澤田 典宏

小説『お前らは現実とゲームの区別がつかない』(イラスト:記伊孝、ブックデザイン:NC帝…

澤田 典宏

小説『お前らは現実とゲームの区別がつかない』(イラスト:記伊孝、ブックデザイン:NC帝國、発売:ジュリアンパブリッシング)公式アカウント。小説本編を連載中。※ウェブ版と書籍版は内容が一部異なります

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  • お前らは現実とゲームの区別がつかない

    現実を舞台にポイントを競うゲームにハマっていく少年たち。「こんなことになるなら、友だちなんて作らなければよかった……」

  • お前らは現実とゲームの区別がつかない(続)

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11-1.二日後。

 二日後。病院のベッドで目覚めた俺の前には、付添用のイスに座って居眠りをする母親がいた。  なじりながら、泣きながら話す母によれば、俺は一昨日の深夜、自宅近くの路上で昏倒していたところを通りすがりの会社員によって発見されて、この病院に搬送されてきたらしい。  俺のスマホは落下の衝撃で壊れてしまっていたと母は言った。  意識を失って倒れたときに頭を強く打たなかったことが幸いしたと医者は言った。  もちろん俺は、自分になにが起きたのかを知っている。  でも、俺にずっとつ

    • 10-6.「――ゲームオーバーだ」

      「――ゲームオーバーだ」  ユウジはスタンガンをゆっくりと持ち上げ、自分のこめかみに押し当てた。  できの悪い映画みたいなスローモーションでユウジが崩れ落ちると、部室は急に静かになった。俺はなにも映さなくなったモニタの光に照らされながら、ぼんやりと立ちつくしていた。なにかをしようという気力もわいてこなかった。  でも、そんな静寂も、校舎のスピーカーを通じて流れるパペットマスターの声で破られる。 『チーム〈キセキの世代〉のイチさん、おめでとうございます! あなたは今大会

      • 10-5.細長い影がゆらめいた。

         ユウジの細長い影がゆらめいた。 「ここから考えられる可能性は、ただひとつ。おまえと兄貴はふたりでひとりを演じていたんだ。少なくとも、このアルミの世界では」  俺は息を整えながら、ユウジの言葉を待った。目の端に見えたパソコンのモニタ上では、視聴者がチーム・ジェミニィの不正を糾弾するメッセージが次々と流れていく。  できれば、ユウジにはここで負けを認めてほしかった。これ以上の追求は虚しいだけだから。 「……やはり、きみは面白い」  ユウジは乾いた笑い声をあげながら、カ

        • 10-4. あの記号は、今日のゲームで俺たちが通った軌跡じゃないのか?

           あの記号は、今日のゲームで俺たちが通った軌跡じゃないのか?  俺はペンを回しながら、考えられる文字の組み合わせをメモに書き出していく。  ・hhmt(スタート地点のローマ字表記から頭一文字)  ・nnst(スタート地点の英字表記から頭一文字)  ・hhmt(行かなかった方角のローマ字表記から頭一文字)  ・nest(行かなかった方角の英字表記から頭一文字)  手が止まった。  ようやく見つけた意図的な答え。でも、この答えが、あいつの考えたものであるならば、やっ

        11-1.二日後。

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        • お前らは現実とゲームの区別がつかない
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          10-3.背中を強引に壁から引きはがした俺の目に、踊り場の床で鈍く光を反射する物体が映る。

           背中を強引に壁から引きはがした俺の目に、踊り場の床で鈍く光を反射する物体が映る。スマホのライトに照らし出されたそれは、よく見ると一枚の紙を挟んだ透明なプラスチックの板だった。  俺は板に近づいて、つま先で蹴ってみた。接着剤で床に固定されているのか、一ミリも動かない。間に挟まれた紙には、直線だけで描かれたUのような記号が黒インクで描かれていた。  休み前にこんな板を見た記憶はない。つまり、この板はゲームと関係している可能性が大きい。  とはいっても記号以外の情報がどこに

          10-3.背中を強引に壁から引きはがした俺の目に、踊り場の床で鈍く光を反射する物体が映る。

          10-2. メッセンジャーを閉じて、またペンを回し始める。

           メッセンジャーを閉じて、またペンを回し始める。トシは、俺が問題を解く時間と、トシ自身がこの情報をまとめる時間の両方を確保するやり方を選んだんだ。 『選択まで殺してはいけないのだよ』  ヒロムが脱落したとき、トシはそう言った。大丈夫。心配すんなって。俺たちならできるさ。  ペンを回す速度が上がる。目に見えているものが、すべて真実とは限らない。  前提を疑え。疑って、すべての前提を引っくりかえせ。 「母と再婚をしたのは、俺の実の父親か?」  しばらく考えてから俺は言

          10-2. メッセンジャーを閉じて、またペンを回し始める。

          10-1.『では、ゲームの続きを始めよう』

          『では、ゲームの続きを始めよう』  ユウイチは無表情な声で言う。スマホのバックライトが暗闇に覆われ始めた踊り場を照らす。  踊り場に残された蒸し暑さが俺の肌にまとわりついて、べたつく汗に変わった。ユウイチはモニタの向こう側から、じっと俺の顔を見つめる。 『わかっているとは思うが、ここからは一対一の勝負だ。そのうえ、きみにはもう後がない』  実験動物を見る冷めた目。俺は返事の代わりにスマホに向かってペンを一回はじく。怒りがふつふつと血管を巡り、鼓動を速くした。  ユウ

          10-1.『では、ゲームの続きを始めよう』

          9-10.そう。失うことになった一因には、制限時間に圧された焦りもあった。

           そう。ヒロムを失うことになった一因には、制限時間に圧された焦りもあった。俺たちに残された時間は、あと八分三五秒。この間に二問を解かなくちゃいけない。 「ただ、自分は苦手なのだよ」右肩にトシの手の重みを感じた。「だから、残された時間を最大限使う方法を取ろうと思うのだ」  俺は振り向いてトシを見た。トシは左手を俺の肩にかけたまま、右手を軽く挙げている。まさか、こんな短時間で答えがわかったっていうのか? 「期待に添えず申し訳ないが、自分はここで降りるのだよ」  トシは静か

          9-10.そう。失うことになった一因には、制限時間に圧された焦りもあった。

          9-9.『……結果は出たわけだが、なにか言いたいことはあるかい?』

          『……結果は出たわけだが、なにか言いたいことはあるかい?』  ユウイチがヒロムにたずねた。画面を見なくてもわかるほどに淡々と。 「別に。なんもねえよ」 『では、きみには早々にゲームから退場してもらいたい。いいよね?』 「拒否権はないんだろ? なら、いちいち聞くんじゃねえよ」 『心外だな。これでも礼儀のつもりなんだがね』 「そういうのは礼儀とは言わねえ。トシの皮肉の方がかわいく聞こえるぜ」  俺の耳に、階段を駆け上がる複数の足音が引っかかった。 「ああ、そうだ。

          9-9.『……結果は出たわけだが、なにか言いたいことはあるかい?』

          9-8.『タイムアップまで、あと一分』

          『タイムアップまで、あと一分』  ユウイチの声がスマホから流れて消えた。 「アプリで縛る。機種で縛る。教科で縛る。時間で縛る……」  トシは、ユウイチの声に動じることもなく、淡々と縛るべきルールを挙げ続ける。  だが、やはりルールで公正を保つ意見は末端の葉だ。相手の意見を土台から引っくりかえす森にはならない。核心を突くには、絶対的ななにかが足りない。  俺も懸命に頭を働かせてはみたけれど、なにを当てはめても答案用紙の大問に空白が残る感覚は打ち消せなかった。このまま、

          9-8.『タイムアップまで、あと一分』

          9-7.俺は、ばらばらに浮かぶ泡みたいな疑問を混ぜ合わせるように、ペンを回し続ける。

           俺は、ばらばらに浮かぶ泡みたいな疑問を混ぜ合わせるように、ペンを回し続ける。  ユウシの言葉をふと思い出した。問題を解くコツは意識して視点を切り替えること。意識しなければ、自分が森を見ているのか、木を見ているのか、葉を見ているのか、わからなくなる。  今、俺が見ているものが森だとしたら、もう一段階、細かく。  今、俺が見ているものが葉だとしたら、もう一段階、粗く。 「……試験の目的は、問題に取り組むこと」  かき混ぜて、なおも浮かんできたなにかをつぶやいてみる。

          9-7.俺は、ばらばらに浮かぶ泡みたいな疑問を混ぜ合わせるように、ペンを回し続ける。

          9-6.指先でスマホの画面を何度もタップする。

           トシが指先でスマホの画面を何度もタップする。カメラを通してユウイチにプレッシャーをかけるかのように。でも、ユウイチは片方の眉を軽く上げただけだった。 『Haste makes waste』  ユウイチはため息をついた。ほとんど間を空けずにスマホが震える。  問四  試験にスマホを持ち込むことを禁止した次の意見を論破しろ。  ・スマホを操作する音やアラーム音が、他人の妨げになる  ・試験の目的は、学業で得た知見で問題に取り組むことである  ・試験は公正でなければ

          9-6.指先でスマホの画面を何度もタップする。

          9-5.完全に詰まってしまった。

           完全に詰まってしまった。  俺は、あらためてスマホに目を落として問題を読み直す。  問三  “アルミのパペットマスターだけが、すべての答えを知っている”  この文と同じ意味の文はどれか?  1 アルミのパペットマスターは、全員がすべての答えを知っている  2 すべての答えを知らないのならば、その人物はアルミのパペットマスターではない  3 アルミ以外のパペットマスターは、誰ひとり、すべての答えを知らない 「なにか、とっかかりがあればいいんだけど」  俺の言

          9-5.完全に詰まってしまった。

          9-4.『正解だ』

          『正解だ。もっとも問題を解いたのは、トシのようだがね』 「うるせえ。ルール違反じゃねえんだからいいだろ。それより次の問題をよこせ」  苦笑いを頬に張りつけたユウイチが消えると、ゲーム画面は再び俺たちを映し出した。  三人のスマホが一斉に震える。  問二  一〇枚のカードを重ねた山が一〇束ある。見た目ではまったく区別ができないが、そのうちのひと束はすべて偽造カードで、ほかの束はすべて本物のカードだ。本物のカードの重さは一枚五グラム、偽造カードの重さは一枚六グラムという

          9-4.『正解だ』

          9-3. なるほど。ヒロムが吠えた気持ちがわかった。

           なるほど。ヒロムが吠えた気持ちがわかった。 「これを一問あたり平均五分で解けってことか」「一〇分じゃねえのかよ?」「二問で一〇分なのだよ。あれこれと考えている時間はないのだ」  トシはノートPCを取り出すと、すぐに指を走らせた。ヒロムは指を折ってなにかを数え始めた。 「それぞれで考えて、答えがわかったら手を挙げよう」  俺はペンを取り出して、三回、回した。 「四分経ったら知らせる。それまでに誰も答えがわからなかったら、一度、考えを共有しよう」  そう言ってから、

          9-3. なるほど。ヒロムが吠えた気持ちがわかった。

          9-2.『ゲームを作る者の矜持として、そんな盛り上がらない展開はありえないがね』

          『ゲームを作る者の矜持として、そんな盛り上がらない展開はありえないがね』  そんなことはわかってる。でも公平でないと言われたら、おまえのプライドが許さないだろ。  ざらついた静寂が続く。モニタの中でユウイチが神経質そうに爪を嚙んだ。 『いいだろう。好きなだけ作戦会議をしたまえ』  ユウイチは横に置いてあったマイクになにかをつぶやいた。ゲーム画面にパペットマスターから観客への通知として、俺たちが作戦会議の時間を得たことが表示される。 「本当は五分もいらないんだけどな」

          9-2.『ゲームを作る者の矜持として、そんな盛り上がらない展開はありえないがね』