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肝生検入院(1日目/2泊3日)

2020年3月4日午前11時。私は大学病院の入院フロントにいた。2泊3日の肝生検がいよいよ始まる。

預り金10万円を渡した私は、迷路のような廊下をグルグル、エレベーターを乗り継いでマップを頼りに病室を目指した。外来では知る由もなかったスケールの大きさに圧倒される。

10分以上かかっただろう。長い道のりを経てたどり着いたナースステーションで名乗ると、名前が書かれたリストバンドをつけられた。リストバンドってフェスだけじゃないんだ。未だ病人意識が低い私は、看護婦さんにバンドの長さを調整されているのを見ながらそんなことを考えていたが、パチンと手首にはめられると、いよいよ囚われの身になったんだと急に緊張が走った。

「ベッドはこちらになります。お着換え終わりましたら、身長体重を測りますのでナースステーションまでお越しください。」

通されたベッドは、6人部屋の窓側だった。外の景色はいいものではなかったものの、空が見えるというだけでうれしかった。私はロッカーに荷物をしまうと、パジャマに着替え、再度ナースステーションへ向かった。

体重を測る。事前に体重は聞かれていた。女子だもん、ちょっと軽めに伝えていたのがバレないかドキドキしながらゆっくりと体重計に乗る。そしてガッツポーズ。申請していた体重+0.5㎏だった。いいよね、このくらいなら誤差だよね。そして身長も縮んでいなかったことに一安心した。

ベッドに戻ると、看護婦さんが採血6本、血圧、酸素を測り、つづいて、これからのスケジュールを伝え始めた。1日目はいろいろ検査があるらしいけど特に制約はないらしい。こっそり持参した飴やガムも自由にしていいと言われた。そんな話の最中、ベッドの横にはじめましての手術着のような青い服を着た若い男の先生が現れた。このあと、この人がさらに説明してくれるらしい。そして会議室のような部屋に案内された。

ホワイトボードとデスクが並ぶ部屋。ちょっと薄暗くて、ひんやりした雰囲気。これから何が起きるのか、軽く不安になる雰囲気の部屋だ。できればこういう部屋はポップに明るくしてくれるとありがたいのにと思った矢先、先日診察をしてくれた主治医の先生も登場し、2人の先生がこれからのことを説明してくれた。

なぜ肝生検をするのか。今どういう状態なのか。先日の診察で私も聞ききれなかったこと詳しく教えてくれた。

ここで前回の診察の際に健康診断の結果を持参し先生に見せていたことが正解だったと気づく。あの時は軽く受け流されていたように感じていたが、そうではなかったんだ。

同じ場所で受けていた健康診断の結果には、過去数年分の数値が表示されていた。先日持って行った健康診断結果をみて先生が注目していたのはその過去からの経緯だった。そう。私もそこがずっと気になっていたんだ。

健康診断のたびに言われ続けていた肝機能数値の高値。それはだいたい、AST: 40~60、ALT: 50~100くらい。ものすごく高いわけではないけど、何年にもわたり高いということは、慢性的にダメージがあり続けているということらしい。そして今回の健康診断でAST: 364、ALT: 613をたたきだし今日に至るのだが、先生たちはこの経緯をきちんと原因を究明し、必要に応じた処置をするために、肝生検をするということを教えてくれた。肝硬変、そして癌になる前に、適切な治療をしたいと説明してくれた。もちろんリスクがあることも。検査後に肝臓の重さで抑えて止血するために数時間絶対安静が必要だってことも。

さらに、通常の肝障害だと、B型肝炎、C型肝炎、そしてアルコールが原因になることが多い。しかし、私はその可能性がない。採血の結果では免疫が怪しいが、その状態を知るためにも今回きちんと検査しようと付け加えた。

真摯に丁寧に話してくれる若い初めましての先生。その先生のフォローをしつつ、詳細を教えてくれる主治医の先生。さらに、合計で6~7人くらいの名前をだし、チーム一丸で今回取り組みますと伝えた。

え、これってこの病院の肝臓専門医一式じゃない?

そこまで本気?私はまるで他人事のような驚きを覚え、そこまで珍しい事例なのか、もしかしたら論文ネタになるレベル?なんて、無症状なことをいいことに、すごいことになってる驚きが、ある意味世界的に有名な症例になっちゃうんじゃないかという盛り上がりに変わっていくのを感じていた。盛り上がるような話じゃないのにね。自分のことなのに。祭り好きな性分はこれだから困る。

私はこの先生たちを信じようと、同意書にサインした。そして、明日よろしくお願いしますということを伝え、部屋を出た。

病院チェックインから1時間半。なんだかあわただしい。これでやっと落ち着けるのか?そう思いながらベッドに戻る。改めてベッドにぶら下げられた名札を見ると、主治医の欄に7人の名前が書かれてあった。あぁ、これがさっき教えてもらった先生たちの名前か。

そんな風に思うもつかの間、ランチが到着する。初の病院食は、白身魚の甘酢あんかけ、お野菜の煮びたしとフルーツだった。あっさりしていたが、味は悪くない。フルーツは、大好きなラフランス。うれしかった。

が、しかしだ。普段130gのごはんとおかず多めを基本としている私にとって、おかず少なめ、ごはん220gってのはきつかった。どう考えても米が残るし、米はこんなに食べれない。でも食べないとお腹すいちゃいそう。格闘する私。でもやっぱりごはんを残してしまった。いや、やっぱり無理だよ。ごめんなさい。

午後は検査が続く。外来病棟の検査室に向かい、レントゲン、心電図、そして止血検査だそうだ。歩ける私は、案内の紙だけもらって自分で行くことになった。

入院して数時間なのに、外来病棟はシャバの世界に出たようにちょっと爽快な感じがした。

ジャズが流れるレントゲンルーム、大学の実習生が同席した心電図、ピアスの穴開けられるのではと勘違いしそうになった止血検査。それぞれわりと楽しい検査だった。痛くもかゆくもない。

帰り道、目の前にタリーズが見えた。やばい、ココア飲みたい。

食事制限言われてないし、いいかな。

私はこっそりココアを飲んだ。悪いことはしていないのに、こうやってコソコソ甘いものをたしなむのは格別の美味しさがある。学生時代に先生に見つからないようにみんなでチョコレート食べたあの頃を思い出していた。

ベッドに戻った頃には少し日も暮れていた。1日がたつのが早い。そういえば、さきほど先生がエコーの検査をするって言ってたけど、それはいいのかな。一連の検査が終わり、エコーだけしてないことを思い出したのだが、入院したらゆっくりできると思っていたのに、全然そんなことなかった1日に、まあいいかと、私はベッドに落ち着くことにした。

持ってきた本を開く。読もうとするのに文字が頭に入ってこない。気持ちが揺れているのか、落ち着けてないのか。こんな時は、ぼーっとテレビにしようと、先ほど買ってきたテレビカードを挿入し、テレビをつけた。夕方のニュースでは、コロナウィルスの最新情報を伝えていた。

入院するまで、私も過敏になっていたコロナウィルス。しかし病院に入ると、まだ何も解明されていないウィルスは、基礎疾患の人が重症化すると言われてはいるがそれもまだ解明されたわけではないとの見解で、消毒こそ徹底されているものの、病院内、ことに入院病棟では大騒ぎにはなっていない様子だった。その状況に数時間で飲み込まれたのか、私もそんなに気にならなくなっていた。

夕飯は、牛肉と玉ねぎの炒め物、ナムル、おすまし、ふりかけ、そしてごはん220gだった。ふりかけつけてきたか。そうきたか。220gとの格闘に、相手はふりかけというカードを出してきた。私、ふりかけ使わないタイプなんだよね。と思いつつ、ひとまず食べ始める。お肉だからか、夕飯はわりとごはんが進んだ。肉ならば生野菜のサラダが欲しかった。なぜナムル。和食なのか、韓国料理なのかもうわからないじゃん。突っ込みながらも箸は進む。このナムルが意外といいアクセントになっていた。気づけば、ごはん220gをたいらげていた。やったー。

そして最後に気づく。あ、ふりかけ残しちゃったと。

なんだか申し訳なくおもったので、私はそのふりかけをこっそりカバンにしまった。

21時消灯まで何しようかな。暗くなった空をみながら、それほどキレイでもない夜景を見て考える。とりあえず、メイク落としをしようと、顔を洗った。そして戻る途中にあの若い先生に会う。

「もう少ししたら、エコーしていいかな」

あ。

寝る準備に入ろうとした私、いやそうだよね。時はまだ19時。これからまだあるよね。そうだよね、エコーするって言ってたよね。メイク落としちゃったじゃん。いろんな思いがあふれる中、私はきちんと「はい」と返事をして部屋へ戻った。

タイミング悪かったな、せめてメイク落とす前に会えていたら。と思いながら、化粧水と乳液だけすませる。そして、病院だ、スッピンを恐れちゃいけないと自分に言い聞かせた。

先生がベッドにやってきた。そして、ナースステーションの隣にある処置室と書かれた部屋に通された。部屋はナースステーションとつながっているようだった。そして、部屋の中にはもう一人先生がいた。この人があの7人の中にいる人なのかどうなのかはわからない。その人はエコーの機械のセッティングをしていた。そして昼間にいろいろ説明してくれた若い先生から告げられる。

「明日、ここで肝生検するから、その予行練習しようね」

え、予行練習?

入院前、肝生検とはどんなものなんだろうかと、さまざまなブログを読んで学んでいた。検査後に絶対安静が必要とか、トイレがきついよとかその辺は一通り知っていた。が、しかしだ。予行練習なんて初めて聞いたぞ。

すると、主治医の先生も現れ、いろいろ準備を始める。

「右手あげられるかな」

私は右だけ万歳した。

「ベッドちょっと高くするね」

「はい」

「合図するから合わせて呼吸してね。大きく息を吸って、吐いて止めてください。」

私は言われるがままに従った。

万歳した右側に先生がいる。そして左にはエコーの機械。先生と目が合うのもなんだか気まずいので私はエコーのモニター画面を見ていた。

呼吸に合わせて画面の見え方が変わる様がよくわかる。止めると筋肉が落ち着いて鮮明な画像が見えた。先生は、どこにしようかなとエコーをみているようだった。ある程度場所を極めると、カラー表示をオンにして血流を確認していた。

「ここだと座りがいいんだよね。座りっていうとプロっぽくない笑」

先生同士で話す様がなんだかおかしい。予行練習というだけあって、今は痛くもかゆくもないので、私も安心だ。気づけば一緒になって会話に交じっていた。

「肝臓のあたりって臓器がいろいろあってね。あと血管とかもあってね。こことか。そこを避けて刺さないといけないんだよ。」

いろいろ教えてくれる先生。面白いぞ、これ。

執刀するだろうこの若い先生の目星がついたあたりで、ほかの先生たちもエコーを見ながらほかに場所はないかとチェックに入る。

「そうやって決めつけないで別のこのあたりからも見たほうがいいんじゃない」

若い先生への指導だろうか。いいねいいね、こういう教えてあげる感じ。緊張なんて微塵もなく、この微笑ましい医師たちのドラマを応援するような感覚になっていた。

明日のプランが見えると、私の右腹に何かが書かれた。印なんだろうね。さすがに見れなかったけど。かれこれ30分くらいだっただろうか。明日よろしくお願いしますとのあいさつとともに、予行練習が終了した。

いよいよ明日肝生検。病院に来る前はどんなに恐ろしい検査なのかとビビっていたが、病院に来たら嘘にように怖さがなくなった。むしろ面白く感じている。それもこの先生たちのおかげなのか。

明日は6時に起こされるらしい。朝弱い私だが、明日朝は看護婦さんがちゃんと起こしにくるから目覚ましはいらないよということは確認済みだった。万全の体調で臨むために早く寝よう。そう思いながら寝床につく。

おやすみなさい。

寝た。私は割とすぐ寝た……はずだった。

なんか鳴ってる。目覚まし鳴ってる。

すると隣のベッドに懐中電灯ぶら下げた看護婦さんがやってきて何かしてる。やっと落ち着く。

すると数10分後、また鳴ってる。目覚まし鳴ってる。

どうやら隣の方の機械の接触が悪くなると音がなるらしい。今晩はなんだかものすごく接触が悪いらしい。音が鳴っている。不定期に、何度も何度も鳴っている。そのたび私は起こされる。

そう。

ね、む、れ、な、い。

明日に控える肝生検。寝たい、寝たいのに寝させてもらえない。夜の静寂に鳴り響く目覚ましみたいな音から自分を守りたくて、とりあえずこんな曲を聴きながら私はベッドに横たわっていた。

つづきはこちらから
肝生検(2日目/2泊3日)
肝生検からの退院(3日目/2泊3日)



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