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キャンドルライトの不思議な力(『天国へ届け、この歌を』より)

「貴島支社長、お願いがあるのですけど・・・。電気を消してもいいですか?」

親子ほど年の差はあるけれど、自分の部屋にオトコの人が来て、一緒にゴハンを食べるのは初めて。

独特の緊張感。

もうこれ以上、人工の光の中にさらされるのは、耐えきれない。

そう、こういう時のためにアロマ用のキャンドルを用意していた。高級なレストランのようにキャンドルの光で食事をするのが夢だった。そう、それを今使おう。

食器棚の奥深くにしまわれていたキャンドルグラスを取り出して火をつけた。

甘い香りとともに心の中までも明るくするような光をキャンドルの炎は放った。

それは、良くわからないけれど、厳かなもの、神聖なもののように感じた。

生命って、こんな炎のようなものかなって思った。だから、ワタシは大切に両手で持って、テーブルに置いた。

「それでは、電気を消します」

「その前に」

そう、思い出した。冷蔵庫に入れているスパークリングワインを出さなきゃ。入れてからあまり時間が経っていないけれど大丈夫かしら。

これって、レースの表彰台で泡がプシュと飛び出すやつでしょ。針金がいっぱいついて開けにくそう。

困っていたら、オトーサンが代わりに開けてくれた。

あたりに泡が飛び散ったら困るから、タオルを用意しようとしたら、拍子抜けするほど低い音立てて栓が抜けた。

オ トーサンは、私のミニーちゃんのグラスにそれを注いでくれた。さりげない、そういう仕草を見たら、大人の男の人って感じがする。

「電気を消します」

何か、お誕生日会みたいな雰囲気。電気が消えると、テーブルのキャンドルの炎が急に明るくなった。オトーサンの顔が、照らし出された。

「頂きます」

直ぐに食べ始めるのかなって思ったけれど、オトーサンは、お箸も手に取らなくて、じっとキャンドルの炎を見つめたままでいる。

ミニーちゃんのグラスの側面についた泡が剥がれてゆらゆらと上がっていって、水面から顔を出そうとした瞬間にプチっとかすかな音を立てて弾ける。

泡の一粒一粒がキャンドルの炎の光を受けて輝いている。また、どこからか小さな泡が生まれてきて、側面にへばりついて、剥がれる。それが繰り返される。

それは、個々に定めを持っていて、他の泡と迎合しない。ワタシは、それを切なすぎて綺麗だと思う。悲しすぎる運命だから美しいと思う。

オトーサンがやっとお箸を手に取って、食べ始めた。お箸の持ち方が綺麗。ゆっくりと一口ずつ噛みしめるように食べる仕草がカッコいい。

料理番組で俳優さんが食べているような感じ。でも、料理の味を吟味されるようで怖い。

「お味はいかがですか?」

「香田さん、ありがとう。美味しいと思うよ。でも本当のことを言うと・・・。味がわからいんだ。ごめんなさい。いつもは、寂しく一人で食事をしているのに、こんなキレイな人と二人きりで食事をするなんて夢みたいで、それも手作りの夕食を作ってくれるなんて・・・」

キレイな人。それ私のこと?明かりを消して、キャンドルの明かりにだけになった時に言われても、心から喜んでいいのか複雑な感じ。

キャンドルの明かりは、小さくて頼りがないけれど、心を素直にして、お化粧よりも美しくなれる不思議な効果があるのかも知れない。

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