VTuberアバター存在論 2021――VTuberのあらゆる形・姿
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VTuberアバター存在論 2021――VTuberのあらゆる形・姿

 バーチャルリアリティのバーチャルが仮想とか虚構あるいは擬似と訳されているようであるが,これらは明らかに誤りである.バーチャル (virtual) とは,The American Heritage Dictionary によれば,「Existing in essence or effect though not in actual fact or form」と定義されている.つまり,「みかけや形は原物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」であり,これはそのままバーチャルリアリティの定義を与える.
 バーチャルの反意語は,ノミナル(nominal)すなわち「名目上の」という言葉であって,バーチャルは決して リアル(real)と対をなす言葉ではない.虚は imaginaryに対応し虚数 (imaginary number) などの訳に適している.因みに,虚像はvirtual imageの誤訳である.

――「バーチャルリアリティーとは」(2012年1月13日)
日本バーチャルリアリティー学会 初代会長 舘 暲 

キズナアイが誕生し、5年が過ぎようとする今。VTuberカルチャーは更なる発展と繁栄を築いている。その中で「VTuber」のもとの言葉であった「バーチャルYouTuber」の言葉を聞く機会は少なくなっていると私は感じている。

今VTuberというワードを中心とした世界に目を向けようとすると、かつてはキズナアイを中心に数えられるほどしかいなかったVTuberの数は、ずっと右肩上がりであり、現在は多種多様なVTuberが存在する。

業界やコミュニティの動向の中では「#中の人を晒してガッカリさせようキャンペーン 」なるハッシュタグがVTuberに関連するワードとして今年7月に一時Twitterでトレンド入りするなど、かつては中の人について触れることも許されなかったこの世界の中で、VTuberそのもののあり方が変化しているように思う。

今回のnoteでは、様々なVTuberの存在の仕方について考察する。なお、私見が多い点についてはご了承願いたい。

先行解説:

VTuberのあり方を語るのは難しい

去年末から今年はじめにかけ、VTuber関連で話題になったコラムに「2020年激動のVTuberシーンを総括 今のVTuberを語ることはなぜ難しいのか?」というものがある。この中でライターで漫画研究家の泉信行氏は

また、無理に「VTuberの定義」のようなものを考え始めると「共通点が完全に重なる者」だけを仲間に入れようとしてしまいがちだが、実際はこの図のように「中心」になりうる概念がそもそも分かれており、場合によって重なる領域がある、と考えたほうが実態に合っている。

——「2020年激動のVTuberシーンを総括 今のVTuberを語ることはなぜ難しいのか?」(2020年12月31日)
KAI-YOU  執筆: 泉信行、編集: 森田将輝

と述べており、下記の様な図を掲載している。

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(上記記事より引用)

これは、「アバター」「VTuber」「バーチャルタレント」の関係性を表したもので、それぞれの3つの円はその関係の領域を示している。本文中、泉信行氏は

1万3000人まで増加したと言われるVTuberの大部分は、この「アバター」と「VTuber」と「バーチャルタレント」のあいだをふわふわと揺れ動く存在だと思っていい。

当然、明らかな「タレント」は一握りで、残りはほとんど「アバター」の在り方に近く、両者をまたいだグラデーションとして「VTuber」が存在するのではないか。

と述べている。

現在でもVTuberシーンは本文にあるように「『メディアの報じられ方やコラボ関係を通じてVTuberの仲間として認められる』文化になっている」と指摘できるような状況にある一方で、ksonやP丸様。なども参入。境界線がさらに曖昧な存在が一部増えていると私は考えている。

アバター軸: 空間と現実性

また、「アバター」という軸のみに注目すると、この図では語れない要素が発生してくる。

それが、2Dアバターや3Dアバターといったアバターの空間軸と実在の人間がVTuberを自称する、フォトリアルや現実背景、XTubeといった現実の空間軸である。

空間軸: 2Dと3D

空間軸については、今語るも古い話とはなるが、バーチャルYouTuberが爆発的に人気を獲得した2017年末から2018年上旬上旬にかけては、キズナアイをはじめとするバーチャルYouTuber四天王などの影響もあり、3Dモデルを使用していないVTuberをVTuberとしてみない動向があった。

その動向は現在ではごくごく限定的であり、知る限りでは原理主義的に唱える者を見かけることは概ねないと言えるだろうが、当時は確かにあった動向である。それらは「#VTuber学会 」のハッシュタグを振り返ることで確認できるだろう。現在は、VTuberの表現の領域の広さが増えるといったところで、3Dが重視される面はあるが、多少優位性においてもフラットになってきているようには感じる。

現実軸: キズナアイに似たものたち

現実を取り入れた表現を語る前にはまずはVTuberのキャラクターデザインについて振り返らなくてはならない。

初期に活動していたバーチャルYouTuberの多くは、キズナアイに似た存在であったことにより、日本のアニメに似たキャラクターデザインの者たちでだったと思う。Moguliveの記事の中でライターのたまごまご氏は富士葵がビジュアルを変更したことについて下記のような見解を示した。

当時の視聴者は、いろいろな意味で驚きの声をあげていました。彼女はいわゆるアニメ調のキャラ造形ではない。NHK番組風で好き、安心するという人もいました。田舎っぽい、地味と言う人もいました。コメント欄を見ると、出始めの時の反応がよくわかります。今でこそいろんな造形のVTuberがいますが、当時はキズナアイやミライアカリのようなシャープなデザインが主流だったため、彼女のモデルは一風変わったものとしてとらえた人が多かったようです。
――「歌姫女子高生VTuber「富士葵」に多くの友達ができた日」2018年5月6日
Mogulive たまごまご

ユーザーローカルのVTuberランキングを見ると、例外は存在するが、ある程度デザインに一定の傾向が見られ、現在でもこのアニメ風の造形、シャープなデザインはある程度踏襲されていると思う。

記事冒頭で引用、紹介したように、日本バーチャルリアリティー学会 初代会長の舘暲氏は原義を訳したうえで「バーチャルは決して リアルと対をなす言葉ではない」としているものの、私の体感では、現在のVTuberを語る上ではバーチャルとリアルは対なるものと考える者も少なくないと考えている。

実際に「#中の人を晒してガッカリさせようキャンペーン」なるハッシュタグがトレンド入りした際には、本質的に顔をネットに公開する有無についての議論もあったが、VTuberという存在が現実の顔を出すことについても賛否両論に分かれていた。晒している者の中には、2.5次元VTuberと名乗り、もとより現実世界で生きていることを公言する者もおり、一概にその晒すことが否定できない状況にあったように思う。

その一方で、HIKAKIN氏がVTuberになる旨の動画投稿をすると、瞬く間にVTuber業界・コミュニティ内外で高評価を得ていたのは記憶に新しく、「#中の人を晒してガッカリさせようキャンペーン」を否定する一方、顔を晒している現実の人間がVTuberになることに対しては喜びの声をあげる者がいたことは、私から見れば矛盾しているようにも思えた。

▲VTuberとしての姿を発表するHIKAKIN

現実軸: 仲間はずれのフォトリアル

VTuberの文脈から外されてしまった領域の中には、フォトリアル、バーチャルヒューマンといわれる概念がある。

コンピュータグラフィックスで現実の人間に出来る限り近づける。世界最初のバーチャルYouTuberとして持て囃されたAmi Yamatoもそのひとりで、国内のVTuberの関連領域で著名なものではKAMITSUBAKI STUDIOのte'resa、サントリーの山鳥水生、Sayaなどがあげられる。

これらは現実に近い見た目をしていることから、その内の多くはVTuberに紐付けられることは少ないが、キズナアイ以前にCGでYouTuberをしていると認知されていたAmi YamatoがVTuberとして認知された様子を見ると、VTuber的な活動をするものがいるにも関わらず、紐付けられることがないことを私は不思議に思う。

▲te'resa。一応にもKAMITSUBAKI STUDIOの一員であるにも関わらず、残念ながら魔女たちと並ぶほど人気があるとは言える状況にない。マーケティングだけの問題なのだろうか?

▲山鳥水生の投稿。普段はおつまみになるような簡単な料理動画を多数Instagramにアップしている。

さらに、これらの存在の主戦場はInstagramなどであり、VTuberの主戦場といえるTwitter、YouTubeではない。泉信行氏が「2020年激動のVTuberシーンを総括 今のVTuberを語ることはなぜ難しいのか?」の中で述べている抜け落ちる情報の側にあるのではないかと私は考えている。

現実軸: モニター越しではあなたと対話できない?

斗和キセキのデビュー時をあなたは知っているだろうか? 覚えているだろうか? 斗和キセキは背中に背負った三角のせいでアストレイと言われた。それは図らずと彼女の面白さを一躍有名にさせた。

彼女はネタとして消費されてしまっている一面がある一方、初の投稿動画である実写のバンドと交えた「RAINBOW GIRL」のカバーMVはその歌唱力、映像表現共に目をはるものがある。

この斗和キセキが歌った「RAINBOW GIRL」。まさに今回の話題について考えられる歌詞が含まれている。

初めて貴方と出会ったのは 箱ばかりの小さな6畳間
メガネ越しの貴方の瞳は キラキラ輝いてた

それから一ヶ月 朝から晩まで二人きり
生きる世界が違うこんなわたしに 貴方は優しくしてくれた

ごめんね 画面から出られないの 私は2次元の女の子
どんなに気持ちが高ぶっても 貴方に触(ふ)れられない
ごめんね 本音が口に出せないの 私は2次元の女の子
決められた台詞通りにしか 貴方と会話出来ない
――「RAINBOW GIRL」
5ch(旧2ch)「作曲できる奴ちょっとこい」>>673(ID: RuhyKc8n0)

歌詞はゲームキャラクターと人間の関係性について触れたものであるが、VTuberに絡めてこの歌詞を再考することができるだろう。

VTuberはゲームキャラクターとは異なり、決まったコミュニケーションが行われるわけではない。配信などでは、コメントに対して反応をするように、人間と同じくコミュニケーションを取れる存在といえるだろう。それは先述の斗和キセキにも言えることだ。

斗和キセキは、ロケ動画を数多く投稿しており、タブレット端末ごしにコミュニケーションをとる演出が取り入れられている。ドライバーに指示をしてドライブする様子は実に取り組みとしては面白いと思う。

▲ 響木アオは数々のバーチャルの表現について取り組んできているが、バーチャルライブの取り組みもかなり早かった。モニターごしでライブを行っている。

▲Weatheroid Type A Airiの3D姿の初登場。相互的に会話ができているのがわかるだろう。ニコファーレで行われたこのイベントもウェザーロイドそのものもMIRO氏などが携わるドワンゴのCGチームの賜物だ。

▲キズナアイの5thライブ。モニターと現実の境界線が最早わからない。

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▲タピオカミルクティーを押し付けられるsomunia。電子の存在である彼女はタピオカミルクティーを飲むことは出来ない(ツイート)。

そもそもこういった演出を早く取り入れているのは、初音ミクをはじめとするVOCALOIDのライブといえるだろう。

「マジカルミライ」や感謝祭イベントをはじめ、VOCALOIDたちはステージ上にあるモニターに上映されるケースやレーザー照射されるケースなどがあり、それぞれの方法で歌や踊りを披露している。VTuberのライブは技術において一部はその非同期的な延長線上にあると考えられる。次章においては、このようなレーザー照射でのライブに近しい事例を紹介する。

仮想現実: さらにバーチャルとリアルは混ざり合う

現実と仮想は対するものではない。故に混ざり合うことがある。バーチャルな存在は時にリアルに来ることがあれば、逆に我々もリアルにいながらバーチャルと交わることも出来る。バーチャルとリアルが混ざり合った歴史は古く、私が知るうちでは、1988年まで遡る。この年は、映画「ロジャーラビット」と特別番組「FNSスーパースペシャルテレビ夢列島」が公開された年であり、リアルとCGキャラクターを組み合わせる取り組みが国内外で行われている。

「ロジャー・ラビット」では、現実の人物とともにディズニーのキャラクター、ロジャー・ラビットが登場。キャラクターがカメラを通して芝居を打つ姿は、今見ても恐らく多くの人にとって興味深い作品だと思う。

「FNSスーパースペシャルテレビ夢列島」は複数回放送されているが、今回言及しているのは1988年に登場したキャラクター、ノケゾリーナのことだ。
当時のフジテレビは世界に先駆けてCG合成が撮影できるスタジオの開設とその技術開発を行っていた。その動向は映像業界の最先端を駆け抜けてきたNHKよりも早かった。その結集が「FNSスーパースペシャルテレビ夢列島」でノケゾリーナとして公開されたのだ。
ノケゾリーナの特筆すべき点は、リアルタイムレンダリングという点にある。この試み、正直言おう。「アホである」。
当時のCG技術といえば、普通にレンダリングするだけで多大な時間を要していたことだろう。また、当時ハリウッドでやっと可能にしたと言われることを国内で可能にさせた技術力とチャレンジ精神は伊達ではないのは確かだろう。この技術がこの数年後にテレビ業界の注目の的「ウゴウゴルーガ」になったことは知られていない。

バーチャルYouTuberの経脈の先には、1990年代後期から2000年代初頭にかけ流行したバーチャルアイドルというカルチャーが存在した。その中でもキズナアイのようにパイオニアとも言われる伊達杏子はポニーキャニオンが予算をかけて仕掛けた壮大なプロジェクトだった。今年1月に、その当時の担当者が朝日新聞でバーチャル美少女ねむとともに取材を受けていた記事があったので抜粋しよう。

ヘアメイクを付け、米国で撮影した段差ーの動きをCG化する力の入れようだったが、当時の動画制作費は1分間で数百万円。人気は長く続かなかった。

――「フェーストゥフェース コロナ時代に: 3 容姿を造る時代」
朝日新聞 48336号 2021年1月4日朝刊14版 社会面1面

現在この言及されてるMVは、伊達杏子その娘の伊達あやのの初代引退とともに非公開化されてしまったため、この記事ではお見せすることが出来ない。実際の映像は、技術の進歩によってモデルなどがチープに見える箇所もあるが、現実の写真を背景に歌を歌う様子に当時の最新技術が使われていたこともあり、その先端さは今に通ずるところがあるだろう。

また、先駆者ばかりを紹介するのも癪かもしれないが、元祖とも呼ばれるAmi Yamatoやウェザーロイドは背景がリアルなものを使ってきている。こういった文脈は歴史を漁れば漁るほど出てくるうえに、「ビットワールド」などのCGを使用した番組、映画を含めて人々に受け入れられてきていたと思う。

こういった文脈の中で忘れてはならない存在の1つとして、鳩羽つぐをあげておかねばならない。

鳩羽つぐは、西荻窪を舞台にしており、その背景は実に現実的な仮想空間と言える。

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▲画像中央にある青い屋根のお店は、実際の西荻窪にある熱帯魚屋だ。至近距離で撮ることは店主からの目もあったこともあり、難しかったため、遠目で撮らせていただいた。

鳩羽つぐは動画の空気感と謎めいた作風で動画が上がるたびに熱中するファンが増える人気ぶりだった。その人気の背景にリアルに近い背景、リアルな背景を使用していたことは間違いないだろう。

歴史的な話ばかりになっていたので最新の話もしていこうと思う。

今年行われたキズナアイのUSツアーやにじさんじARライブ、KAMITSUBAKI STUDIOが行うライブでは、XR技術を使用し、まさにバーチャル空間に自然と人がいるという空間が形成されていた。最新の技術をフル活用すれば、現実世界とバーチャル世界の垣根などないように見せることができ、共存することを可能にできる。
勿論、キズナアイの場合はトップランナーであり、資金的な優位性などは多少なりともあるだろうから、そういった面で打ち勝つのは個人事業規模ではかなり難しいと思うが、将来的には、可能なのではないだろうか。


また、このキズナアイのようなライブやMVの形式のような制作・開発を進めているものがVTuber関連だけでなく存在する。例ではTomorrowland、Coldplay、Moment Tokyoなどがある。アフターコロナの際に今後継続的に行うかは不明であるが、夢のある話だろう。

また、ここまで境界線が曖昧になるほどの完成度にならずとも、下記のナギナミのようにバーチャルの中にモニターがあるようなやり方でも十分に演出になりえることは付け足しておこう。さて、次はこのライブを行ったナギナミについても触れていこうと思う。

仮想現実: クロスするバーチャルとリアルの試みたち

皆さんはナギナミをご存知だろうか?

基本的な姿はアバターであるが、彼女たちは料理をする。料理をする際に見える手はリアルないわゆる"はんなま系"のXTuberのである。

彼女たちは料理やロケ動画を得意とし、バーチャルながらもリアルの表現をうまく利用してVTuberの表現の幅を広げている。

かつてよりこのようにリアルな手を出すVTuberは存在しした。

現在ではVTuberの中でも中心的な人物である天開司、因幡はねる、犬山たまき※などのVTuberもリアルな手を出す動画を投稿しており、ナギナミのように、はんなまであることを活動の主軸におくVTuberはあまり出現していないにせよ、影響力ら大きいだろう。

※なお、犬山たまきは佃煮のりおとして実際に顔や手を移している点においては特殊であると言える。

また、リアルな体にあたまだけバーチャルという表現も出現している。

アイデアクラウド公式VTuberとして登場したアイデアクラウドちゃんは、わずか約160人というチャンネル登録者数で再生数も振るわず、活動を終了したVTuberだ。

しかし、活動が終わってしまった彼女ではあるが、体はリアル、頭はバーチャルという表現だけでも十分に伸びるポテンシャルはあったように思う。活動中、その姿でいたことはあまり多いとは言えないが、AIを作成する、Zoomで専門家と対談する配信をするなど面白い試みを多数行っていた。残念ながら、私はその姿や名前は聞くことはあったものの、その活動の内容を知ったのはナゴヤVTuber展以降であり、活動末期だった。もっと評価されてほしかったと後手ながらに思う。

また、VTuberとは自称してないが、Youtubeチャンネルに「カンペで解説! みんなが知りたい裏テレビ」というものがある。こちらでは頭はAnimojiで出来ており、仕組みそのものは簡素なため、表現では顔の向きや口パクなど精度は低いが、発想はアイデアクラウドちゃんと相違なく、既存の技術を使用して顔を隠すこのやり方そのものはかなりうまいと思う。

現実: バーチャルはリアルへ  VTuberのリアルへの指向

昨今、VTuber周辺では現実の身体をそのまま晒す表現が出てきている。

長瀬有花は、今最新の動向の中でも注目すべきVTuberの1人だろう。私も最近紹介してもらって知った1人ではあるが、ライブのリアルの姿を陰で見せながら、アナログモニターからバーチャルの姿をさらす様子に胸打たれた。

RIOT MUSICという道明寺ここあなどが所属する箱の中に1人、バーチャルとリアルの間をゆらゆらとする存在。リアルとバーチャルを対比的に見ているのであれば、異質と思うことだろう。しかし、その異質さこそが面白さなのではないだろうか。

コスプレによって姿を示すケースも増えつつある。

あおぎり高校の音霊魂子は、ASMRを中心に配信するVTuberの中ではトップランナーの1人だろう。一方で、今年4月1日にはエイプリルフールとして、配信する自分の姿を映す放送事故を起こした。その際、アバターの制服を着た姿だった。

アダルト要素があるので、未成年におすすめすることは出来ないが、ますかれーどでは、メイドたちが実写で登場する配信を行うことがある。また、有料で入れるオンラインサロンでは、実写姿の演者と密にリアルタイムコミュニケーションを楽しむことが出来る。

これらの共通点は顔が見れないことにある。多くのVTuberの実写要素のある動画では、現実よりもキャラクターに寄せた姿を見せ、そのキャラクターを基調とした配信を行っていたのが鉄則だった。

その一方で、完全に現実の人物とVTuberの境界がさらに曖昧になってきているパターンも存在する。

▲最近話題のミトゥンは、自分のバーチャルの姿をコスプレし、顔も晒すことで7.5kRT、6.3万ものいいねを獲得している。

▲御子柴しげは、2.5次元VTuberを自称し、バーチャルの姿を中心に活動しており、時に「2.5次元の姿」で活動することがある。

▲辻麗月は、自らの活動の幅を広げるためにリアルの姿を見せる選択をした。

先述のようにこのようなVTuberたちは「#中の人を晒してガッカリさせようキャンペーン」のような批判にあうことがある。しかし、各々は自ら選択をして活動をしており、元々定義が曖昧であるVTuberというのに「それはVTuberではない」と頭ごなしに批判することは避けるべきであると私は思う。

最低限、コンテンツを受給し、咀嚼して、そのコンテンツを評論してほしい。なぜそのVTuberがリアルを取り込んだことでマイナスと思ったのか。そこを考えて欲しい。ただ否定するだけでは、何も生まれない。誰も幸せにならないからだ。

御子柴しげは、オーディション「ミスiD2022」の参加の際に下記のようなツイートをしていた。自らの選択で新たな概念を生み出そうと奔走しているのだ。そして、その概念でオーデイションに出場し、新たな道を切り開こうとしていたのだ。

私たちがVTuberというものを狭い狭い考えで縛っては、新しい存在や表現は生まれないだろう。「黛灰の物語」を引き合いに出すが、私たちが渋谷や新宿アルタの様子を見てなぜ衝撃を受けたのか。それは「黛灰の物語というシナリオに取り込まれたから」というだけではないだろう。代替現実的なリアルタイムでのパフォーマンス、そして非同期的な展開として下記映像最後の演出があったからこそ、さらに盛り上がったのではないかと思案している。

VTuberとは何か? それは永遠の課題だ。私もWikipediaに定義を書く際には、難儀した。

これからのVTuberの方向性を決めるのは「プレーヤー」であり、「バーチャル」であるVTuberだけではない。「観測者」であり、「ファン」である、私たちがどう考えるかにもかかっていると私は思う。

Realを受け付けるかどうか、Virtualと対であると考えるかはあなた次第だ。

月光が落とした影は夢か現か

仮想と幻想の坩堝となったこの世界で
貴様の信じたものだけが真実だ
ーー九条林檎「月下宴」より

参考:
・「グラフィックスとCAD」44巻5号 [リアルタイムアニメーションのヒューマンインタフェース] p2 1990年5月18日.
・学士論文: 「バーチャルアイドル(キャラクター)コンテンツにおいて有効な戦略と
今後の展望について
」高知工科大学マネジメント学部 井上亮平 2013.
・「バーチャルユーチューバの三つの身体:パーソン・ペルソナ・キャラクタ」Lichtung Criticism(ナンバユウキ)2018年5月19日

他多数。なお、引用部については本文を参照せよ。

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フリーライター。VTuberの音響スタッフなど音響分野で活動。 2020年にニコニコニュースオリジナルに一時寄稿。 現在、VTuber関連での執筆なども行っている。