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オオゼキ菊川店が怖かった話

ついに、オオゼキバージンを捨てた。
捨ててやった。菊川店で。
私はずっと、オオゼキに行きたかった。

※オオゼキとは、東京都・神奈川県に展開するスーパーマーケットチェーンである。詳しくはこちらのnoteをどうぞ

#note酒場 に前日入りした私は、東京駅の時点でぐったりとしていた。午前中は運動会だったし、新幹線移動で重力に潰されて体がだるい。それに東京駅は人が多すぎて、人酔いしてしまった。

ふらふらとドミトリー型のホテルにチェックインしたらもう夕方で、とりあえず歩いて銭湯へ向かう。(大手町の銭湯・稲荷湯は、こじんまりとしていてとても良かった。腰の曲がったおばあちゃんズや皇居ランを終えたランナ―たちと熱い湯につかり、牛乳をごくごく飲んだ。)

よし、これで一切の迷いもなくどすっぴん。でもなんだか元気になってきたので、そこから電車に乗って最寄りのオオゼキ、菊川店へ向かう。

がたごと揺られながら、ふと思う。私は一体、何をやっているのだろう?車窓に映る自分には、眉毛すらなくて笑える。

道中、オオゼキ界隈で一番偉い方(まつしまようこさん)に、菊川店へ向かう旨を伝えると、

「菊川店はイマイチやもです、小さいかも」

と返ってきた。GoogleMapである程度は目星をつけていたので、やっぱり、と思う。でも、オオゼキバージンにはそれぐらいが良い。ひとりでこっそり、小さなオオゼキ。それくらいカジュアルにバージンを捨てたかったのだ。

▶▶▶

菊川駅は、名古屋ならいりなか、京都なら四条大宮を小さくしたような佇まいだった。ちょっと古くて、誰かの日常が詰まった町。知っているようで知らない、夢の中に出てくる町のようだった。そわそわ、変な感じがする。

少し歩き、通りにも面していない場所に菊川店を見つけた。暗くて看板すら撮影できない。見るからに小さく、駐車場もない。(田舎では考えられない。駐車場の無いスーパーに人が来るなんて…)

この時、18時くらい。私はすぐにその異様さに気づいた。
小さな店内に、人がぎゅうぎゅうに居るのだ。ぎゅうぎゅうだ。

まず、入口にぶどう。
これは知っていた。他の方のレポートで予習済。だが…肉眼で見ると圧倒される。バカみたいに多い。このスケールの店舗で山積み。そして安い。美味しそうなマスカットが一房500円前後で売っている。

私の最寄りスーパーなら、どんなに安い日でも780円。通常だと1280円で2~3種類くらいしか置いていない。500円なんて、正方形の小さなケースに1房の半分くらい入っているブドウしか買えない。

そしてトマト。これも数々のレポートで知っているから確認OK。大丈夫、心を落ち着ける。他の野菜は正直ふつう。よかった。ここは勝てる。野菜であればうちの田舎のほうが安い。

しかし、魚売り場のターンが凄かった
右に曲がると不意打ちの寿司、美登利寿司とは書いていない…?でも見た目が異常に美味しそう。オオゼキおすすめ寿司、と書いてあって、2000円もする。

ドミトリーが飲食禁止でなければ絶対に買う。飛びついて買う。パック寿司をこれほど美しいと思ったのは人生で初めてかもしれない。(注1)

さらに、振り返ればマグロのカマ。カマ?展示?いる? 
混乱したままショーケースを覗けば、生ムール貝が295円。すじこも500〜600円。嘘でしょ?と思うくらい安い。いつも行くスーパーの半値以下。周りはどんどんカゴに入れていく。でも今日は買えない。どうしよう、胸が苦しい。調味料棚の片隅に退避し、スマホにメモを残す。

湧き上がる感情をぐっと堪えて、精肉コーナーへ足を運ぶ。来た!どんぐり豚!そして店内アナウンスは岩手純情豚。オールスターを間近に眺め、豚を見てにやにやする。肉コーナーも、まあいい感じだったが予想通りではあった。私はオオゼキ初体験だが、妄想では何度か越えてきている

翌日の酒場で、名刺代わりにおかきを配ろうと思っていたので、お菓子売り場へ移動する。このあたりから、オオゼキ菊川店のおかしさに気がつき始めた。

「バイヤーおすすめ!菓子担当者のこだわり」と大き目のPOPが書いてあるものは、だいたい見たことのない商品。もちろん、よく見る大手米菓メーカーの商品もある。でも、バイヤーの推しは地味なシールだけしか貼っていないような、そういうお菓子。道の駅だってもう少し派手なものを置いている。(注2)

私はバイヤーおすすめのお菓子に焦点を当て、順調に海苔巻き・おこげ煎餅・こつぶおかきをカゴに入れていく。ぐるっとくまなく一周すると、愛知の銘菓・しるこサンドまで発見。バイヤーおすすめ商品ではないが、なぜこんなところに…!と思わずカゴへ。

そうか、地方だ。地方こだわり系を発掘して、推しているのだ、このオオゼキは。物産展や道の駅ほどお土産感はなく、まるで地方のスーパーに来たような錯覚を覚える。

そうして考え事をしながら乳製品棚の角に差し掛かり、私は絶句した。
あわ、あわ、淡路島牛乳?
しかも隣は愛媛ぼっちゃん牛乳、棚を見渡すと岩手北上牛乳もある。
大手量産よりも地方こだわりを優先していることがはっきりと分かるラインナップ。場所によって牛乳の味がそんなに変わるものだろうか?求めている人がいるのだろうか?考えたこともなかった。

ここまで、入店から約1時間。私は、途中から怖くなっていた。どう見積もっても、うちの最寄りスーパーより狭い。3分の1くらいのスペースしかない。それなのに、前述のような信じられないラインナップなのである。

なぜ、この空間に収まるの???
おかしい。ぜったいにおかしい。時空がねじれている。

牛乳もそうだし、さっき見かけた酢もそうだ。白ワインビネガーはイオンにだって2種類しかなかったのに、ここは洋物まで陳列されている。なぜ、そんなことができるの。何をどうしたら、この商品数が収まるの。祈るような気持ちで周囲の棚を見るが、どこも本当に充実している。怖い。

喉が乾いた。ドミトリーは蓋付飲料のみ持ち込み可だったので、ペットボトル飲料を買って帰ろう、そう思った。しかし、何周してもペットボトルが1つも見つからない。え、なに怖い。

無いのだ。ポカリも伊右衛門もおーいお茶も。淡路島牛乳はあるのに、おーいお茶がない。おーい。

そこで、ハッとした。
…もしかして捨てジャンルがある?
ペットボトル商品というジャンルごと、潔く捨てているのだ。そんなこと、あるのだろうか。

(翌日、オオゼキ界隈の方に会って話したら「あ、そうそう。冷凍食品とか、ないっす」と言われた。冷凍食品をジャンルごと捨てるなんて…!)

喉の渇きを持て余した私は、よつ葉の飲むヨーグルトをカゴに入れ、それから噂のエコバックを数枚カゴに入れてレジに並んだ。銭湯で牛乳を飲んだことなど、すっかり忘れていた。

▶▶▶

かくして、私のオオゼキバージンは、混乱のまま菊川店に捧げた。「菊川店くらいなら」とタカをくくっていた自分が恥ずかしい。

一言で言うならば、オオゼキは怖かった。ひとりで行くには不可解過ぎた。商品の背景にある想いを、判断基準を、考えないようにして買い物を進めるのが得策だろう。一度考え始めると、よくわからなくなる。私はしばらく悶々として、ホテルに戻ったのだった。

#オオゼキ #スーパーマーケット #怖い話 #料理

(注1)
オオゼキ菊川店にあるのは、やはり美登利寿司ではなく、自社ブランド〈オオゼキ寿司〉なのだそう。酢飯の研究から始まって、取り組み7年目。あの異様なまでの美しさには、やはり理由があったのだ。

(注2)
バイヤーおすすめの例。100円で買った南部煎餅。美味しかった。


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