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声の話

忘れられない(本当はもう忘れちゃってる)声がある。そういうと、大仰に感じるが、もう一度聞きたい声がある。
高校生の時だ。

私は女子校出身。うちの高校は東京のすぐそば、洗練される程に都会では無いがぼんやり出来るほどのんびりともしていない地域にあった、毎年東大に1人か2人が進学する事を大々的に謳った、けれど大半は平凡な良くて4大か短大に進学するマンモス校だった。
1学年が18クラス、理系文系に分かれてそれぞれ1クラスずつ「選抜クラス」があった。

私は理系選抜クラスの落ちこぼれだった。

おちこぼれ。
席替えがあっても必ず、1列目の席を指定された。
よく担任に呼び出され、誰かを怒るときは(私とは無関係でも)かならず最初に私の苗字を叫んだ。
成績がそこまで悪かった訳ではない、選抜クラスの真ん中辺り、定期テストにおいては、化学・生物・数学はほぼ満点に近かったと思う。(すぐに忘れちゃうんだけど)

多分私は一種独特な選抜クラスにおいて、ひどく目につく生徒だったのかもしれない。
静かにひっそりとしている生徒の中で、私は良くも悪くも普通の高校生だった。
スカートを2.3折って上にあげ、朝礼はちょいちょいサボって雲隠れし、入ることを禁止された屋上に入り、常に大人を疑っていて、NOは全力でNOと言う。だのに私はめちゃめちゃノロマだった。
今考えると、私だって、そんな生徒は嫌だけど。とにかく私は担任に嫌われていた。
(他の教師から「あなた大変ね」心配された事すらあった。)
今考えるとありがたいと感じるのは、それによって生徒の反応が左右されなかった事、そこは賢いクラスで良かったのかもしれない。

文化祭体育祭ですら教室での自習を勧められていた選抜クラス、体育の授業なんてみんな惰性で、もう本当に何をやったかなんて覚えて無いのだけど、体育の時間だけが(内申書があるにせよ)みんなちょっとリラックスしていた。

覚えてはいないけれど、多分うちのクラスは奇数だったのだろう。ストレッチや、バレーボールのトスなど、ペアになる時に必ず先生は私を呼んだ。
「〇〇(苗字)おいでー」って。
大人の男の低い声で。
もう耳ごと震るわされる程の重低音で。
「おいで」って言う。

なぜ私だったかはわからない。
私がぼんやりしてたからかもしれないし、おちこぼれだったからかもしれないし、時々マラソンをサボってたからかもしれない。
(マラソンをサボって隠れていると、先生はまた、私の名前を呼んだ「〇〇〜どこいるの〜」って。)
好意の返報性というものもあったのかもしれない(あったのなら嬉しい)。(先生は私達から見たらおじさんで、みんなはもっと若い体育教師に夢中だった。先生(の声に)に夢中だったのは私だけだ。)

あの時の私は何もかもが未経験だったけど、先生に「おいで」と言われたら、心の中でいつも「何処へでも」って答えてた。(口に出してたかもしれない)

かといって、恋愛感情は一切無かったから不思議だ、声だけがほしかった。

あれから、色々な経験をして、何人かの人にそれこそ耳元で下の名前を囁かれた経験もあるけど。
私の圧倒的いちばんは、高校の時の体育の先生だ。耳が取れるんじゃ無いかってぐらい良い声だった。

し、もしかしたら、あの時担任に毎日毎日否定をされていた私は、おいでと言われるのが嬉しかったのかもしれない。

卒業アルバムを調べてみたのだけど、顔も名前もわからない、教師の集合写真を見ても、一切ピント来ないのだけど。

今でも時々ふと、耳元で蘇る、先生の「おいで」に助けられた過去がいっぱいあった。

(この「おいで」が正しい音とは思えないけど。)

おわり。

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