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詩・散文 「粉雪の舞う夜に」

粉雪の舞う夜に

幾千万の粉雪がひらひらと舞い降りていく。舞い降りて地に重なって消えていく。 そんな光景を見ていると、かつて幾千万もの人々が生れ落ち、総て異なる生を歩み、 例外なくこの世から去っていったと言う事に、静かな衝撃を受けざるを得ない。  
                       
誰一人としてこの世界で生き残ったものはいないのだ。そしてこれからもいないのだ。 そんな当たり前の想念が、寺の鐘を突いた音のように腹の奥底に響き渡る。それが骨身に沁み渡る。                   

例外なく消え去ってしまうと言う事。それは私にとってもそうなのだ。それは恐 ろしいことではなく悲しいことでもない。勿論楽しいことでもなく、そんなさまざ まな感情の重なり合う未分化な部分をなんと命名したらよいのかはわからないのであるが、粉雪舞う冬の夜に、暗い空の彼方から舞い降りてくる雪片の数多に包まれて立つときの気分とはそのように形容しがたいものである。そしてその蕩尽に包ま れて独り在る時、この雪の一片としての人の生について想いはめぐるのである。                   

それは真白い雪、その結晶の外観をしていてその内実は喜びと楽しさと醜さと辛苦とが織り交ざった、無二の個人の思い出なのだろう。それは均一な雪の結晶の形式 の輝き(=人間と言う概念の威光)の影に見落とされてしまいがちであり、また無 常というある種の美の中に霧散されやすいものでもある。私はそこから無二の個人 を思い出として掬いあげてみたいと思う。そのことがどういうことであるのかは明 言し難いのだけれども、この蕩尽の世界に想い出を抱いて立ち続けんとすることは、 存在論的倫理とでも呼ぶべき静かなる示威なのではないだろうか、と思うのである。                   
2015年6月20日 岡村正敏

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