令和の首里城復興

城普請けふの秋空青すぎる   宝来

 首里城火災から3年が過ぎた。正殿の起工式が2022年11月3日・文化の日に執り行われた。

 首里城は、琉球王国栄華のシンボルで、沖縄最大の城(グスク)である。14世紀頃に建造され、約450年間、代々の国王の居城として君臨。その歴史の中で、今回を含め、火災や沖縄戦で5回焼失した。沖縄戦で完全に破壊された後、1992年に正殿が復元され、首里城公園の公開が始まる。2000年12月、正殿地下の遺構の部分と4つの城跡と4つの関連遺産は「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界文化遺産に登録された。2019年2月、「世誇殿(よほこりでん)」「女官居室」といった御内原(おうちばら)エリアが復元され、27年間にわたる復元工事が完成し、全面的に開園した。

 私は首里に住み、首里城公園は吟行コースとして親しんでいる。御内原エリア公開後、いち早く訪ねてみた。城郭のもっとも東の標高140メートルある「東(あがり)のアザナ」に立ち、恵風を受けると、首里城と関わった様々な事柄が蘇った。中でも忘れがたいのが、2000年2月、県の教育委員会が首里城などを世界遺産登録審議にかけるため、文化庁担当者とイコモス中国籍委員の現場視察の折、通訳を担当したことだ。当時、私は沖縄に移住して1年経たずだったが、指名された通訳者がドタキャンしたため、急遽引き受ける羽目になった。12月、大阪(夫の転勤で大阪に在住)で世界遺産に登録された知らせを聞いた時はとても嬉しかった。貴重な経験になっている。

丘に立つ城郭称へ桜東風     宝来

 しかし、2月に全面公開して僅か8ヶ月で、誰もが予期せぬ火災に遭い、正殿ほか主要な建物7棟が焼失した。県内外に衝撃が広がり、多くの県民が言い知れない喪失感を味わった。県民は直ちに首里城再建のための募金活動を始めた。2020年は「再建元年」とし、令和の復興は「見せる再建」と位置付けた。再建に向け、がれき撤去や資材搬入などの再建工事が始まり、6月には正殿跡など有料区域の一般公開がされた。

 そして、「正殿をもう一度」と世界からの寄付金も続々と、22年9月の時点で、県内外と海外から55億余円集まった。首里城公園では、10月29日から11月3日まで、正殿着工のための首里城復興イベントを開催した。

 29日より正殿の再建に使う木材を運ぶ儀式「木曳式」が33年ぶりに始まり、当日は国頭村で琉球王国時代、木材を運ぶ際に歌われた伝統の「国頭(クンジャン)サバクイ」が披露された。その後、樹齢98年、長さ約9メートル、重さ約4トンの「オキナワウラジロガシ」を積んだトレーラーが首里城に向け出発した。3日の朝、「木遣行列」も33年ぶりに行われた。

 初めて見学するので、私は早朝から守礼門に向かった。イベント開催周辺の道路は人出で賑わった。正午からは琉球王国の参詣の様子を再現する「古式行列」も行われた。起工式は非公開なので、帰宅してユーチューブで見た。正殿の完成は2026年秋頃。そのほかの建物はそれ以降、順次復元される予定だ。

旅人の触れてさやけし御材木    宝来
月橘の実をこぼしたる首里城下   
首里坂をもどる灯や文化の日         

(辺野喜 陳 宝来)


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