岡村直

趣味で、メモ書きみたいな短い小説「メモ小説」を書き始めました。だれかの日記のような話を…

岡村直

趣味で、メモ書きみたいな短い小説「メモ小説」を書き始めました。だれかの日記のような話を書きたいと思っています。 好きな小説家は坂口安吾、森敦。 好きな漫画家はつげ義春、つげ忠男。 Twitterではゆるい絵(きょうのらくがき)や、思ったことをツイートしています。

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    読書感想文をまとめています。

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    自作の掌編小説まとめ。

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    連作短編「狂わないでね。元気でね。」まとめ(全3回)。

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【ネタバレ有】西村賢太『雨滴は続く』感想(その2/完結)

 ふたりの女性に失恋した貫多は、新川の古書店を訪れる。そして「葛山久子戦、川本那緒子戦の連敗譚」を語るのだが、新川は共感も憐みも示してくれない。それどころか、貫多に「お前さんのいつものパターンだよ」「まあ、自業自得だろうな。だってお前さんの一方的な話を聞いた限りでも、その川本さんって女性の方が、はるかにイヤな目に遭ってるじゃないか」と、冷ややかかつもっともな言葉を次々と叩きつけ、しまいに「全部、お前が悪い」と「“お前さん”から“お前”に呼び方を変えて、断を下すようにキッパリ言

    • 【ネタバレ有】西村賢太『雨滴は続く』感想(その1)

       先日、西村賢太の遺作『雨滴は続く』が文庫化すると聞いて、発売後すぐに書店へ行った。  文庫本を買って、帰るまでのあいだに、西村賢太の死を知った日の衝撃を思い出し、単行本の帯に書かれていたフレーズ「さらば、北町貫多!」を思い出して、「『さらば』を言うには、早すぎた」と、改めて思った。心から思った。  『雨滴は続く』とは、どういう小説か。ざっくりいうと、主人公である作者の分身「北町貫多」が、プロの作家になり、初めて芥川賞候補にその名が挙がるまでが描かれた私小説だ。1000枚の

      • 夢は煙とともに

         オリンピックの公式ロゴマークとキャラクターでラッピングされた電車が走っている。  狭くて薄暗い喫煙スペースの窓からそれが見えたとき、いまごろ東京には世界中から人が押し寄せていたはずで、東京が世界の中心になっていたはずだったんだ。と彼は思った。  それがこの有様だ。  オリンピックどころではない。7月のいま、一時期ほどではないにせよマスクを着けないことは自殺行為扱いだし、東京から地方へ行く者は歓迎されない。陰鬱かつ窮屈な日々だ。  窮屈といえば、と、彼は手元に視線を落とす。

        • これまでにないほど近くに

           5月に父が死んだ。  7月に、四十九日法要をした。    四十九日法要を終えて、東京に戻ってすぐ、歯が猛烈に痛みはじめた。  歯医者に通うことになったが、歯の痛みは、強くなったり弱くなったりしながら、ずっと続いている。いまも痛い。    8月の終わりごろ、腹の調子がおかしくなった。胃腸科へ行った。内視鏡検査をすすめられた。内視鏡検査の料金は、高い。しかし受けることにした。検査はあさってだ。不安で、胃まで痛くなっている。いまも痛い。歯も痛いし胃も痛い。  父が死んで、歯が痛

        【ネタバレ有】西村賢太『雨滴は続く』感想(その2/完結)

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          分身

           わたしが最初にそれと遭遇したのは、去年の12月10日だった。手帳に書いたから、日付まではっきりしている。  夕方、駅から自宅へ向かう途中の横断歩道で、自転車に乗っている男が信号待ちをしていた。  ダウンジャケットを着たその男の後ろ姿は、見覚えのある相手によく似ていた。よく似ている。と思ったと同時に、動けなくなった。  信号が青に変わるまでの時間が、おそろしく長かった。青になっても、わたしは横断歩道を渡らずにその場に立っていた。気づかれるのを恐れたからだ。  じきに自転車の

          二階から目薬

           いつかの時代、パリの街に、芸術家志望の青年がいて、食堂で働く少女がいた。  ふたりは、恋人どうしだった。  少女の仕事が休みの日、ふたりは必ず会って、街を駆けまわったり、自転車の遠乗りをしたり、青年の部屋で仰向けに寝そべり、頬を寄せあいながら1冊の本を読んだりおしゃべりをしたりして過ごした。そんなふうにしているだけで満足そうなふたりは、幼い子供たちのように見えた。ふたりが過ごす時間は、いつも明るく、いつも輝いていた。  古い、小さなアパルトマンの2階に、青年の住む部屋はあっ

          二階から目薬

          無題

           見えるものを見えるままに描くのではなく、自分が見たいと思うものしか描けない。  だから彼の自画像はどれもとても美しい。

          金曜日の16時、新宿の

           紀伊國屋書店の前で、ヴィヴィアン・ウエストウッドの服を着た年齢不詳の美しい女性とすれ違った。  その後ろ姿を見つめながら、わたしはヴィヴィアン・ウエストウッドの服をいちども着ないまま、美しいと他人から思われることもないまま、ずっといまのまま、このまま、いつか死ぬのだろう。と思った。

          金曜日の16時、新宿の

          ともだち

          「世の中には、自分に都合の悪いことを都合よく忘れられる人間と、そうじゃない人間とがいるんだよ。そして、忘れられる人間のほうが圧倒的に多いんだ。そんな気がする。わたしはたまたま、そうじゃない人間に生まれてきちゃっただけで、だから自分がおかしいとか、病気だとか、どうしてもそういうふうに思えない」  それが初めて彼女がわたしに発した言葉だった。窓の外は明るく晴れていて、わたしと彼女とふたりきりの病室は、ひんやりと薄暗かった。

          ともだち

          西村賢太に憧れて

           2022年2月5日、土曜日の午後に、西村賢太の訃報をネットで見た。
  それから翌日日曜日の夜まで、呆然と過ごした。 
 その間、私は、苦しく悔しく、嫌な思いを抱えていた時期に、西村賢太の私小説や随筆に何度も励まされてきたことを思い出した。
  そしてその「苦しく悔しく、嫌な思い」を、西村賢太の作法に倣って、自分で私小説として書いてみたい、書けるようになりたい、と思いつづけてきたことについて考えていた。  
悲しくてならなかった。  私は西村賢太の作品が好きだ。  芥川賞

          西村賢太に憧れて

          西村賢太の訃報。 この人の書く私小説が大好きです。 何年も前から、この人の作法に倣って、自分も私小説を書きたいと思い続けてきました。 嫌なとき苦しいとき、西村賢太の私小説や随筆を、何度も読みました。そして何度も励まされた思いになりながら過ごしてきました。 悲しくてなりません。

          西村賢太の訃報。 この人の書く私小説が大好きです。 何年も前から、この人の作法に倣って、自分も私小説を書きたいと思い続けてきました。 嫌なとき苦しいとき、西村賢太の私小説や随筆を、何度も読みました。そして何度も励まされた思いになりながら過ごしてきました。 悲しくてなりません。

          人を喰う男と。

           わたしは人を喰って帰る男を待っている。男は夜7時ごろに帰ることもあれば、日付が変わってからそっとドアを開けることもある。でもわたしはどんなときも男の帰りを待っている。居間兼台所兼ダイニングで、自分ひとりぶんの夕飯を前に。 「先に食べてていいのに」  男はいつも言う。 「いいのいいの」  わたしは向かい側の椅子に座った男に焙じ茶を出し、自分のために作った夕飯を温めなおしてテーブルに置く。きょうはトマトときのこのソースをかけたチキンソテーとわかめスープ、温野菜のサラダと雑穀ごは

          人を喰う男と。

          桜桃忌の彼女

           白い乳房に、桜桃のような乳首。まるく、つややかで、口に含めば舌がとろけるかと思うほど、甘い。その桜桃をぼくに食べさせるたび、彼女は普段の品のよさを忘れたかのように乱れた。  ぼくは「桜桃忌」という言葉を、読書が好きな彼女に聞いて、はじめて知った。そしてきょうがその日だということも。 「桜桃忌だから、したいの」  彼女は妙なことを言った。 「……不謹慎じゃない?命日だからしたいって」 「命日だからよ」  彼女は、言いながら、黒いブラウスのボタンを外し始めた。 「好きな作家が、

          桜桃忌の彼女

          桜の森の思い出

           満開の桜は人を狂わせるのだと教えてくれた男と、夜更けの桜の樹の下ではじめて交わりました。桜の花片が強い風に吹かれて闇を彩るように舞い散り、わたしは痛みよりその花片の群舞に目と心を奪われていました。  ことが済んだあと、白いスカートには鮮血が散っていました。果実の雫のようなその深紅の飛沫を、わたしは美しいと思いました。  けれどすぐにスカートの血は燻んだ穢い色になり、桜吹雪の夜の交わりにともに酔い痴れた人とは、葉桜の季節が終わるころに別れました。  わたしはあの夜を忘れられま

          桜の森の思い出

          シャネルの5番

           わたしの初恋は、シャネルの5番だった。  文芸サークルの新歓コンパで、空いていた右隣の席に、誰かが座った。それと同時に、甘い匂いがふわりと漂った。花や蜜や白粉を混ぜ合わせたような、複雑な匂い。香水かな、と思った。  匂いに惹かれて隣を見ると、色白の、縁の丸い眼鏡をかけた男子学生がいた。驚いた。匂いの甘さで、女の人だと思い込んでいたからだ。  それから彼と話をした。彼は、わたしと同じ1年生だった。どこの学部か。好きな作家は。好きな音楽は。そんな話のあと、わたしは彼に「匂い」の

          シャネルの5番

          ねむことともに

           ねむこ。水木しげるの漫画が好きなきみと、初めてふたりで深大寺へ遊びに行ったのが去年の6月なかばの日曜日。天にも昇る気持ちでいたぼくが、交通事故でほんとうに天に昇ってしまったのは、その翌日の月曜日の朝だった。  と、ぼくが、いまの「オバケ」の姿になったときの話をわざとすると、ねむこは「不謹慎」といつも怒る。「そういうのは、やめて。嫌いになっちゃうよ」と。嫌われるのは困るけど、まっすぐものを言い、言われたこともまっすぐ受け止める。ねむこのそういうところがぼくは好きだ。健全な感じ

          ねむことともに