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鯉と私



午前0時を回った頃。

公園で一人、
缶ビールを飲んでいた。



タイかベトナムか、男連中の


イッショニ ノミマセンカー


を、フル無視して



ひとり飲んでいた。





てめぇとの一夜より
重ね合わせたい夜がある。

すまぬが、
そんな時間も必要なんだ。




























公園の、
やたら光っている電話ボックスが好きだ。
レンガ仕立ての古びたトイレも
古錆びた木製のベンチも
腐りかけた東屋も
落書きのある喫煙所も好きだ。

人々の足跡と

自然の生きた痕跡に

情緒を感じずにはいられない。










カチッ。


ふぅーーーーーーっ。

















タバコの煙が一筋、

街灯の光に向かって

長く伸びていった。

















その視線の先には若い男性が2人、横並びで立っている。


















はいどうも〜!



















暖簾をくぐるように
漫才を始めた。


















そういえば8月も終盤だ。

M-1の予選だろうか。

iPhoneのタイマーを気にしているようだ。
















私は憂憂しい若人を横目に
もう一服することにした。

内容はひとつもわからなかったが、
(酔っ払いですから)
日を跨ぐ時間帯にしては
声量のボリュームが振り切れていた。

あのベンチには恐らく、
バウンダリーマイクが内蔵されているのだろう。







何分かの漫才を終えた若人が、
私のいる喫煙所に入ってきた。

反省会やら事務所の話やらをしているようだったが、
2人の話は聞かないことにした。


何故なら、


いかにも


僕達は芸人です!

これから
いや、なんなら
もう片腕は届いてます!



言いたそうだったからだ。






























私はあの時、
なんといえばよかったのだろう。






























頑張っての一言さえ


















言えたらなぁ。


















私にも"そういうモード"があれば
人見知りは乗り越えられるだろうか。


カチッ。

ふぅーーーーーーっ。























あぁ。ぼんやりと、

どこまでもひとりの時間が

ゆるりゆるりと過ぎていく。






















この公園には、ちいさな池がある。

そこに若干2メートルほどの橋がかかっている。















その小さな橋から
小さな池をぼんやりと眺めた。




















一匹の鯉を見つけた。
















真オレンジの鯉。

















微動だにしない鯉。























息をしているかどうかは
こちらからでは分からない。


























私は残り少ない缶ビールを片手に

その橋のど真ん中にしゃがんだ。


















我を顧みず、
柵の間から池を覗き込んだ。



そして、声に出して
その鯉に問いかけた。































































おい。鯉。

聞いとんか。

君は鯉か。ほんまに鯉なんか?
















シーーーーーーン


















フル無視された


















まるでさっきまでの私のようだ。
























君もひとりなんか?

































シーーーーーーン





















































真オレンジの鯉。




















微動だにしない鯉。





















真っ暗の池は
街灯のスポットライトで
その鯉をネオン色に照らしている


























君も人見知りかい?















以下、念力。


君は今まで、
どれだけの人間を見てきたんだい?


私があーだのこーだのやってる20代の間、
一体ここで何を見ていたんだい?





どれだけの数の
どうしようもない奴らの人生の欠片を
その背中で受けてきたんだい?











どれだけ静かに、この長い夜を
ひとりで過ごしてきたんだい?
















































タプンッ。





















水面が揺れた。






















真っ黒くて細い鯉が
地上の酸素をパクッと食べた。


























あぁなんだ

ひとりじゃないんか。



















ふと橋の反対側を見ると


マダラな鯉と
黒い鯉、
白い鯉、
赤みかがった鯉が

うようよと
橋の袂に近づいてきた

























あぁ、全然
ひとりではないんか





















カランッ。
























私の缶ビールが揺れた。
















どうやら今日の主人公は

もっぱらひとりのようだ。

















夏の終わりに見た景色だった。

oki

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