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私の性的な話

「自分は無性愛者(*1)なのではないか?」
そんな疑問を持ちながら、生きている友人がいる。

*1 無性愛(むせいあい、英: asexuality)とは、他者に対する性的な惹かれ(性的魅力を感じること)の欠如、すなわち性的な行為への関心や欲求が少ないか、あるいは存在しないことである。無性愛の性質を持っている人のことをアセクシュアル、Aセクシュアル、無性愛者(英: asexual エイセクシュアル 、アセクシュアル)という。

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彼女と一緒にいるとホッとする。
いろんなことを、気にしなくていいから。
彼女についてもまた話そうと思う。

さて、今回のトピックは性について。
生物学的体構造としては、男性として区分される私ではあるが、自分の性指向については常々疑問を感じている。
女性に対して性的欲求を感じ、男性に対しては感じない。
しかしながら、私がタイで出会うかわいい・美しいなどと思う女性の多くはレディボーイだ。
またドラマや映画を観ていても、男性俳優に注目していることの方が多い。
女性とのセックスを望むものの、彼女らと密に関わることには辟易することも多い。
現在遠距離恋愛をしている彼女との関係性が終わるのも、時間の問題だろうか。

『女性』と一括りに考えること

が、私の不幸を形作っているようにも思い…とまあこの話は置いておいて。
私の過去の経験について少し話した上で、言いたいことをちょっくらまとめてみたのでよろしければ。



私の胸を触ってほしい


あれは私が小学校1, 2年生の頃だっただろうか。
私の通っていた小学校で、とある噂が流れる。
冒頭の台詞と共に近寄ってくる女がいる、と。

誰が遭遇したのか、その女はどんな風貌なのか。
何も詳細は分からない、どこからともなく広まった、そんな話。
嘘か本当か、そんなことはどうだってよくて。
ただなぜだか皆、興味津々だった。

「女性の乳房に触れる」

という行為は当時の私を、あまり刺激しなかった。
むしろ、その行為には嫌悪感すら抱いていた。
どのような感覚だったのか。
他者の身体は穢れている、などと思っていたのだろうか。
今では、人の顔を撫でるという奇行によく走るものなのだが。

さてそんな女がいるということで、ある者は不審がり、ある者は堪能してやろうと意気込む。
そんなことはどうでもよかった私のもとに、後日彼女が現れる。

家の近くの公園内を、1人で歩いていた。
高校生くらいだったろう、少しふくよかであると表現できる彼女が、私に話し掛けてきた。
噂通り彼女は私に、彼女の乳房を触ることを求めた。
なにか不安を感じた私はたしか
「やだ!」
などと拒否を示す言葉を吐いて、走って逃げた。

あまり定かではない記憶、しかしながらこの経験は、私の人格形成に大きく影響したように思う。
俗に言う『変態』『変人』『不審者』。
このように称される人間達は私にとって、そう遠い存在ではない。
彼女はあまりに『普通』だった、少なくとも私にとっては。
噂を耳にしていなかったならば、私の対応は変わっていたように思う。
仲良くなっていたかもしれないとさえ思う。


何年か経ってのち


それから何年か経って後、中学生の頃だっただろうか。
ある日、駅構内のトイレで
個室から片言の外国人に声をかけられ手招きされた。

「ペロペロして」

中学生の男子として、彼の意図するところは容易に理解できた。
男性に対して性的欲求が湧かない私は、彼のリクエストを苦笑いで拒否した。

「ごめんな、けど無理なんだよ」

そんなばつの悪さを感じた。

私は彼らに対して、それほど嫌悪感を抱いていない。
ある人間が自分の欲望を表現したまでに過ぎない、そう考えている。
しかしながらにこれらの行為を私が告発した場合、彼らは何らか罰せられることになるだろう。

私にとって、同性の人間から性の対象として見られるということは、わるいことではない。

異性からも同性からもモテる、それってよくない?

男性から言い寄られると、応えられはしないけど嬉しくも思う。
そんな感じだ。
ゲイの男性を嫌悪する男性の心理を、あまり理解できない。

「こわい、掘られる」

なんて言ってるやつに対しては

なぜ自分がその対象である、と傲慢にも考えているのだろう?

と思う。


セックス


人とのズレを感じる自分にとって
ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、エイセクシャル…etc
「性的マイノリティ」
とされる人々とは話がしやすい。
(マイノリティと呼ぶことには違和感がある。
カミングアウトしていないだけで、相当数がいる可能性もあるから。)
自身が少数者であると認識することで、自己と他者について思考する時間が、図らずも長くなってしまった人々。
そんな人々同士は、どこか似てしまうところがあるからなのかもしれない。
これについても、どこかでさらに分析しよう。

さて何が言いたかったんだっけ。
自分でも分からなくなったが言えるのは

私は sex(性別) よりも sexuality(性のあり方) を重視している

ということ。
自身が性的マジョリティであると意識下、もしくは無意識下で自覚している人は、男性でも女性でもあまり得意ではない。
それにしても、なんだか一般的には変なやつ扱いされる人が、私の周りにやってくるような気がするのは気のせいか?
なにはともあれ、自分の表現が誰かを意図せずして傷つけやしないか。
これは私にとって1つの懸念。
また、理論武装が整っているかも気にしたり。
自己肯定感の問題からか、人嫌いの私の思いを、すこし綴れてよかった。
そしてなんか目次やばいな

私の記事が、何らかの形で貴方のお役に立てたら幸いです。 もしサポート頂けましたら更に幸いです🥲