【小説】媒介 その五 走りだせ!

高層階で停止したままのエレベーターを横目に階段をリズムよく飛び降りた。
マンション二階でよかった。
火事の時も電車に遅刻しそうな時もここなら間に合う。
今回も間に合うか。
坂を下ったところで抗えないスピードダウンが襲って来た。
肩で息をし、辺りを落ち着きなく見渡す。
二人の影を隠すように、先ほどと打って変わって、わらわらと人が出てくる広場。
ジョギングランナーや自転車に乗った主婦が威嚇する暴走族のように自分を中心に通り過ぎる。
気づくと自分の呼吸を整えることに必死になっていた。
とぼとぼと坂を登る男の横をびゅーんと駆け抜けてゆく子供たち。

深く息を吐き、申し訳程度に居間でコーヒーをすする。
冷え切ったコーヒーはまだ美味しく、数分前より苦かった。
あの時、ベランダから声をかけていたら。
久しぶりに自分の日和見主義を悔いた。
とりあえず仕事でもしよう。
立派な大人らしさで自分を慰め、もやもやを一度払拭したかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?