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出歯亀伝説 ①出歯亀とは何か

 「出歯亀(デバカメ)」という言葉、もしかしたら、すでに死語かもしれない。それでも、「岩波国語辞典」や「三省堂国語辞典」、そして、「大辞林」など、現在使われているほとんどの辞書の見出し語になっており、つまりは、すでに市民権を得ている言葉だと言えるだろう。例えば、「広辞苑(第七版)」では、「(明治末の変態性欲者、植木職の池田亀太郎に由来。出歯の亀太郎の意)女湯をのぞくなど、変態的なことをする男の蔑称。」とされ、他の辞書でも、ほぼ同じように定義されている。要するに、性的暴行事件の犯人とされた池田亀太郎のあだ名から発生した新語であり流行語、さらに、その後、「覗き」や「痴漢」の代名詞ともなった、というのが、一般的な認識だろうか。
 実際、同時代にすでに巷で使われていたと見えて、例えば、森鴎外は、明治42年の「ヰタ・セクスアリス」の中で、こんなことを書いている。

「そのうちに出歯亀事件というのが現われた。出歯亀という職人が不断女湯を覗く癖があって、あるとき湯から帰る女の跡を附けて行って、暴行を加えたのである。どこの国にも沢山ある、極て普通な出来事である。西洋の新聞ならば、紙面の隅の方の二三行の記事になる位の事である。それが一時世間の大問題に膨脹する。所謂自然主義と聯絡を附けられる。出歯亀主義という自然主義の別名が出来る。出歯るという動詞が出来て流行する。」


 鴎外の指摘している自然主義との関係についてはのちほど触れるとして、「出歯る」などという動詞までが流行している、というのが面白い。

 また、夏目漱石も、友人・小宮山隆に宛てた書簡の中で書いている。


 「田舎も東京と同じく悪い人が居るのだらう。此分では極楽でも人殺しが流行るだらう。僕高等出歯亀となって例の御嬢さんのあとをつけた。」


 この書簡は明治41年8月のものというから、事件から半年ほどしかたっておらず、裁判の真っ最中だった頃だ。漱石は、自らを、「高等遊民」ならぬ「高等出歯亀」などとしているが、まさか、ストーカーでもしていたのだろうか。

 昭和47年に書かれた筒井康隆の長編小説「俗物図鑑」は、「梁山泊プロダクション」に集う怪しげな「評論家」たちを描いたものだが、その中に、城亀吉なる「出歯亀評論家」が登場する。

「それは窃視である。ピーピングである。つまり彼は俗にいう出歯亀だった。」
                   (「俗物図鑑」新潮社)
 
 「出歯亀」という言葉は死語ではないか、と書いたが、21世紀になって、この言葉、そして、事件を語っているのが、爆笑問題だ。

「よく、女湯を覗いたりすることを”出歯亀”って言うよね。」「その後、時がたつに連れて出歯亀事件そのものは忘れ去られたけど、”出歯亀”という言葉だけは残ったんだな。」   (「ニッポンの犯罪12選」幻冬舎)

  そう、とある犯罪事件と共に発生し、流行した「出歯亀」。事件のことは知らなくても、この言葉が、事件後100年以上も生き残り、ひとり歩きしている。

 では、そもそも、出歯亀とは、一体、何なのだろうか。

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