9-6.指先でスマホの画面を何度もタップする。

 トシが指先でスマホの画面を何度もタップする。カメラを通してユウイチにプレッシャーをかけるかのように。でも、ユウイチは片方の眉を軽く上げただけだった。

『Haste makes waste』

 ユウイチはため息をついた。ほとんど間を空けずにスマホが震える。


 問四

 試験にスマホを持ち込むことを禁止した次の意見を論破しろ。

 ・スマホを操作する音やアラーム音が、他人の妨げになる

 ・試験の目的は、学業で得た知見で問題に取り組むことである

 ・試験は公正でなければいけない


 論破ね。俺はすかさずスマホに話しかける。

「質問だ。カウントダウンタイマーを止めてくれ」

『認めよう』

 ユウイチは言いたまえとばかりに、右手をモニタに向かって差し出した。

「俺たちが論破できたかどうかを判定するのは、誰なんだ? もし、おまえが判定するというのなら、俺たちに不利な判定をしないという保証はあるのか?」

『一応、基準となる解答はパペットマスターに提出してある。だからといって信用はしないよな』

「まさか信用してほしかったのか?」

 ユウイチは一瞬、目を見開くと、苦笑いを浮かべながら、こめかみを指で叩いた。

『では、この問題の判定は観客に預けよう。観客がきみたちの話を聞いて、もっともだと思えば、たしかに、とメッセージを打ってもらう。違うと思えば、違うな、と打ってもらう』

「納得したか、していないかの数で判定する、ってことだな。いいぜ」

 観客だって信用できたわけじゃない。それでもユウイチに一任するよりはマシだ。

『観客にはパペットマスターから判定ルールを通知する。じゃあゲームを再開するよ』

 スマホ越しにユウイチの視線が突き刺さり、俺は唾を飲んで、うなずく。

 問題はここからだ。もっともらしい反論を出せなければ、判定ルールも意味がない。

「二分間、それぞれで考えよう」

 トシとヒロムにそう告げるとペンを持つ。残された時間は四分二〇秒。

 俺は頭の中で三問目と同じようにそれぞれの意見を構造化した。どの意見も、AがBであるから、というかたちになっている。つまり――

 反論するには、AがBではない。もしくは、BであるのはAだけではない、とすれば簡単だ。

 たとえば、ひとつめの意見に対しては、こんなかたちになる。

 ・スマホを操作する音やアラーム音は、他人の妨げにはならない

 ・他人の妨げになっているのは、スマホを操作する音やアラーム音だけではない

 この場合、もっともな意見として受け入れやすいのは後者だろう。

 俺はメモ帳を開くと、ひとつめの反論を書き込む。もちろん、これだけで反論が完成するわけではないけれど、あとからこの反論に意見をつけ足せばいい。

 メモを書き終えた俺は、すぐに頭を切り換えて、ふたつめの意見に取りかかる。

 ・試験の目的は、学業で得た知見で問題に取り組むことではない

 ・学業で得た知見で問題に取り組むことが目的なのは、試験だけではない

 もやもやする。どちらも、だからスマホの持ち込みを禁止しても意味がない、という意見に直結しない。まだ、どこか見落としている要素があるはずだ。

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