匿名な有名。

彼は、「詞屋」という名前で、詩を書いていた。
その詩を動画サイトで発表したらフォロワー数が240万人になり、初めて出した詩集が、ベストセラーランキングで三週連続一位を獲得した。
彼はまた、「ぴーちょん」という名前で、イラストを描いていた。
そのイラストはインスタから広がっていき、世界中でファンが増え、全米一位のミュージシャンのジャケットに採用され話題になった。
他にもまた「チョコ診んと」の名前でオリジナルCGキャラの占いサイトを作り、予言並みに世界の流れを当てるサイトとして人気を博していて、
「プリンデス」の名前で、自作のお菓子のレシピが料理サイトでバズり、
「根性論派」という名前で、ハードボイルドな音楽を販売して、バラエティー番組では毎日どこかで必ず耳にする効果用フレーズとして使用されていた。

他にも幾つかの名前でいくつかの活動をしているが、すぐ捨てた名前もあるし、ゆっくり育てている名前もある。

だけど、実際の彼の顔は誰も知らない。

浅香唯と羊文学と小沢健二を聴きながら一時間かけて湯河原のガストに歩いて行って、モーニングを四十分かけて食べていても、誰にも声をかけられることはない。
有名であるというのは顔が知られないということであると、名言ぽいことを呟いたとしても誰も耳を傾けない。

そういうことが心地よいと彼は密かに思っていた。