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西海Freak Story④ 「趣味嗜好」

「お母さんテントは?」

僕は、拾ったペグ打ちに丁度良さげな岩石を右手に持ちながら言った。

「えぇ・・・うそぉ。お父さんからLINEで来た準備リストを何度も見て確認したのに」

お母さんは、車のトランクに両膝をつきガサゴソと何度も見ていた。トランクにあるボックスの中には、メスティンと鮮やかな色をした赤青黄の家族分のマグカップ。おまけにお父さんが特別な時に飲んでいるという、瓶詰のハワイアンコーヒーまでと用意周到だった。

ここまできちんと準備できているのに、肝心なテントを忘れるなんてお母さんらしいや。僕は、瓶詰のコーヒーのラベルを見ながらそう思った。

「kona。コナ?粉?」

呪文のように呟きながら、覚えたてのローマ字を(粉コーヒー)と勘違いし、おえ~となった。

お父さんは、単身赴任でいつも週末だけ帰って来る。今日は、このキャンプ場に直接来るみたいだ。

目の前に広がる大村湾に夕陽が沈みかけた頃、お父さんが駆けつけてくれた。

「ごめん、遅くなったね。渋滞していたからパールライン使ってかっ飛ばして来た」

両手には追加の飲み物と、お菓子を袋いっぱいに詰め込んで来てくれた。

何日か振りだったけど作業着姿のお父さんは、何の変哲も無い、いつものお父さんだった。

「お父さん、ごめん。テント忘れちゃった。どうしよう?」

ターブの真ん中でお肉を焼きながら、お母さんが言った。どうしよう?という顔とは裏腹に、どちらかというと美味しそう!というような顔をしている。そんな顔を見たお父さんは

「大丈夫。今日は車の中に布団広げようか!」

笑いながら早速、お父さんは車の後部座席を倒し始めた。


夜が来るとキャンプ場は静かになった。時折、パチパチと薪が燃えている音が響く。窓越しに見える夜空の星は綺麗で、車内は不思議な空間だった。お父さんが仕事で使っているプロボックスの後部座席は、スクエア型で思ったよりも広かった。家族三人一枚の布団で川の字になっている。

この両腕にお父さんとお母さんの腕が密着しているのが心地いいのだ。

気が付くと少し寝ていたみたいで、片腕にお父さんの感覚が無くなっていた。僕は思わずクルクル窓で車外を確認した。

外は更にしんしんとしていた。

車のキャリアからヤシの木に向けて括り付けていた、ハンモックが月夜に照らされ揺れている。

よく見るとお父さんが、それに腰掛け煙草をくわえていた。

しかし、お父さんは煙草を吸わない。

お父さん?

じゃあ誰?

深夜の不気味な恐怖心よりも、非日常的な高揚感が僕をハンモックに導いた。

「お父さん、何してるの?」

僕は言った。

「あっ、見つかった」

お父さんは、こっそりとゲームをしている所をお母さんに見つかった僕のようなリアクションをした。

そのくわえているのは、煙草よりもっと太く偉い人が口にくわえているような、茶色い煙草だった。

煙草をくわえているお父さんが何だか別人に見えた。

「隣に座れよ。これは葉巻と言って、まぁ大人の嗜好品てやつだ。このコーヒーとめちゃくちゃ合うんだよ」

そう言って取り出したのは、あの(粉コーヒー)だった。

「・・・」

お父さんは、とろ火になった薪の上に置かれたヤカンから、僕の黄色いマグカップにコーヒーを注いでくれた。

そして、マグカップを両手で覆いながら、フーフーと暗闇に漂った白い湯気をゆっくりと吹いた。その後じっくりとコーヒーを口に運ぶ。

正直、苦かった。舌に苦みを感じながら、今度は鼻から葉巻のいぶされたような香りが漂った。

これが大人の嗜好品てやつか。

お父さんの隣にちょこんと座り、見様見真似で愉しんだ。

「学校楽しい?」

煙を吐きながらお父さんが聞いた。

「だるい」

普段口にしない背伸びしたような言葉が自然と出てきた。

「そっか。いいね」

そう言って二人は、大村湾に浮かんだ月を眺めていた。


ーーーおわり



#西海市 #長崎県 #旅行 #キャンプ #ショートショート #エッセイ #コラム






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