戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑦ 意志
意志
電話の呼び出し音。
農務局特別対策室の室長室。
下手から電話を耳に当てたオオハラ登場。
以下、オオハラ、電話をしながらサプリメントで昼食をとる。
オオハラ 出ないな。
一方研究所の外、
上手からミヤタが出てくる。
ミヤタ はいはいはいはいはいはい（電話に出て）もしもし。
オオハラ いやぁミヤタ君、どうだいそっちは？
ミヤタ どうもこうもありませんよ室長！今日一日でいろんなことがあり過ぎて頭がついていきませんよ。
オオハラ カドタ君のこと、何かわかったか？
ミヤタ いや、もう訳わかんないですよ！あの、室長。ファームの中で起こってること、室長はご存じだったんですよね？
オオハラ 何のことだ？
ミヤタ 何のって。だから、ファームの中で、次々に人が消えているだとか、テロリストがいるかもしれないとか。あ……あと、ベジタブルマンの惨殺事件が次々起こっていて、その内人間が殺されるんじゃないかってみんなが怯えているだとか。
オオハラ ああ、そういう噂が流れているというのは僕の耳にも入っているが。
ミヤタ 噂とかそういう段階じゃないと思いますよ？現にカドタも行方不明ですし、それに今日もファームで男性職員の死体が発見されたって！
オオハラ ああ、交通事故があったらしいな。
ミヤタ ……本当に交通事故なんですか？
オオハラ どういう意味だ？
ミヤタ ……いえ。とにかくカドタの件は警察に捜査を依頼した方がいいんじゃないでしょうか？
オオハラ そのことはもう少し調査を進めてから僕が判断する。とにかく君はそっちでムラカミの指示に従っていればいい。
ミヤタ あの、そのムラカミさんもちょっと身動き取れる状態じゃないんですけど。
オオハラ 何？
ミヤタ 何か、ファームで流行ってるおかしな風邪をひいちゃったみたいで。すごい熱が出てるみたいです。
オオハラ ファームで流行ってる風邪？Ｆ型のことか。
ミヤタ あ、そんな風なことを言っていました。
オオハラ そんなわけないだろう。それは何かの間違いだ。
ミヤタ え？
オオハラ いや、まぁいい。とにかく奴に伝えてほしい情報があるんだが。
ミヤタ ……何でしょうか？
オオハラ ベジタブルマンたちが意思を持ち始めているかもしれない――とそれだけ言えばわかるはずだ。
ミヤタ それだったらかもしれないどころじゃありませんよ！僕もムラカミさんもビックリしちゃって。
オオハラ 何？
ミヤタ 牛にバンバン投げまくってましたよ！
オオハラ 牛に投げる？……いや石じゃなくて意思だよ。意思。
ミヤタ あ、すいません、ちょっと電波が……。
オオハラ だから意思ね。意思！
ミヤタ ……はい。何か牛に石を投げまくってました。
オオハラ いや、違うんだよ。意思だよ意思！発音が違うだろ？
ミヤタ え、イシ（意思の発音で）ですか？
オオハラ そうだよ。意思だよ。
ミヤタ ああ、イシですか。
オオハラ そうだよ意思だよ。君が言ってるのはストーンの方の石だろ？
ミヤタ あ、あ、すいません。（電波が悪い）
オオハラ 僕が言っているのは、何かをしようとする意思の意思だよ。
ミヤタ あ、ちょっと電波が悪くて……もしもし？聞こえますか？
オオハラ 聞こえてるよ。
ミヤタ あ、はい。とにかく、牛をみつけると急に石（意思の発音で）を投げ始めたんで僕もムラカミさんも――
オオハラ 違う違う違う！だから君が言ってるのは石ころの石だろ？
ミヤタ はい。あ、イシ（石の発音）であってますよね？発音。
オオハラ 違うんだよ！僕が言ってるのは意思ね？
ミヤタ イシ（意思の発音）。
オオハラ 思いの方ね？
ミヤタ あ、はい。あでも、すごく重そうな石をバンバン牛に――
オオハラ 違う違う違う違う！重い方じゃなくて思いの方ね！僕そんな中国人みたいなしゃべり方したことなかったでしょ？今まで！
ミヤタ もしもし？もしもし？
オオハラ 電波が悪いな！だから意思だよ意思！意思！
ミヤタ はい！ですので！イシ（意思の発音）を、ウシに（「イシを」と同じ発音）、ナゲて（「イシを」と同じ発音）――
オオハラ ウシ（意思の発音）って何だウシって！
ミヤタ あ、すいませんちょっとわかんなくなってきちゃいました！ウシ？ウシ？……。
ミヤタ、「牛」の発音を懸命に思い出そうとする。
オオハラ いや、牛は一回忘れなさい！だから君、ショックだったのはわかるけど――
ミヤタ もしもーし！
オオハラ もしもし？
ミヤタ はい。
オオハラ あのね、牛は今僕の用件とは関係ないから――
ミヤタ もしもーし！
オヤタ もしもし？
ミヤタ あ、はい。
オオハラ だから牛はいったん忘れてほしんだよ！
ミヤタ もしもし？
オオハラ もうメールで送るからいいよ！（電話を切る）
ミヤタ ……切れた。
オオハラ ったく、ウシって何だよ。
オオハラ、退場。
音楽。
クボ・看守、上手から出てくる。
クボ、ミヤタに「ほんとに送っていかなくて大丈夫ですか？」とオフ芝居。
ミヤタ断る。互いに挨拶をしてクボ・看守下手へはける。
その間にムラカミ布団を持ってきて板付き。
ミヤタ、ムラカミのところへ行き、携帯をわたす。