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縦笛が死んだ。


縦笛が死んだ。
モノにも「生命的」な時間があり、そして、「死」がある。
ずっとずっと生きているものもあれば、あっけなく死んでしまうモノもある。

縦笛は、当初雅美ちゃんの所有物だった。
生き生きとし、輝いていた。
縦笛は、雅美ちゃんに大事にされていることにより、自信と輝きを放ち、雅美ちゃんに憧れる男子たちに、羨望の眼差しで見られていた。

それがある日、雅美ちゃんがいない放課後、一人の少年が、その雅美ちゃんの縦笛が気になってしょうがなくなり、手を伸ばすと、その輝きに見とれた。
少年は吸い込まれるように、縦笛の音を奏でたくなる衝動にかられ、「ピロッ」と音。と、同時に、女子三人がクラスに入ってきて、その少年に気づいた。

少年はびっくりと仰け反り、「翼をください」を吹き始めた。
堂々と、そして、繊細に、綺麗な音色で。

次第に、クラスメイトが集まり、その中に、雅美ちゃんもいた。
少年は、音色に集中し、サビの部分に差し掛かった時、
「フーフー……」
と、突如音がスカスカになり、出なくなった。

縦笛が死んだ瞬間だった。

少年は、ブルブル震えながら、「あれ、オレのじゃないじゃん」と言った。

雅美ちゃんはその場で泣きだし、縦笛は、その後誰にも奏でられることなく、その存在が忘れ去られていった。

「それが私が音楽を目指したきっかけです」
と、少年は大人になり、世界的フルート奏者となり語った。

いやいや。



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奥田庵 okuda-an
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