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小さなギブアンドテイク

桃だったり、お菓子だったり、大きなグレープフルーツだったり。
私の家の周りではささやかなお気持ちが飛び交っている。

私は東京に住んでいる。
住宅が多く並ぶ地域で、いろいろな人が住んでいるのだろうということが建物を見るだけでわかる。
朝も夜も誰かが必ず歩いているし、街は明るい。だけどそのほとんどの人が知らない人だ。
なんか見たことあるようなないような・・・それでいてどこに住んでいるかもわからない人たちと多くすれ違う。
そのうち何も感じなくなるが、なんだか不思議な感覚だ。

東京出身の私にとって人が多くいるのが当たり前なのだが、仕事でいろいろな地域に住んでみて東京の異常さがようやくわかった。どこと比べてもとにかく人が多い。知り合いと街ですれ違うことなんてほとんどないし、それでいてテレビの撮影で芸能人が急に街角から現れたり。
東京の外に住んでみて、その特異性がようやく理解できた。 

私はこれまで一人暮らしを3〜4箇所でしてきたが、近所への挨拶ということはしたことがなかった。
理由は簡単。恥ずかしいからだ。1~2年で引っ越すだろうし、周り近所を知らなくても生きていける。それに周りに知られていたりすると変な噂を立てられたり、いろいろと面倒なことに巻き込まれるのではないかと思っていた。

だから近所の人とすれ違っても、「ちわ」くらいの挨拶しかしなかったし、耳にしていたイヤホンは外さなかった。相手も相手で、会釈したんだかしないんだかわからないくらいの動きをして、すーっと去っていった。
「なんか失礼な人だな」とか、自分のことを顧みず勝手なことだけ思った。

初めて一人暮らしをした時、築50年くらいの古い団地に住んでいた。
駅近の立地、また、私が団地が好きという謎の特性を持っていたからこその選択だった。
団地生活はとても楽しかったが、近所の人とはほとんど会うことがなかった。たまたま同じ団地に仕事の知り合いが住んでいることを知ったときは少し湧いたが、結局団地で会うことなんてほとんどなく、寂しさを感じながら、そして隣とか上の人のちょっとした物音に「なんだ?」と少し怪訝に思って過ごしていた。

そして極め付けはネズミが水道管を食い破って、下の階が水浸しになった。
「なんか嫌なところだな」と思って引越した。私の夢の団地生活はなんだか嫌な思い出のまま幕を閉じたのだった。

そして月日は5年6年と経ち、今の家を借りる時に「近所付き合いを頑張ろう」と決めた。
人がたくさんいるのに希薄な関係ばかりの東京に違和感を持ったし、せっかく気に入った物件なのだから周りの人とも仲良くしたいなと思ったからだった。

初日。ドキドキしながら大家さんに桃を持っていった。パートナーの地元で採れたもので、私もパートナーも大好きなものだ。
何を話したか覚えていないけど、引越しの挨拶と自分たちが男性同士のカップルだと伝えた。
ただそれだけだが、なんだか少しこのマンションが自分の家と思えた瞬間だった。

そして後日、向かいに住む人たちにお菓子を持っていった。
自分たちが男性カップルであることとかを話して、さらりと終えた。
相手の名前も聞いたけど、なんだか緊張して覚えられなかった。でもしっかりと笑顔で話せて、それだけでいいなと思った。

大家さんもご近所さんも、お返しとしてグレープフルーツやお菓子をくれた。
どちらも知り合いからもらったり、近所の美味しいお菓子やさんだったりと、その人たちが懇意にしているところを知れて、なんだか心が温かくなった。

その後、生活はとくに変わっていない。
会ったら挨拶して、なんとなくお互い同じマンションですよねって目線でやりとりするだけだ。
でもその何気ないことが、自分がこの街に住んでいるんだなと実感があって、意外と嬉しかったりする。自分からちゃんとアクションを起こしてよかったなと思う。居心地の良さは自分で作るのだなと思った。

太が引っ越した。実はこれまでかなりの近所に住んでいたけど全然会えていなかった。
太が大好きなあの街にいってみようかな。太も近所の人に笑顔や楽しさを与えていたらいいな、なんて思った。


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