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ハートの展開図




成績はピカイチの私だったが、




人生で一度だけ
テストを頑張ったことがある。


青春をかけた
中間テストだった。



この日も授業を抜け出し、
体育館裏に座ってボーッと山を眺めていた。


普段気にすることもない山々が
グッと近くに見えて

空の青さに
フワッと肩が軽くなる。


溜めた息を
ふぅーーーーっと吐いた。



教室のあの圧迫感に
どうにも耐えられないみたいだ。

部活よりどっと疲れる。








トントントン……



"おい、何がしてぇんなら!!
戻れぇぇぇえええ!!!"


美術の先生の
強めの怒号がこちらに近づいてきた。



当時、私はこの美術の先生に本気で恋をしていた。



願ってもいないシチュエーションに胸が躍る。



気持ちがバレないように
何処にでもいる学生を演じる。




"何がしてぇんならって言われても
何がしてぇか分かっとったら
ここにおらんけぇなぁ〜。

このしんどいんがなんでなんか
教えてーや。

なぁ、先生。"


子供ながら、この頃は
大人たちを宥めるコツを知っていた。

捻くれて見える子供の哀愁を
少しの哲学と一緒に
先生の道徳に問いかけるだけだ。


大抵の大人はこれで見方になる。
メンタリストと呼んでほしいくらいだ。





先生は、


"そうじゃなぁ。
悪かったなぁ。"



と言った。




たわいもない話をしながら
校内を歩いた。
美術室横、3階の死角。
そこの階段に私たちは座った。



"でも何がしてぇか分からんのんなら
勉強してみるのも一つの手じゃ。

何も変わらんかもしれんけど、
やってみにゃ変わるもんも変わらんがな。"



よくあるセリフに、



"変わらんっちゃ。"



と返した。 






"やってから言えよ〜。
一回でええけぇ、本気でやってみぃ。
サボった分、
誰よりもええ点とってみぃ。

そしたらかっこええがな!
お前じゃけぇ出来るんで。


……先生との約束じゃ。守ってみんか?"






今思えば、
なんちゃらない連れ戻し方だ。

多分、あの時来たのが美術の先生じゃなかったら
小石をぶつけていたのではないかと思う。



ただただ、

"先生との約束"

2人だけが知るそれに

ただならぬ闘志が燃え始めた。






純粋なアホでよかった。
















その後、私は猛勉強を始めた。

近所の頭のいい2個上の姉ちゃんに頼みこんで、
勉強を教えてもらった。

ほぼ毎日、泊まり込みで
夜中まで勉強した。














結果、
英語と数学は70点代だったが
その他、
80点以上をマークした。





多分だが、
やれば出来るのだと思う。













遂に先生との約束を果たした!!

















先生に会いにいかなきゃ!





















…ん?

…待てよ、

































褒美の約束をしていなかった!!!!
























いや、今はそれどころじゃない。
















会いに行くんだー!!!!






















中間の成績表握りしめ、
先生を探した。


勿論、先生は喜んでくれたのだが。

今まで気にもしていなかった、
左手の薬指が急に
太陽の光を浴びて

キラッと私に
ハイビームする。




私の左手に握りしめられた成績表は


ボッと火を吹き、

瞬く間に燃え尽きた。










その灰が

あの青々とした山々を越え

空高く飛んで消えた。






























淡いハート。


ミシミシミシ…パリン!!
























結局何も変わらなかったどころか

大きな希望を失った気がした。



こうして、
勉強とも長く距離を置くことになってしまった。








六面体の展開図より
いとも簡単な
誰もが想像つく展開だった。

されど、

あの複雑な気持ちだけは
一生、組み立てられない記憶になった。

oki


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