見出し画像

朝茶事の記憶

まだ若い頃 ある人によく呼ばれた 早朝5時の席入り 家を3時半に出なければならないので 寝ずに伺うこともあった 4時半過ぎに到着すると すでに縦列駐車の車が2台 ドア閉める音も しめやかに「参りましょうか」と見合わせて門へ 3人をあと押しするようにヒグラシがカナカナと鳴いている 

水が2~3度まかれた跡匂わす玄関 手がかりを開ける ガラスの金魚鉢の脇に冷えたおしぼりが置かれている 襖を引いて寄付で靴下を改める 小盆の新渡汲出しに氷が揺らぐ あらかじめ指名されていた正客から腰掛のある露地へ 莨盆の火入は上野か出雲か斑釉を論ずる客 そこへ真顔のご亭主が迎えつけに来られる 客 笑いをこらえて神妙な顔 ハンカチをくわえる つくばいの前  足元あやしく草履引きずる飛び石 躙口に扇差し入れヨッコイショと席入り

暑苦しいのを嫌って 床と風炉前の拝見に長居はしない 客ABCチンと座って亭主の「ようこそ」に僅か一言ずつ礼… 炭が持ち出されると急にうるさくなる客 炭斗は島物だろうか 唐物と違ってどこかエキゾチックな編み様 金味鈍い鐶 火箸の象嵌が光っている 香合は青貝 拝見済んでお返ししたあと 「唐物でなく和物です」という亭主の正直に もう一度見せろと大ウケする客 その声にまんざらでもなさそうなご亭主……

懐石の膳持ち出されて なまぐさ無しの向付は湯葉 「ひょっとして お手造り?」とひやかす客に亭主答えずニヤリ 皆車なので略儀の盃事 でも厚かましくトクリ石盃だけはなめるように拝見 太陽がギラつく前にお濃を練らねばならない亭主は あせっている 

念入りに用意しておいた主菓子を客の御持たせ麩饅頭に差し替えるご亭主 あまり手造りが過ぎると暑苦しいと遠慮したのか…

中立ふたたび露地腰掛へ 蚊遣りが終わりかけているところに振鈴が鳴り渡る……
早く席で涼みたい客は形だけ しゃがんで急ぎ足 濃茶「お三人さんで」を飲みまわして続き薄の頃には炭衰えて仕舞い点前…… 亭主一礼して退いてすぐ 冷えた水菓子と箱次第を披露 覆紙の添え書き 古筆の極め 仕覆風呂敷を鑑賞して涼むどころか かえって熱くなる客連 外はヒグラシでなく もう違う蝉が鳴いている そろそろ帰ってくれないかという心をちらつかせるご亭主 おずおずと水屋に下がって仕方なさそうに麦茶を持ち出して来られた……

昔昔の話し
.
.
.
#朝茶事 #茶事 #茶の湯 #茶道 #茶懐石  

#炭点前 #香合 #茶碗 #茶道具


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?