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短編集 | とある街で | 6:00 p.m.商店街、再会コロッケ

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
(2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)


パートを終え、旦那のスーツを取りにクリーニング屋に行き、その足で商店街に買い出しに来た。娘のお迎えまで三十分。肉屋へ向かう。

駅前の商店街は、私が子どもの頃からほとんど変わっていない。八百屋、金物屋、一昔前のデザインの服が並ぶブティックなど、昔ながらのお店がそのまま残っている。郊外にできた大型ショッピングモールの煽りは受けているものの、近隣の人にとっては、未だ地域の台所である。

肉屋のショーケースの前で、きれいな人だな、と思った直後、横顔を二度見した。
アキだ、と思った瞬間、お互い目が合った。
「あれ?」「やっぱり?」「だと思った!」
一瞬で高校時代に戻った。

高校時代、バレー部だった私たちは、部活帰りにこの肉屋のコロッケにお世話になっていた。
アキは今、外資系の会社で働いていて、たまたま地元に出張になり、懐かしくて肉屋に立ち寄ったという。

「コロッケ、まだちゃんとあるの嬉しい。」
揚げ物を注文すると、お店のおじさんが揚げたてを薄い紙袋に入れて出してくれる。アキは仕立ての良いジャケットの腕をまくり、そのまま店先で豪快に齧り付いた。さくっ。衣の音が小気味良い。

「今日は実家に帰るの?」
「うぅん、このあと7時半の新幹線で戻るんだ。」コロッケを頬張りながらアキは言った。
「忙しいんだね。」
「頑張りがいはあるかもね。でも、」
それを言ったら、とアキは笑った。
「ショウコもめちゃくちゃ頑張りがいがあるじゃん。娘ちゃん、さきちゃんだっけ?ユウコから子育てしてるっていうのは聞いてた。ショウコの家族を支えるのは、ショウコにしかできないんだから。」

そうだ、アキは十代のときから変わっていない。バレー部のエースで、勉強もできて、高校生には見えない大人っぽい美人だった。いつも嫌味なく、相手を立てる。自分の凄さなんておくびにも出さずに。そういうところがうらやましくて、嫌で、避けたりもした。でも本当は、自分と比べて自己嫌悪に陥っていただけだった。

「コロッケ、味変わんないね。」
「うん。昔はおやつに食べてたけど、最近はおかずにして手抜きさせてもらってます。」
「上等。おいしいもん。」アキは紙袋をくるくるっと丸めてぎゅっと握った。

ひさしぶりで嬉しかった。こっちこそ。手を振って別れる。アキは駅へと向かった。ローヒールを軽やかに鳴らして。

重いレジ袋を持ち上げ、携帯で時間を見た。保育園のお迎えは自転車を飛ばせば間に合う。

アキに言われなくてもわかっている。
こういう日々をこなしている自分が、今は、結構好きだ。

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