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自分じゃない香り


ふわり、ふわり。

動くたびに香る、自分じゃない匂い。

良い匂いなのに、どこか落ち着かない。

良い匂いなのに、自分との不釣り合いさに、吐き気が込み上げる。

死ぬほど汗をかいた日に、わたしからこんな匂いがするはずなんかない。


「これは万人が好きな香りと言われてまして、お客様の雰囲気ともお似合いだと思います。」

マスク越しにでもわかる、美しくて、綺麗で、声色の優しい販売員さんにそう言われて、万人に愛されるのなら、なんて、浮かれて買った香水は、わたしの汚さを引き立たせるだけの気がして苦しい。

万人に愛されても、あなたに愛されなければ意味がない。良い匂いだねって、誰も言ってくれないなら虚しいだけ。誰にも気付かれないなら、苦しいだけ。

自己満足で良かったはずなのに、どうしたんだろう。

ひとりぼっち、わたしは何を期待して、何のためにこの香水をつけたんだったかな?と、空を見上げる。

日傘越しでもクラクラしそうなほど照りつける太陽は、容赦なく責め立ててくる。

汗を流すたび、ふわふわ香る愛らしい香り。

この場に不釣り合いな、愛らしい香り。

ああ、あの人ならきっと似合うだろうな、あなたなら、こんな匂いのする子が好きだろうな。

”香水って好きじゃないけど、ふわって香る匂いには振り返ってしまう”

すれ違ったときにあれ?って思う人ってね、意外に結構つけてるよ。

ずっと隣にいたら、すごく強く香るよ、似合っていたら全然許せてしまうけど。そうでしょう?香りがいいんじゃなくて、全部がトータルで似合ってるような子が好きなのでしょう?


私がどんだけ頑張ったって、匂うのは自分にだけ。

誰にも。自分だって、不釣り合いだと思って。

あげくに気分が悪くなってくるなんて。笑える。


「特別な日にピッタリです。」

頭の中でお姉さんの声が響く。

ああなんだ、一生こない日をわかっていて、買ったわたしがいけなかったみたい。


晴れから一転して、雨が降ってきた。いっそのこと濡れてやろうかと思ったけど、ちゃっかり日傘が役に立った。

信じられるものは自分だけだな。よっしゃ、お疲れ。

あ、手首のところ、蚊に刺されてる。

汗臭いわたしが戻ってきたのか、香水の効果なのか。


何某、におうのだから、落ち着かない香りからはいったん卒業。

わたしの万人から愛されよう計画も、いったん白紙。