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つたえる、きく、わかちあう

乳児検診で、息子は人より半年、発達が遅れていると言われました。
専門の先生にみていただいた結果、軽度の発達障害ということになりました。
幸いなことに、私の住んでいる町は私たちを非常に手厚く支援してくださり、保育所から中学校まで、途切れ無く息子を見守ってくださいました。そして息子は今、一人暮らしをし、大学で油絵を学んでいます。

私にとっての息子・・・それは、「心の友」です。
発達障害にもいろいろありますが、息子は言葉を話すことが一番遅れていました。何回言葉を発しても、家族でさえも聞き取れない。口をしっかり動かせなくて、何を言っているのか分からない。
そんな環境だったからかも知れません。彼は「伝えよう」とする気持ちが強く、どのように話したら伝わるのかを、一所懸命工夫しているのが分かりました。それが嬉しくて、私は何度も耳を傾けました。伝えようとする彼、聞き取ろうとする私。
そんな日々を過ごす中で、彼は絵を描くようになりました。

彼の絵は独特で、どの絵の中にも固有の世界がありました。特徴的なフィールドがあって、小さな小さな生物がいっぱい、それぞれ好きなようにフィールドを楽しんでいました。細かく細かく描き込まれた世界。どの部分を切り取っても、自由に楽しそうに遊ぶ、小さな生物の姿がありました。
その世界をもっと知りたくて、私はいっぱいいっぱい、尋ねました。彼は、一所懸命その世界を言葉にしようとします。
「わかる?」
「うーん、ちょこっと分かる気がするけど・・・こういうこと?」
「ちょっとちがうの。えっとね・・」
私もまた、彼の絵の好きな部分を言語化しようと試みます。
「ここのね、この感じが好きなの」「このね、画面に光が満ちていく感じが好き」「この子はここに住んでいるのかな?居心地良さそう」
「・・ああ、そこはね、本当はこんな風に描きたかったんやけど、まだうまく描けんかったの」「・・そう!そこに住んどるの。この子が家族でね・・」「・・そこまで考えてなかったけど、その考えいいなあ」
知りたい人間と、伝えたい人間。魅了された人間と、分かってくれそうな仲間を見つけた人間。2人の届きそうで届かないもどかしい会話の果てに、「あ!そういう感覚!」と分かるときがあって、通じ合えた嬉しさに、手を取り合いました。

彼の中には描きたい世界が溢れんばかりになっていて、それを表現するために研究と練習を重ねました。
「母さん、遠近法が分かったよ!こうやってこう描くとね、前が大きくて、後ろが小さいんやけど、ほら・・・!奥に広がって見える!」
「母さん、木の幹はね、茶色一色やないんよ。赤とね、緑とね、黒とね、黄色とね、こうやって塗り重ねていくとね・・・ほら」
獲得した絵の技術を、彼はまるで新大陸を発見したかのように報告してくれ、私も一緒に未知の世界を開拓しているかように、ワクワクしながら聴き入りました。

コロナ禍で学校に行けなくなっても、彼の探求は続きました。私も息子もYoutubeにはまってしまい、いろんな動画を見て、2人で話し合いました。
画法の話以外にも、宇宙の話や心理学の話、歴史の話や数学の話、プログラミングの話や思考の整理法の話・・・一気に話題が広がっていきました。
高校生になった息子は、たくさんの知識を得、思索を深めるようになりました。次第に私たちは、お互いの読んだ本や今やっていること、考えなんかをやりとりする、かけがえのない相手になっていきました。ほかの家族には「小難しい話」と一蹴されるようなことも、息子とはとことん話し合えました。それに彼には表現したい魅力的な世界があり、知識や思索がその世界に影響し、どんどん更新されていくのです。

歳を重ねても息子の滑舌は悪く、何を言っているのか分からない時がしばしばありました。でも周囲は、相手をリスペクトし何でも吸収しようとする息子を、滑舌の悪さや要領の悪さ、絵画の才能、すべてひっくるめて愛してくれました。そして私は、息子の滑舌がどんなに悪くても、彼の話を聴くのが好きでした。お互いに「伝えたい」「分かりたい」という気持ちは一緒で、よく夜中まで2人で話し込みました。
時々描きかけの絵を持ってきてくれて、その絵を見ながら話し合うこともありました。そんな時は、私はただのいちファンとして、作者の話を一番に聴ける幸せを感じていました。

今は遠く離れた地で一人、絵を学んでいる息子。
彼らしく技術を磨き続けながら、いろんなことに取り組み、内面の世界を更新し続けているようです。
たまに帰ってくるときは、いっぱいいっぱい話をします。
「母さんがさ、母さんで良かったよ。いくつになってもいろんなことやって、お互いに話してて楽しいもん。それに、自分の話をこんなに分かってくれる。そんな相手、なかなかおらへんから」
そう言ってくれる息子がいてくれて、本当に私は幸せだと思っています。

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