きな動機だけ語っていても特に優良企業になればなるほど相手にしてくれない。
従って、多角化の目的として、多角化した事業、或いは既存事業も含めてその競争力を強化出来ることが理想だと思っている。
多角化による競争力の強化は難易度こそ高いが、実現出来ればその複雑性、模倣困難性から強力な武器となる。以下に多角化の目的となりうる競争力強化の方向性をまとめた。
②-(a):内部リソースの有効活用
既存事業のリソース(人材・技術・ノウハウ・設備等)を活用出来る他の事業を見つけられた場合、リソース共有によりコスト効率が向上する。更に既存事業のリソースが他事業での差別化にも貢献する場合は付加価値も向上出来る。
例えば、富士フィルムがデジタルカメラが普及しフィルム市場が縮小する際に、フィルムにかかる技術ノウハウを活かして化粧品・医療品業界に参入した例が上げられる。
実際に、過去の研究を通じても内部リソースの活用による多角化の効果が高いことが示されている。
<実証実験の概要>
・Rumelt(1974)に代表される多角化戦略と経営成果との関係を実証した研究の中で、9つのタイプの企業戦略と経営成果との関係が実証分析された。その結果、関連する事業の大部分において研究開発やオペレーション,マーケティング等の経営資源を共有する多角化戦略の経営成果が他の企業戦略よりも高くなることを発見
・Tate and Yang(2015)は米国の国勢調査データを用いて、多角化企業は専業企業に比べて労働生産性が高いということを発見
②-(b):情報優位性の確立
複数の事業を行うことによって、各事業の情報(特に数値化でき ないようなソフトな情報)が企業内に蓄積され、研究開発活動において優位性を確保できる。
例えば、川上から川下にかけて広域に事業展開する企業はサプライチェーンの各所での課題/ニーズを把握しており、その情報をもとにそれらを統合的に解決出来る製品/サービスを早期に着想しやすくなる。
実際に、過去の研究を通じても、多角化のメリットとして情報優位性の確立が存在することが示されている。
<実証実験の概要>
・Anjos and Fracacssi(2015)は多角化戦略の新たな側面として、情報優位性の獲得を指摘。多角化企業であること自体は企業価値に対して負の影響もあるが、情報の優位性が高い場合には企業価値に対して正の効果があることを発見。この他にも重要な発見として、情報の優位性が高い多角化企業においては、イノベーションをより効率的に行えているという結果を報告
②-(c):市場支配力の強化
以下の様な方法で市場の寡占度を高めることで、市場の競争圧力を低下させ超過利潤を獲得する。
(1) 他の事業で利益を補填出来ることを背景とした戦略的価格設定によるシェアの拡大
(2) 複数市場で多角化する企業が複数存在する場合、お互いが報復を恐れて戦略的価格設定が為されない(A市場でa社が低価格を設定するとB市場でb社が低価格を設定し報復する可能性があるので、a社は攻めた価格設定が出来ない)
(3) 複数の多角化企業が互恵的関係にある場合、新規参入の障壁を上げる
(A市場ではa社はb社から仕入れており、B市場ではb社はa社から仕入れているような状況であれば、たとえA市場の仕入れ市場に新規参入企業が現れたとしても、a社はB市場での関係が崩れるのを恐れて、新規参入企業ではなくb社からの仕入れを継続する)
ただし、本項目に関しては、まだ実証研究は蓄積されておらず、解明は進んでいない模様である。肌感覚としても、複数企業の挙動予測を前提とした方針なので、不確実性が高く、実務的に取り入れる難易度は高いように感じるため、頭の片隅においておくくらいで良いと思う。
②-(d):資金調達力/効率の向上
キャッシュフローのリスク低下によって借入余力拡大・内部資金活用による投資余力の拡大や資本コストの低下が期待出来る可能性がある。
ただし、過去の実証研究には、その効果の存在は確認されるも、多角化の動機になる程強いものではないという結論のものも存在していることに加え、本業との関連性が低い程効果が高いという、②-(a)(b)(c)との共存の難しさも示唆されているため、多角化の主目的とするのは個人的には難しい様に感じている。②-(a)(b)あたりを主目的とした副次的な効果という位置づけが一番しっくりくる。
<実証実験の概要>
・キャッシュフローのリスク低下による資本コストの減少効果(共同保険効果)に関する実証研究は少ないが、米国企業を対象としてSarkar(2014)とAivazianet al.(2015)の結果がある。Sarkar(2014)は共同保険効果の推定モデルを構築し、米国のM&Aのデータを用いて共同保険効果の存在を確認している。しかし、その効果は小さく、共同保険効果の享受が多角化の動機にならないと結論づけている
・また、Aivazian et al.(2015)は同じく米国企業を対象に多角化が借入条件(金利や満期、担保設定など)に与える影響を分析している。その結果、多角化企業は専業企業に比べて借入金利が低いこと を発見しており、共同保険効果の存在を確認。しかし、金利以外の借入条件には 影響がなく、また多角化が進展するほど借入金利の低下効果は減少することを示している
・Hann et al.(2013)は、米国のデータを用いて多角化企業の資本コストが専業企業に比べて低いことを発見しており、またその低下効果は非関連分野型多角化を行っている企業において大きいことを発見
2-2. 多角化の目的に関する留意点
上述の様に、多角化は①リスク分散による長期的企業成長の実現、②高次元での競争力の強化のための有力ツールになることを示したが、実際の実務の現場では必ずしもこれらのような動機で多角化の検討が進んでいる訳ではない、というのは正直ベースの筆者の肌感覚である。
先行研究を通じても、経営者と株主の間での情報の非対称性を背景として、経営者が株主の利益を犠牲にして利己的な行動をとる、所謂「エージェンシー問題」が、多角化の動機についても生じていることが指摘されている。
先行研究では、経営者の多角化を行う動機として次の3つが示されている。
(1) 経営者の報酬や権力の増加を目的とした多角化の動機(Jensen, 1986;Jensen and Murphy, 1990;Stulz, 1990)
(2) 経営者の保身を目的とした多角化の動機(Shleifer and Vishny,1989)。経営者は自身の能力を必要とする事業に参入することで,企業の業績を自身の能力に結び付けることができる
(3) 個人的な雇用リスクの分散化を目的とした多角化行動の動機(Amihud and Lev, 1981)。投資家は自身のポートフォリオを容易に多角化できリスク分散を図ることができるが、経営者が自身の雇用リスクを分散化することは容易ではない。しかし、一般的に、経営者の雇用リスクは企業のリスクと密接に関係しており、言い換えれば、経営者は企業のリスクを分散化することで自身の雇用リスクを低減することが可能になる。
企業/事業戦略に携わる身として、現実として上記のような現象が存在しうることは頭の片隅に置いておきたい。
万が一、一部の経営者の利己的な動機で事が動きそうな場合は、それを正しく軌道修正出来るのが理想である。
3. 多角化の要諦:ディスカウントを覆す強い戦略設計、慎重なマネジメント設計が肝
これまで、多角化は企業の長期的成長の実現や高次元での競争力向上にとって有力なツールとなりうることを述べた。
ここからは、多角化戦略で思うような結果を出すための要諦を整理していきたい。
3-1.そもそもマイナススタートと思っておいた方が良い
一般的に、多角化企業は投資家にとって分かりにくい。
専業企業に比べて、複数の事業を評価する必要があることに加えて、それらの相互関係についても考慮する必要があるからである。
また、証券アナリストは担当企業を業種で区分しているケースが多いため、専門外の業種の事業の評価については精度が下がる可能性がある。
実際に、これまでの実証研究においてはまだ分析上の課題は残り、合意形成に至っているとは言い切れないものの、やはり多角化企業はその複雑性故に、価値評価の精度が落ち、より保守的な評価をされかねない可能性は否定出来ない。
<実証研究の概要>
・Dunn and Nathan(1998)は多角化が進展した企業ほどアナリストの次期利益の予測誤差が大きくなることが報告
・情報の非対称性の存在は投資家の期待形成を保守的にさせ、要求するリターン、すなわち資本コスト を上昇させる(Lamont and Polk(2002); 井上・野間,2007;小松,2009)。その結果 として企業価値は低下すると考えられる
・一方,Thomas(2002)は事業を多角化す ることで,アナリストの次期予測誤差が高まる結果は頑健ではなく、多角化が必ずしも情 報の非対称性を悪化させるとは限らないと報告
従って、戦略担当者としては、本質的な価値棄損ではないとしても、多角化戦略を実行する場合は、投資家とのコミュニケーション難易度の高まりにより、そもそも企業価値がマイナスになるところからスタートするくらいの腹積もりでいた方が良い。
(このような点も、筆者が多角化戦略が難易度SSS級と考える理由である)
3-2.だからこそ多角化による戦略的意図を明確に(NECとGTEの事例)
上述の様に、マイナススタートであることも踏まえると、しっかりと戦略的意志を明確にすることが、投資家とのコミュニケーションを円滑にし、かつ確実に結果を出すためにも重要である。
多角化における戦略的意志の重要性を語る上で、まずは80年代のGTEとNECの事例(*3)を紹介したい。
(*3:「コア・コンピタンス経営」(C.K.プラハラッド&G.ハメル))
80年代のGTEは電話機、伝送・交換システム、半導体等、電話・通信事業を軸としつつ多様な領域に事業を多角化しており、80年の売上高は約100億ドルだった。
対照的に、NECは80年の売上高は38億ドルとGTEに比べて小さかった。NECはGTEに匹敵する技術基盤を有し、コンピュータ事業も展開していたが通信会社としての経験はまだなかった。
しかし、88年において、GTEの売上高は約165億ドルに対してNECは219億ドルと逆転することになる。
「コア・コンピタンス経営」の提唱者であるC.K.プラハラッドとG.ハメルはその主な要因をNECが自社のコア・コンピタンスを認識した上で多角化しているのに対して、GTEがそれをしなかった(多角化した事業が独立して運営されているように行動していた)ことにあると分析する。
まず、80年代のNECについて見ていきたい。
はじめに押さえておきたいのは、NECの事業環境に関する先見性とそれを全社戦略に共通認識として落とし込んだ点である。
当時NECはコンピュータ、コンポーネント、通信の各事業は次第に重なりはじめ、その境界線がはっきりしなくなると予想していた。
即ち、これら3つの領域全てでプレゼンスを発揮しつつ、これらの融合を上手く引き起こせるような組織になっていれば、いずれ膨大な機会が開かれるはずだと考えた。
つまり、②-(b)情報優位性の確立により、業界のイノベーションをリードし、②-(a)内部リソースの有効活用を進めることで範囲の経済を効かせ競争力を強化する狙いだと解釈出来る。
その戦略方針の実現に向けて、3つの領域の知見技術の融合を促進すべく、経営陣によるC&C員会を発足するとともに、各事業部間の利害関係を横断的に調整するグループや委員会も設置した。
結果として、半導体分野における世界的なリーダーとして台頭、通信とコンピュータ分野でも一流企業としてその名を連ねることとなる。また、その他公共向け伝送・交換事業を拡大し、通信とOA化の両方を橋渡しする製品(携帯電話、ファクシミリ等)にも手を広げた。
同じ頃のGTEは、シニアマネジャーの間ではIT産業の発展が意味するところについて議論こそされていたが、NECのように全社的に必要な能力(コンピタンス)を共通認識化し、獲得・育成に向けて組織的に動くようなことは無かった。
それよりもむしろ、各事業は独立して運営されているかのように行動していた。
結局、テレビ事業とテレネット事業を売却し、伝送・交換システムとデジタルPABXは合弁会社に移し、半導体事業からは撤退することになり、その結果GTEの世界的な地位は徐々に低下していった。
GTEはリスク分散という内部的な目的は果たしていたかもしれないが、多角化することによる高次元での競争力の強化まで視野に入れた経営が出来ていなかった。
もともと多角化は投資家からみて評価が保守的になりやすかったり、マネジメントの難易度も高いことから、そのようなネガティブインパクトを超えるような効果を生み出せなかったのではないだろうか。
一方でNECは、事業を多角化するとともに、通信とコンピュータ領域における知見を育み融合することで、模倣困難性の高い競争力を手に入れることが出来た。
このような事例から、難易度SSS級の多角化戦略を実行する際には、多角化という構造から生まれるネガティブインパクトをも凌駕するような、強い統合戦略が必要なのである。
3-3. 経営陣の理解度の向上を踏まえた慎重なマネジメント設計が必要
多角化という構造上発生するネガティブインパクトを凌駕するような強い戦略が必要なことはもちろんなのだが、その実行・マネジメントも言わずもがな難易度SSSなのである。
実際に、過去の事例や実証研究が多角化事業のマネジメントの難しさを物語っている。
<石油会社の鉱物事業参入の失敗事例*4>
ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)、エクソン、シェル等の石油企業が鉱物事業に参入した。しかし、これらの鉱物事業の業績は専業のそれよりも悪く、後に軒並み撤退している。参入の背景には、世界各地での探査、採掘、関係国政府との調整等、石油事業で培った力が活かせるという読みがあったが、実際には、鉱物事業の成功要因は石油事業とは異なっていた。
例えば、新しい鉱床の発見は石油のように必ずしも利益へのパスポートとはならず、むしろ利益が上がるのは、同じ場所で繰り返し採掘出来る鉱床だけであり、そのような鉱床への低コストアクセスこそが重要である。
にも関わらず、石油会社の経営陣は鉱物事業で下される意思決定に対して、石油会社の論理を持ち出した。
(*4:「ペアレンティング:多角化企業の事業戦略」(アンドリュー・キャンベル、マイケル・グールド、マーカス・アレクサンダー))
<過去の実証研究*1>
非効率な内部補助とは、投資機会の多い(成長が期待できる)事業に対して十分な資金が配分されず、投資機会の少ない事業に余分な資金が配分されるような状態のことである。言い換えれば、企業内で資金の“社会主義的配分”が行われており、企業価値の低下を招いている。このような社会主義的配分が行われる背景として、レントの追求によるインフルエンス活動の存在がある。インフルエンス活動とは、各部門の長(あるいはその部門配属の従業員)が経営者に影響を及ぼして,経営者の意思決定が自身の部門に有利な もの(予算の獲得や部門固有の便益など)になるように歪曲させる活動のことである。この活動を抑制するために,硬直的な資源配分、すなわち非効率な平等配分を導入するといった経営者の意思決定が行われる(Scharfistein and Stein,2000)
一方で、リクルートによるindeedの買収・統合のように上手くいっている事例も存在する。
リクルートは人材紹介・派遣、求人掲載事業(掲載課金型)を展開している。これらは求人営業力や集客力といった要素が重要になるが、indeedはクリック課金型の求人マッチング事業であり、よりマッチングテクノロジーの優秀さがものを言う領域になるため、同じ人材ビジネスでもその性質(ビジネスモデル)は異なる。
indeed買収まで特に海外の派遣領域での買収を遂行してきたリクルートだが、人材領域の将来性を考慮した際に、テクノロジーの存在を無視出来ないとして、2012年に米国のindeedを買収する。海外企業であることに加え、ビジネスの性質が既存事業とは異なる事業の買収にも関わらず、Indeedの売上高は買収当時の約60~70億円から、リクルート買収後約5年で2,000億円を超えた程に急成長する。
この成功要因の1つには、リクルートのindeed買収担当である出木場氏のとった「基本的に信じて任せるけど、任せる人を選び、抑える部分はしっかり抑える」というマネジメント方針がある。
以下にその方針が表れている出木場氏の発言を引用(*5)する。
「ゴルフにたとえると、オーナーは、カップの場所を決めて、パーの数を決めて、プレイヤーを選んで、あとは任せる。パー4と決めたら、途中どのルートを通ろうと4打で入ればよい」
「一番詳しい人が判断した方が良いに決まっているんですよ。だから、indeedにおいてもセールスに関することはセールスのトップに任せていました。アメリカにおけるコールドコールのやり方について、僕が口出しても良いことなんてないんです」
「もちろん、誰彼構わず完全に任せることはない。(一部略)大切なことは「経営目線で発言できること」。いくら専門的な知識があったとしても、ある部門のリーダーとしての発言しか出来ない人には、すべての判断を任せるわけにはいかない」
「日々の会話などから、誰に、どのレイヤーの意思決定を任せるか否か」を常に判断していることが多いですね。」
(*5:リクルート出木場氏インタビュー(FAST GROW)、「【出木場久征】Indeed買収の際に意識した「統合をしないPMI」(Newspicks SPEEDA Conference))
このように、親会社として抑えるべき最低限の部分は抑えつつ、それを任せられる人を選定し信じて任せるという「言うは易し、やるは難し」を実際に実行出来たことが海外企業買収を通じた多角化戦略を成功させられた要因の1つであると考える。
このようなマネジメントを実現する難易度は高いと想定され、実際にindeed買収後5~6年はリクルート本社からの出向者は出木場氏しかいなかった。(おそらく、高度なマネジメントを実現するために余計な要素がなかったことも良かったのだろう)
4. さいごに
多角化戦略について、やはりその構造的やっかいさ故に、投資家とのミスコミュニケーションによる企業価値の低下リスクやマネジメントの難しさは否定できない。
しかし一方で、使いこなすことが出来れば、企業の長期的な成長や高次元での競争力強化の武器として、強力なツールであることが確認できた。
戦略担当者として、多角化の構造に伴うリスクは理解しつつも、それを覆す強い戦略設計や慎重なマネジメント設計をリード出来る力を身に着けていきたい。
参考文献
*1:「多角化戦略の動機とその経済的帰結に関する 既存研究の検討」(中岡孝剛氏・上小城 伸幸氏)
*2:「多角化戦略の本質」(H.I.アンゾフ)
*3:「コア・コンピタンス経営」(C.K.プラハラッド&G.ハメル)
*4:「ペアレンティング:多角化企業の事業戦略」(アンドリュー・キャンベル、マイケル・グールド、マーカス・アレクサンダー)
*5:リクルート出木場氏インタビュー(FAST GROW)、「【出木場久征】Indeed買収の際に意識した「統合をしないPMI」(Newspicks SPEEDA Conference)
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