1-7.「しかたないな。ちょっといいかい?」
「しかたないな。ちょっといいかい?」
対馬は窓から離れると、すっと俺に体を寄せて耳元でささやいた。
「ワンオアとかワルプルとかドルオタ初心者。ちな推しはみくりん、あっつん、ラブリーロットンっす♥」
胃に強烈なボディブローを叩き込まれた気がした。マジか。
「四月九日、一日目のワンオアのチケット譲ってくれる人、いたらリプください。ナポリトゥーン」
「みくりん、マジ天使♥♥♥ ↑握手した手ぺろぺろしてみたいっす↑」
対馬が淡々とツイッターの投稿を読み上げるたびに、ゴスゴスとボディブローが突き刺さる。
「ど、どうやって、そのアカウントを……」
ツイッターは俺が地下アイドルオタクとしての自分をさらけ出す唯一の場所。バレたら俺は別の意味で人から遠ざけられることになる。まだ変態属性を受け入れるわけにはいかない。
「ネットワーク社会は怖いよね。ふと視界に入った画面から、個人を特定することもできる。しかも一度流れた情報は、アカウントを消しても隠しようがない」
対馬は俺の前に回り込んで微笑んだ。俺は確信する。こいつは絶対に悪い心を持っている。
「あ、僕のことは対馬じゃなくて、ユウシでいいから」
残っていた最後の体力ゲージが削られた。
「じゃあ行こうか、イチ」
くるりと背を向けて対馬が歩き出す。俺はカバンを持ち直すと、とぼとぼと対馬の後をついていった。
窓の向こうから、グラウンドのかけ声が聞こえ始めた。
囲町学園の校舎は全部で一棟。地下一階、地上四階の鉄筋製。上から見ると厚みのある正方形で、中心は吹き抜けになっている。校舎には屋内プールや武道場がある体育館が隣接していて、文化部は校舎の四階に、運動部は体育館の一階に、それぞれ部室があった。
「パソコン部は、コンピューター室に間借りしているんだ」
俺は、ときおり立ち止まってはわざとらしく学校案内をしてくれる対馬のあとをついて四階に上がった。回廊みたいな廊下に沿って、さまざまな部室が並ぶ。文芸部、写真部、囲碁将棋部、鉄道研究会……。
どうして鉄道研究のあとに続く言葉は、部ではなく会なんだろう。そもそも、なんで鉄道のあとに研究がつくのだろう。美術研究部とか吹奏楽研究部って、聞いたことがないよな。
そんなことを考えながら鉄道研究会の横を通り抜けると、校舎の南西の端に、いかにも特別教室ですという雰囲気をしたコンピューター室が見えた。なんでも一〇万人規模での利用も想定した、下手な大学よりも凄いサーバーが設置されているらしい。
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