プロレスラーの平均寿命と健康
プロレスラーは最も憧れると同時に最もなりたくない職業である。
彼らは日々トレーニングに励みながら1年の大半を占める試合では殴られ蹴られ締められ薄いマットに叩きつけられている。それでも幾度となく立ち上がる姿を見て我々は勇気を与えられている。
しかし、あれだけのダメージを受けて果たして体は大丈夫なのだろうか?
まずは統計からプロレスラーの寿命に迫っていきたい。
レスラー達の平均寿命と死因
プロレスラーたちの平均寿命は如何ほどなのだろうか?
八戸大学紀要第45号に寄せられた論文『プロレスラーの死因に関する考察』によると
Webサイトから収監した情報によると2011年以前に活動していた男性レスラーたちの死亡数は189人、平均死亡時年齢は56.3歳であった。
そのうち死因で最も多かったのは心疾患(心臓発作、心不全など)で43人、次いで悪性新生物(がん)が35人、不慮の事故が19人、糖尿病が7人であった。
なお、試合中に亡くなったのは2人でWWEの前身のWWFで活躍したオーエンハート、そして亡くなったのが未だ記憶に新しい三沢光晴である。
なお、これは2011年以前のデータであり更には女子選手や練習生は含まれていない。直接的な試合の影響やサイトに載せられていない選手も考慮すると圧倒的に数が多くなる。いかにプロレスが命懸けかよくわかる。
レスラーと心疾患
心疾患での死亡数が最も多いのはアメリカで60人中29人となんと死因の半数近くを占めている。なぜこんなにも多いのかを語るうえで薬物との関連性は否定できないだろう。
プロレスはヘビー級が華とされていて特にアメリカではそれが顕著だった。そこで体を大きくするためにアナボリックステロイドや成長ホルモンが特に使用されていた。
よく喘息やアトピーを鎮めるためにステロイドが処方されているが、アレとは似て非なるものだ。それは糖質コルチコイド(ストレスホルモンとも呼ばれる)で炎症を鎮めるためのものであり、むしろ長期間の投与で筋萎縮を引き起こすため、ある種真逆の作用をもつ薬である。
アナボリックステロイドとは?
アナボリックステロイドとはいわゆる男性ホルモンであるテストステロンのことで、筋肉増強や骨密度の上昇、造血作用のある薬である。
医学では寝たきりや筋ジストロフィーの患者の筋力向上のために使われるが、元々は重量挙げ選手団の専属ドクターが開発したもので必然的にスポーツ界にも広まることとなった。
そもそもステロイドは医師にとっても処方の難しい薬でどういった病気でどれぐらいの期間、どのペースで副作用が出ないように減らしていくのかとかを考えて処方するのだが、素人判断で既定の何十倍もの量を休薬もせずに飲み続ければ副作用がでるのは当然だろう。
副作用には肝障害に悪性腫瘍、うつ症状にニキビや抜け毛などがあるが、心疾患の原因とされているのが高血圧とコレステロール異常である。
心疾患で亡くなったレスラー全員が常用していたとは限らないが、他の死因に薬物の過剰摂取や自殺などが含まれていたことにも留意しておきたい。
レスラーと鎮痛薬
更にレスラー達は試合で生じた怪我の痛みをごまかすために鎮痛剤を大量に常用していたと考えられる。
市販で売られているアセトアミノフェンやロキソニン等の非麻薬性鎮痛剤は日本では定番の痛み止めであるがモルヒネやオキシコドンなどの医療用麻薬は癌による疼痛以外ではまず第一選択で用いられることはない。
しかし、アメリカではオピオイドの処方のハードルは低く、オキシコンチンやバイコディンなどの医療用麻薬は1996年から2000年代後半にかけて不適切な処方と乱用が繰り返されていた。
ここであるレスラーの鎮痛剤の乱用の1例について紹介したいと思う。
アトランタオリンピックのレスリング100㎏級で金メダルを獲得したことのあるWWEのスーパースター、カート・アングルである。彼はインタビューでこう答えている。
ー「気が付いたら、1日に65錠ものバイコディンを飲んでいたんだ。」そう彼は回想する。「6か月はそんな状態だったよ、つまりは馬を殺すほどの量を飲んでいたんだ、それ程ひどい状態だった。」ー
馬を殺すほどの量だったかは不明ではあるが、65錠という量が尋常ではないことは想像に難くない。ここで65錠がどれほどの量か計算してみた。
バイコディンはヒドロコドンという医療用麻薬と非麻薬性鎮痛薬であるアセトアミノフェンの合剤である。ここで、氏が飲んでいたバイコディンを通常の用量であるヒドロコドン5㎎/アセトアミノフェン325㎎とすると、摂取していたヒドロコドンの量は5(㎎)×65(錠)=325㎎である。そしてヒドロコドンの致死量は90㎎であるから・・・
なんと致死量の3倍以上を半年間内服していたことになる!
まあ体重や身長も考慮されるので本当はもっと致死量は大きいとは思うが・・・。いずれにしてもプロレスラー達の生命力には驚かされるばかりである。
まとめ
かつては薬物依存が蔓延していたアメリカであったが現在は規制も強まり大手団体もドーピング検査を選手たちに義務化しているようである。
しかし、薬物依存であった彼らも元々は好きで手を出したわけではない筈である。レスラーたちの労働環境が改善されていることを願うばかりだ。
参考文献
瀧澤 透-成澤 良,「プロレスラーの死因に関する一考察」,八戸大学紀要 第45号,p105-116
阪田-麻紀,「米国における鎮痛薬オピオイドの乱用 : 社会的リスクと制度的リスクの観点からの分析」,国際広報メディア・観光学ジャーナル, 32, 3-21,2021
Drugs.com,Hydrocodone and Acetaminophen Prescribing,https://www.drugs.com/pro/hydrocodone-and-acetaminophen.html#LINK_219ff26f-1440-478a-91d6-c6edfca51257
Anabolic–androgenic steroids: How do they work and what are the risks?,Peter Bond, Diederik L. Smit, Willem de Ronde ,Anabolic–androgenic steroids: How do they work and what are the risks? - PMC (nih.gov),2022
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