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実は凄い「日銀短観」。- ”FACTFULLNESS” 的観点から。

 円に「金利」が付いていた頃、相場の主役は「日銀短観」( ”短観” )だった。短期金利の先物を「金先(きんさき)」と呼んでいたが、発表日の朝トレーダーは皆スタンバイ。発表と同時にもの凄い勢いで取引が始まるが、時には ”板” を5枚も6枚もぶち抜いて「成行売買」する猛者もおり、スクリーンが真っ赤に染まることもあった。

 JGB(日本国債)を始め円金利市場が動かなくなって世間の注目度も "ダダ下がり" だが、実はこの「短観」が凄い。何が凄いのか。そのデータとしての精緻度である。政府系が発する指標としてはおそらく世界一だ。

 「短観」は基本的に企業に対する「アンケート調査」だが、このサンプル数が凄い。最新の12月調査分を見ると対象企業数は9,507社。似たような経済指標でアメリカ等でよく出てくるISMPMI指数のサンプル数はせいぜい400~500社の範囲。統計学的には400も9,000も変わらないという意見もあるが、やはり数は多い方がより正確なのは間違いない。

 そして何より面白いのはアンケート内容が多岐に渡ること。メディアのヘッドラインには「大企業製造業DI@-10」など数項目しか示されないが、内容を見るといろんな事がわかる。まさに ”FACTFULLNESS” の宝庫である:

日銀短観2020.12

 大企業製造業DI 9月@▼27 → 12月@▼10(+17)先行き@▼8(+2)

 大企業非製造業 DI  9月@▼12 → 12月@5(+7)先行き@6(▼1

 今回のDIのぱっと見は「前回比では大きく改善しているが、元々が低いのだからまだまだ」。その印象は間違ってはいない。だがメディアなどで ”切り取って” 毎日毎日洪水のように垂れ流されているのは:

日銀短観2020.12(観光、飲食)

 この「宿泊・飲食サービス」(9月▼87→12月▼66)の部分。確かに政府もなぜか(笑)ここに絞って「GOTOキャンペーン」を大々的に展開しており、これが「日本経済」そのものであるかのような錯覚に陥る。だから:

 「株価は実態経済と乖離して上昇している」

 こういう論調が広がってしまう。本当にそれが正しいのか? 確かに経済の「絶対レベル」の問題はあるが、相場は常に「傾向」に大きく反応する。その点で「株価上昇」に不思議はない。「通信」(+29)「情報サービス」(+23)のように好調を維持している業種もある。「短観」全体は:

日銀短観2020.12(全産業)

 +13「改善」しているのが ”FACT” であり、方向性として日経平均が買われるのに不自然さはない。「ニュースを見て相場を手掛けてはならない」と言われるのはこういう部分であり、必ず自分で修正する必要がある

 それからDIに付随して調べられている「各項目」がなかなか示唆に富んでいる。例えば「雇用」=「過剰」-「不足」

日銀短観2020.12(雇用)

 ”コロナ後の労働力不足浮き彫りに 短観が示唆”(12.14 ロイター)

 雇用DIマイナスは「人手不足」を示す。ロイター社が昨日(12/14)の記事でも編集しているが、この「コロナ危機」下にあっても、特に非製造業(9月▼17→12月▼20)で人が足りていない。この状況で経済が正常化に向かえばどうなるか、火を見るより明らかだ。

 記事では「人手不足」が経済の足枷になることを懸念しているが、「金利」的な発想で言えばこれは「ボトルネック・インフレ」の証拠でもあり、明らかに「金利上昇要因」ここ数年「パート・アルバイト平均時給」 ↓ が急上昇している事とも合致する。「損切丸」の「コロナ後」の見通しを強化する重要なデータである。

平均時給(3大都市圏)

 そして次は「資金繰り」DI「楽である」ー「苦しい」で表示される:

日銀短観2020.12(資金繰り)

 この未曾有の危機下でも全体で@+18というのは驚異的数字である。こんな国はおそらく世界中で日本だけだろう。*200兆円を超える企業の「内部留保」と1,000兆円を超える「現預金」が強烈に効いている。これも「コロナ後」のインフレ見通しを強化するデータになる。

 最近テレビで見た「コロナ」関連のアンケート調査で一番驚いたのが「収入が変わらない@71%」だ。それだけ企業側が給料を払い続ける余裕があるということ。春先に1人10万円、合計10兆円もの「給付金」をばらまいたのは「無駄金」だったのではないだろうか。

 残念ながら日本円の金利市場は官民が徒党を組んで「死んだふり」を続けており妥当なメッセージを発していない。だが、騙されてはいけない。日本の市場と20年以上深く関わってきたが、こういう事例は枚挙に暇がない。

 相場では勝ち負けがはっきり別れる ”天才的トレーダー” "インサイダー情報" のように「特別な物」はどうしようもないが、実は「短観」のように誰でも見れる材料をきちんと見ているかどうかで命運が分かれることも多い。同じデータを与えられてもどう読み込むか。そこには「センス」に加えて「執着力」のようなものが必要になる。

 投資デイトレードなどリスクを取ってみようとしている方に老婆心ながらアドバイスするとすれば、何気なく見ているニュースや出来事について「想像力」「好奇心」を働かせて表面の ”向こう側” を見てみようとコツコツ努力してみることだろうか。意外な「気付き」があなたを救うかもしれない「短観」はいい ”教材” ではある。

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