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「実需」より「リスクポジション」の影響力が拡大するマーケット

 標題グラフはCFTC(米商品先物取引委員会)による「円売りポジション」の推移。2021年以降、大きく「円売り」に傾いているのが見て取れる。これを1984年以来の長期「ドル円」推移 ↓ と並べてみよう

 @170円台で取引されていたのが1986年だから、単純にチャートで見ると@170~180円目指しに見える。問題はその ”推進力” 。例えば:

 ①2011~2012年 @80円割れ
 ②2012~2015年 @120円まで反発

 いずれもアセットマネージャーが「円買い」「円売り」に「リスク」を傾けていた事が影響しているが、先物で見えている枚数はせいぜい30,000~50,000枚現在「円売り」に傾いている枚数の半分以下だ。それだけ輸出・輸入等の「実需」の影響が大きかったとも言える

 2020年以降「リスクポジション」の傾きが急激に増えているのはマーケットの「AI」化が主因HFT (High Frequency Trades、高頻度取引)などにより相場の振れ幅が大きくなっている。「AI」は「人」と違いとても素直なので入力された「プログラム」に忠実に動く、e.g., 「ドル円」買い=ドル金利+5.31%ー円金利0.10%「人」のように迷ったり躊躇ったりしない分、スピードも動きも加速される

 「ドル円」に関しては2つの見方が錯綜している 

 ①「円売り」はここから加速し@170~180円を目指す
 ②先物ポジションはピークに達しており、ここから「円高」に折り返す

 ポイントは「市場流動性」、特に「円」の供給余力が鍵。これはLTCM(ロングターム・キャピタルマネージメント。1998年に破綻)が犯した間違いでもあるが「プログラム」に "バグ" があった。「ドル円」買いをレバレッジで100兆円以上キャリーしていた彼らは供給される「円」の「流動性」を "∞" (無限大)としていた

 彼らを優良顧客としていた欧米の投資銀行(筆者が努めていた銀行を含む)は儲かるLTCMのコピーファンドを増設し「ドル円」をドンドン買い増し。相場はあれよあれよと@130円、@140円と「円安」に振れた

 その裏側で筆者のような「資金繰り」担当者は売るための「円」を国内のコール市場から必死に掻き集めていた。その額数十兆円。ただ調達出来る「お金」は "∞" なんてことはなく、欧米銀行向けに邦銀が設定している信用枠には限りがあるLTCMやコピーファンドは借りた「円」を5倍、6倍とレバレッジで膨らませて「ドル円」を押し上げていったが、ロシアのデフォルトをきっかけに3日間で▼25円も暴落して "壊れた"

 当時「AI」なんてものはなかったが、ノーベル経済学賞のショールズ博士が率いたLTCMは過去のデータと実践に基づく相場理論に則った「AI」の走りのような存在。それでも「流動性」の変化までは読めなかった。簡単に言えば「お金」は有限である事を見落としていた「理論」だけが先行し「現場」を知らない「科学」が犯した間違いと言えるだろう

 これは今の「AI」マーケットにも当てはまる。確かに過去のデータやパターンを「学習」して蓄積する能力は「人」を凌駕する。だが「AI」には弱点も存在する。「過去」にはべらぼうに強いが「未来」、特に「不測の事態」には対応できない事だ。経験則だけで進む相場では絶好調だが、データにない事態が訪れると ”壊れたナビシステム” のよう沈黙してしまう

(参照) 続・AI vs 生身の人間 - 「風が吹けば桶屋が儲かる」がAIの弱点?|損切丸 (note.com)

 「流動性」の難しい所は何の前触れも無く突如枯渇してしまう事。例えばどこかの銀行が破綻して連鎖倒産を怖れた他行が「信用」の窓を一斉に閉じれば「円」の供給が急に無くなったりする。そういう事態に過去のデータやパターンは通用しない。そこが「流動性」の怖ろしい所

 具体的に「ドル円」で言えば、FXの値洗いに用いられる為替直先(FX Foward)のT/N (Tomorrow Next、通称トムネ。翌営業日~翌々営業日のプライス)が重要本来はドルと円の金利差を反映して▼5%程度の「ディスカウント」になるが「需給」によって変化する。例えば余りに多くの「円売り」が殺到して「円」を借りる人が増えれば▼5%のはずの金利差が▼4%、▼3%に歪む。そうすると「プログラム」の前提が崩れて「円買い」に転じたりする。これは日銀による「利上げ」でも同様の効果が起きる

 筆者は金利トレーダーだったがFXにも神経を尖らせていた。特にFX Fowardには「需給」が如実に現れるため「資金繰り」にも影響する。銀行の「デフォルトリスク」を抱える身としては無視できない要素

 特に超短期のO/N(オーバーナイト。今日~翌営業日)とかT/Nのプライス変化は重要。可能なら今でも精緻にチェックしたいのだが、まあ現場を引退してはそれも難しい。だが「ドル円」が崩れるとしたらそこがきっかけになる。だから証拠金取引で「値洗い」が悪化した場合は気を付けた方がいい「円」の「流動性」が枯渇しかけているのかもれない

 ほとんどの「勝負」は一瞬で決着するがどんな時も必ず "兆候" がある問題はそれに気付けるかどうか「他人より早く気付いて行動に起こす」という「プログラム」はない「AI」は大いに利用価値があるが完全に頼るのは危険肝心な所はあくまで「人」勝負。その点は過去も未来も変わらない

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