土を耕し、風で運ぶ - 半土半風の港づくり
根ざしながらも、動けるかたちをつくる。
ここ数年ずっと考えてきたことだ。そして今、自分が鳥取大山町で「な〇|アキナイイエ」という場づくりをはじめたのは、その実証実験でもある。
場を持つ/持たない問題 ー ”土”と”風”の葛藤
「地域に根ざした場を持ってしまうと、なかなか外に出れない」
ずっとそう思っていた。いや、思い込んでいただけかもしれない。
だから、場を持つことなく、いつでも身軽に動けるような暮らしをしていようと心掛けていたのだ。だけど、心の中では場を持つことに尋常なる憧れを抱いていたのも事実で...。
憧れの理由は二つある。一つは、自分が地域を動き回るなかで立ち寄った場に救われてきたから。「場を持つ人に良くしてきてもらったからこそ、いつかは自分がもてなせる場を持ちたい」という恩送り的な気持ちが沸いてきた。
もう一つは、これまで築いてきた地域や人の関係性を、目にかたちで残せる場所が必要だと感じたからである。たくさんの人、そして物事に出会うなかで、自分の知識/経験/関係性が積み重ねっていく。
だけど、それは自分の心にストックされる感覚ばかりがあった。だからこそ、「自分の知識/経験/関係性をストーリーとして蓄積できるリアルな場がほしい」と思っていたのだ。
港をつくるように
「(地域の)内で待つ=土」「(地域の)外に出る=風」としたときに、ぼくは”風”として動き回ってきたからこそ”土”に憧れを持つようになったわけで、だからといって風を完全には諦めきれない中途半端さを感じていた。
「”土”と”風”を欲張っちゃいけないのか? そのやり方はないのか?」
そう模索するなかで出た結論が、「港づくりをしよう」というものだ。
船が出入りして(風)、持ち運ばれてきた荷(知識/経験/関係性)がストックされていくローカルな港をつくり上げていく(土)。そこにいけば、地元を深められるし、外の動きも知れるような、談話のある船の待合室みたいな雰囲気を醸し出せたら最高だ。
ピボットのような半土半風
だから、「な〇|アキナイイエ」は、自分はもちろん、他のだれかが船のように動き回る一つの港にしたい。だけども、もちろん地域の人と情報が集まるような港としても成り立つように。
ぼく個人としては、片足残して片足動かす(バスケットのような)ピボットのように半分根ざして半分動き回れるかたちがとれたらいい(「ピボット」はノマドトーキョーをやられていた米田智彦さんの言葉でもあるが)。
場としては、”土”と”風”がうまく混ざりあうからこそ、新しい文化が育つようにしたい。「風土」は”土”と”風”が両方あって醸成されていくものだと聞いたことがあるが、まさにそれを目指していきたい。
最近よく日本史を学び直しているが、歴史的にも人の移動が情報を運んできたが、それは文化の移動でもあったことに気づく。古来日本は、中国を行き来して(してもらって)、文字や仏教を学び、その素養をもとに「国風文化」として昇華していった時期もあった。
動き回る人がメディアでもあった時代のことを考えると、”風”の存在は欠かせないし、それらを受け止め、地域に根づかせ、発展させる”土”の存在ももちろん欠かせない。
ということで、半土半風の場としての港をつくっていきたいわけだけど、その発想のヒントとなった人や出来事、また「具体的にどうやって実践していくのか」という構想については気分がのったときに勢いで書いていこうと思う。
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