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龍馬が月夜に翔んだ

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第29話「龍が駆け上がる」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第29話「龍が駆け上がる」

「リョウマ、マダシヌナ、ユメガアルハズ、シヌナ、ユメユメ、ユメヲカナエヨ、マダシヌナ、リョウマ、シヌナ」

瀕死の中岡慎太郎があえぐようにつぶやいている。

よし、寺田屋の時のように、力ある限り逃げよう。

あの時のように屋根伝いに逃げよう。

しかし、あの時はお龍がいた。

三吉慎蔵もいた。

今、誰もいない。

恐怖よりも孤独に胸が締め付けられる。

龍馬は左手に持った抜き身の脇差を杖代わりに

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第28話「夢をかなえよ、まだ死ぬな!」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第28話「夢をかなえよ、まだ死ぬな!」

火鉢の灰を頭からかぶった龍馬は、一瞬何が起こったのか理解できない。

炭の火の粉もはねたようで、髪の毛の焦げた匂いがする。

目が明かない。

耳が聞こえない。

辺りは騒然としているのに、沈黙の世界である。

先程流した涙のおかげで、闇が溶け出すように徐々に視界が蘇ってくる。顔を袖で拭おうとしたが右手が焼けるように熱い。重くて手が上がらない。

右手を見る。

拳銃を握ったままになっている。右手

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第27話「抜けば、斬るぞ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第27話「抜けば、斬るぞ」

突然、銃口が現れた。

藤堂平助は、刀を目の前でいきなり抜かれたことがあっても、いきなり銃口を向けられたことがない。

どう対処したら良いのか分からず、呆然と立ち尽くした。

坂本龍馬がいる。

隠れ部屋で臥せっていて、この部屋にはいないはず。しかも、我々に銃を向けている。

傍らにいる服部武雄も、何が起きているのか分からなかった。

誰もが、銃を前にして冷静な判断など出来ない。

その場を逃れよ

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第26話「若武者の顔の傷あと」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第26話「若武者の顔の傷あと」

ゆっくりと階段を上った。狭い急な階段なので、先を行く服部武雄が三段も上がると、小柄な藤堂平助は服部の背中ばかりで、全く視界をふさがれてしまった。

二階に上がると、すぐに襖があり藤吉が片膝を立て、それを開けた。

六畳の間で、誰もいないが、行灯がともっており真ん中に文机が置かれている。

今まで人のいた気配がしている。

藤吉は中に二人を案内し、開けた襖をそっと閉じる。

そして、足元の文机に注意

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第25話「元力士の応対の仕方」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第25話「元力士の応対の仕方」

齊藤一を岬神社に残して、大石鍬次郎隊と藤堂平助、服部武雄は、間隔をおいて一人ずつ反対方向の高瀬川に出てそれを下り、蛸薬師通りを右に曲がり、河原町通りを渡り、裏寺町通りを上がって、近江屋の北側の路地に出た。

大石隊の五名、前列右側の隊士が河原町側に、左側の廣瀬という隊士が近江屋の裏手に回った。後列の二人が勝手口の左右に分かれて、その正面に大石が付いて近江屋の警護を固めた。

大石が通りの向こうにい

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第24話「背を向けるものは斬る」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第24話「背を向けるものは斬る」

齊藤一は、菊屋の峯吉から坂本龍馬は、醤油蔵の隠し部屋に潜んでいる。近江屋の二階には、十津川郷士と名乗っている三人組みが、宴会をしているとの報告を受ける。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に連れ出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

日頃無口な服部が口を開く、

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第23話「今夜は軍鶏鍋にしますか」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第23話「今夜は軍鶏鍋にしますか」

一階で護衛をしている藤吉が、上がってきた。

「菊屋の峯吉が、どうしても渡したい本があると言って持って来ていますが、どうしましょう」

「新選組の差し金で探りに来たな。絶対に中には入れたら、いかんぜよ。わしは、隠れ部屋で昨日から風邪で寝込んでいると言っておいてくれ。そして、中岡慎太郎が中にいることは、絶対に言うな。もし客が来ているのが、ばれているのなら、十津川郷士の中川庄五郎らが来ていると言ってく

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第22話「月夜の訪問者 」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第22話「月夜の訪問者 」

「ほんにいい月じゃのう。こがいに大きくて立派な月も久しぶりじゃ。中岡さんには、申し訳ないが今日は一杯いかしてもらうぜよ」

「今日は、この満月のお陰で苦労した。これさえ出てくれなければ、あんなに怖い目には会わんで済んだのに、今でも寒気はぬけんわ」

「誰が、おはんを狙っている」

「新選組だと思う。それ以外に考えられない」

「おはんが、日頃から倒幕、倒幕と叫んでおるから、こげんなことになるのじゃ

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第21話「万国公法をエサにして」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第21話「万国公法をエサにして」

齊藤一が菊屋の二階に上がると、やはり毛内有之助がいた。

「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」

「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」

「伊東甲子太郎さんからの伝言ですが、情勢が変わってきているそうです。土佐薩摩とは深入りせず、距離を置くそうです。そして早々に、御陵衛士を解散し

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第20話「刀を納めろ、作戦変更だ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第20話「刀を納めろ、作戦変更だ」

再び、大石鍬次郎が足を出した。今度は、一足分だけの送り足。ゆっくりと前足を出して、さっと後ろ足を引きつける。

じりじりと、真綿で首を絞めるように中岡慎太郎ら三人を追い詰めてゆく。

大石にとって、この瞬間が喜びなのだ。それは料理人が、滅多に手に入らない魚をまな板に載せて、自分の好きなように捌こうとしているのと似ている。

前方では、斎藤一が立ちはだかって、しっかりと三人組を足止めしてくれている。

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」

廣瀬は、大石鍬次郎の「抜刀」の号令がかかると、無意識に鯉口を切っていた。

今までの震えが嘘のように止まった。

いつもの稽古のようにゆっくりと刀を抜く。刀身が、妥協を許さない現実の光を放ちながら、弧を描いて目の前で直線に変わる。

剣先だけが、月の光を受けて、名もない星のように弱々しく光る。

廣瀬はそれをゆっくりと頭上に高々と持ち上げる。

刀を上段にとるのと同時に、頭の中を怖さより冷たいもの

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」

「抜刀」

大石鍬次郎が、号令をかけた。

この号令が、かかるまでは絶対に刀を抜いてはいけない。

また、この号令がかかっているのに刀を抜かないのもいけない。

両方とも、隊規違反になる。

場合によっては、切腹を申し付けられることもある。

戦闘にとって、刀を抜く、抜かないが、それほど重要視されるのである。

その「抜刀」の号令がかかった。

小さい鈴のような軽やかな音を立てて、それぞれの刀が抜

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第17話「警護の隙を狙え」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第17話「警護の隙を狙え」

中岡慎太郎は福岡孝弟邸の潜戸で、陽が落ちるのを待っていた。

呼びつけておいて、福岡さんは不在であった。

座敷にも通されず、板の間の控えの間で長い間待たされた。

火鉢もなく、茶の一つも出されなかった。寒くてしょうがない。

何という対応だ。

大体において土佐藩自体が何ごとにおいても、連絡が悪すぎる。

だから、取り残されるのだ。

土佐の者誰もが、薩土盟約が破棄されて、薩長同盟が結ばれたこと

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第16話「敵に背を向かすな」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第16話「敵に背を向かすな」

「分かった。菊屋に戻る」

新選組大石鍬次郎隊に配ったおにぎりが、一人ずつ順番に食べ始め、最後になった廣瀬という隊士が、震える手で懐からおにぎりを出し、不器用な手つきで竹皮をむいて、口に運ばれるのを確認して、斎藤一は河原町通りに出た。

いつものように大手を振って歩くと怪しまれる。懐手をして、屋敷を抜け出して遊郭にしけこもうとしている藩士を装った。

さりげなく中岡慎太郎が潜む福岡邸の前を通り過ぎ

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